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トヨタの新制度は「裁量労働」ではない:マスコミいい加減にしろっ

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はじめに

 今回ほどマスコミ報道に憤りを感じたことは無いですね。トヨタの働き方新制度について、マスコミ各社が誤報を打ちまくっています。単なる一企業の制度変更を政治的に利用し、報道するのはやめた方がよいと思います。

マスコミによる誤報の数々

 今回のトヨタの新制度を「裁量労働制」ないしは「裁量労働」とする報道は、全て誤報です。トヨタが今回対象拡大したとする新制度は、「固定残業代制」と呼ばれているものです。「定額残業代制」あるいは「みなし残業代制」と呼ばれることもあります。因みに、固定残業代制について労働基準法において明確な規定は存在しません。

そもそも割増賃金の法定原則はどうなっていたか

 では、労働基準法が割増賃金をどのように規定していたか振り返ります。労働基準法37条は、使用者が時間外、休日、深夜に労働者を使用した場合、所定の割増賃金を支払わなければならないと規定しています。その割増率は、

  1. 法定労働時間を超えて働かせた時(時間外労働)は25%以上増し
  2. 1か月60時間を超える時間外労働については50%以上増し(ただし、中小企業の場合当分の間適用が猶予)
  3. 法定休日に働かせた時(休日労働)は35%増し
  4. 午後10時から午前5時までの深夜に働かせた時(深夜労働)は25%以上増し

となっています。割増賃金の支払いを怠ると、賃金不払い残業に該当し、労働基準法119条1項の規定により、使用者には六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処せられます。さらに同法114条の規定により、裁判所は割増賃金と同額の付加金を労働者に支払うよう命じることができるとされています。この辺りまでは、本サイトでも何度か説明したと思います。 

www.mesoscopical.com 

固定残業代制について

 労働基準法は、労働条件の最低基準について定めた法律であり、法所定の計算による割増賃金を下回らないかぎりは、割増賃金に代えて一定額の手当を支払うことも適法とされています(関西ソニー販売事件:大阪地判昭63.10.26、三好屋商店事件:東京地判昭 63.5.27)。この一定額の手当こそが固定残業代と言われるもので、所定労働時間を超える労務提供の有無にかかわらず一定時間分の割増賃金を支給する賃金形態を意味します。

 しかし、いくら固定残業代が法定の計算方法によらないといっても、すべてをまとめてどんぶり勘定で支給するということは許されません。したがって、割増賃金として法所定の額が支払われているか否かを判定できるように、割増賃金相当部分とそれ以外の賃金部分と明確に区分することを要します(国際情報産業事件:東京地判平3.8.27 、創栄コンサルタント事件:大阪地判平14.5.17)。

 また、このように別立てで支給される手当(固定残業代)については、何時間分の時間外労働に相当する手当なのかを明確にしなければなりません。さらに、ひと月の時間外労働が、固定残業代の算定基礎となる時間数を超えた場合には、その超えた時間数に相当する残業代を、法定の計算方式(法37条)に従って、別途支給しなければなりません。これらが満たされて始めて、固定残業代が適法なものとなるのです。

 上記をまとめると、固定残業代制が適法となるためには、

  1. 割増賃金相当部分とそれ以外の賃金部分と明確に区分すること
  2. 何時間分の時間外労働に相当する手当なのかを明確にすること
  3. 時間外労働が固定残業代の算定基礎となる時間数を超えた場合、その超えた時間数について、法定の計算方式に従い、割増賃金を別途支給すること

の3つの要件が必要です。

 また、就業規則や賃金規定において、固定残業代の具体的な定義を明記しておかないと、民事上の効力が発生しません。

トヨタの固定残業代制はどうか

 毎日新聞は、トヨタの新制度を次のように報道しています。

 社員が適用を申請し、会社が認めれば、45時間分の残業代(月17万円)を一括支給する。実際の残業が45時間を超えれば残業代を追加支給し、残業の上限は従来通り月80時間にする。

 まず、適用申請する時点で、所定内給与と所定外給与の区別が明確です。また、「45時間分の残業代」と、何時間分の時間外労働に相当する手当なのかも明確です。さらに、「45時間を超えれば残業代を追加支給」とあるので、算定基礎の時間数を超えた場合も割増賃金が別途支給されるようです。したがって、上記3つの要件全てを満たすため、トヨタの固定残業代の制度は適法であると言えます。

裁量労働制とは何か

 固定残業代制について理解した上で、裁量労働制について考えます。先述のように、固定残業代制では、算定基礎となる時間数(トヨタの場合45時間)が存在し、それを超える時間外労働の場合、労働基準法37条にしたがって、法定の計算方式によって別途残業代を支給しなければなりません。したがって、従来と同じく、時間軸に沿った賃金形態であることには変わりありません。

 一方、裁量労働制は、固定残業代制とは全く性質の異なるものです。現行では、裁量労働制には専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制の2種類がありますが、ここでは、専門業務型裁量労働制について説明したいと思います。(注:企画業務型裁量労働制についても、下記の「労使協定」の部分が、「労使委員会の5分の4以上の多数議決」に代わるぐらいで、概念的には専門業務型とほとんど同じです。)

 まず、裁量労働制では、労使協定を締結し、みなし労働時間を定め、行政官庁(労働基準監督署)に届け出る必要があります。みなし労働時間とは、「裁量労働に係る業務の遂行に必要な時間」のことです。みなし労働時間は、1日当たりの労働時間数であることが必要です。

 裁量労働制の効果は、対象労働者の1日の労働時間の多寡にかかわらず、労使協定で定める時間(みなし労働時間)労働したものとみなされるということです。例えば、みなし労働時間を8時間に定めたします。このとき、対象労働者が1日6時間働こうが、10時間働こうが、8時間働いたこととみなされるということです。

 なお、裁量労働におけるみなし労働時間とは、1日に係る時間外労働について労働基準法37条の適用を除外するというものであり、深夜労働や休日労働までは適用除外とされません

 また、専門業務型も、企画業務型も、対象業務が限定列挙されています(前者の場合は研究開発、後者の場合は企画・立案・調査・分析など)。したがって、何でもかんでも適用してよいものではなく、例えば一般事務といった定型業務には、裁量労働制を適用することはできません。一方、固定残業代制の場合、対象業務が限定列挙されているわけではありません。

 また、ここが最も重要な点ですが、裁量労働制では、「対象業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこと」を労使協定あるいは労使委員会の決議において定める必要があります。ここが、裁量労働制のもっとも根幹を為す部分です。

 一方、固定残業代制では、時間軸を基調としていることに変わりは無いので、例え使用者が具体的な指示をしたとしても法の趣旨を歪めるものではありません。

 したがって、トヨタの働き方新制度を裁量労働制あるいは裁量労働と報道しているマスコミは、法定の裁量労働制と同義のものと誤信を与えかねず、誤報ということになります。

マスコミの誤報について考える

 ここまで読んでいただければ、読者の皆さんには、固定残業代制と裁量労働制の違いについてお分かりいただけると思います。一部マスコミがいかに間違ったことを報道しているかということもよく分かると思います。いくつか具体例を考えます。

時事通信1

 筆者が一番ひどいと思ったのはこれです。見出しからしてひどいですね。

トヨタ、裁量労働拡大=「残業代」17万円分を保証(時事通信)

 裁量労働拡大という表現は誤報です。裁量労働≠残業です。筆者が何度も言っていますが、高プロや裁量労働制に残業(時間外労働)という概念は存在しません。

時事通信2

 こちらの見出しもひどいですね。

神津連合会長:トヨタの裁量労働拡大を評価=「高プロは不要ということ」(時事通信)

 トヨタの裁量労働拡大を評価=「高プロは不要ということ」という等式は成り立ちません。連合会長がこのような発言を本当にしたのでしょうか。俄かに信じがたいですが、もしそれが本当なら、馬と鹿を混同しています。トヨタはやっぱり時間給にこだわることにした=「(トヨタは)高プロは不要ということ」ならまだ理解できます。

NHK

 NHKもひどいですね。裁量労働という言葉を使っている時点で誤報ですが、次のような記述がみられます。

 関係者によりますと、トヨタでは、自由な働き方で生産性を高めるため、裁量労働の対象をさらに多くの社員に拡大する検討を進めているということです。(NHK)

 これはひどいですね。

 固定残業代制は、自由な働き方ではありません。先ほども言ったように、固定残業代制では、例え使用者が具体的な指示をしたとしても法の趣旨を歪めるものではありません。

日本経済新聞

www.nikkei.com

 トヨタ自動車は自由な働き方を認める裁量労働の対象を広げる方針を決めた。法律が定める裁量労働制(総合2面きょうのことば)の業務よりも幅広い事務職や技術職の係長クラスを対象とする新制度案を労働組合に提示。

 政府で議論が進む『脱時間給』の要素を現行法の枠内で先取りする。(日本経済新聞)

 「法律が定める裁量労働制の業務よりも…」と言って、労基法上の裁量労働制と区別していますが、であれば、なおさら、トヨタの制度を裁量労働制と言ってはなりません。法律上の定めのない裁量労働制というものは存在しません。そういうものを、新聞社が勝手に作ってはいけません。

 後段の「政府で議論が進む『脱時間給』の要素を現行法の枠内で先取りする。」も誤りです。トヨタの新制度は、「脱時間給」ではありません。トヨタが支給する「月17万円」という固定残業代は、月45時間分の残業代がベースとなっています。極端な話、会社に多大な貢献をしていようが、だらだらやっていようが17万円は17万円のはず。成果とは連動していません。

毎日新聞

 一方で、正確な表現をしている新聞もあります。毎日新聞です。 

mainichi.jp

 裁量労働という言葉を使わず、「残業代保証新制度」と正確に表現しています。

 従来の裁量労働制と違い、実際の残業が45時間を超えれば残業代を追加支給するのが特徴。(毎日新聞)

 このように、労基法の裁量労働制との違いを明確にしているのでまだマシです。

まとめ

 上記、マスコミの誤報について検証しました。しかし、一民間企業の賃金制度の改定にマスコミ各社がどうしてここまで騒ぎ立てるのでしょうか。そこに政治的な意図が垣間見えるような気がします。連合会長の発言などは、その典型例です。どう考えても、トヨタが今回このような制度を導入したことと高プロが不要なことと結びつきません。

 先般、「技術者が外資に流出」する現象について論じました。 

www.mesoscopical.com

 時代に抗っていたら沈没するだけなので固定残業代でも何でもしたら良いと思います。