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日本型雇用慣行が原因:技術者が続々と外資へ流出中

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はじめに

 今回の現代ビジネスの記事は圧巻です。

gendai.ismedia.jp

 磯山さんは、日本の研究者・技術者がいかに低待遇かを如実に表現しています。全ては、終身雇用・年功序列賃金という日本型雇用の悪弊に起因しますが、なぜ日本型雇用がこのような事態を招くのかもっと具体的に説明します。

会社が大きいというだけで安定という根拠はない

 就活生が志望企業を選択するにあたり重視する点で、決まって上位に位置するのが、安定性です。筆者にはこの「安定性」の意味がさっぱり理解できません。公務員なら、安定性があると言っても良いかもしれませんが、会社選びに安定性っていったい何のことを言っているのでしょうか。資本主義社会において、企業活動に安定性など決して存在しません。ただし、「ある特殊な状況を除けば」です。

企業活動において安定性が認められる特殊な状況とは

 その特殊な状況とは、高度経済成長期という全ての経済活動の歯車が好転する極めて特殊な時期のことです。一国が、高度の経済成長を果たすためには、国際的にみて人件費が安く、人口ピラミッドもピラミッド型、すなわち、生産年齢人口比率が上昇基調にあることが必要とされます。

 下図は、高度経済成長期真っ只中の1970年(大阪万博が開催された年)の人口ピラミッドです。

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 (出所:国立社会保障・人口問題研究所ホームページhttp://www.ipss.go.jp/

 高度経済成長期には、この旺盛な安い労働力を背景に、そこそこ性能が良い製品を大量生産することができました。さらに、為替レートが対外的に有利に作用していることを背景にこれらの製品を安く輸出することで貿易黒字を実現し、外貨を獲得していきました。高度経済成長期は、まさにキャッチアップ型の経済と言い換えることもできるでしょう。

 東芝・シャープ・トヨタといった日本の製造大企業は、このような経済状況下で大きくなった企業ばかりです。この経済状況が今後も持続するならば、確かにそれらの企業に安定性があると言い切っても良いですが、はたしてどうでしょうか。

現在は高度経済成長期とは全く違う

 現在は、日本の人件費はアジア新興国に比して高く、人口ピラミッドも壺型です。下の図は、2015年の日本の人口ピラミッドです。 

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 (出所:国立社会保障・人口問題研究所ホームページ http://www.ipss.go.jp/

 壺型の人口ピラミッドを背景に、生産年齢人口比率が1995年から減少の一途を辿っており、今後もこの傾向が続くことが政府統計により予測されています。下図は、内閣府による年齢階級別の人口推移です。

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 (出所:内閣府(2014年)『年齢階級別の人口推移』)

 グラフから、今後一層の労働力不足の進展が予測されます。因みに、高度経済成長期には、生産年齢人口比率が上昇基調にあったことが確認できます(図の左の方のオレンジの線)。

円/ドルについて

 為替レートもかつてほど有利に作用しているとは言えません。下の図は、1971年から2006年までの円/ドルの推移です。

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 高度経済成長期では、円/ドルは、1ドル360円の固定相場制でした。その後、ニクソンショックを皮切りに、スミソニアン協定を経て、1973年から円/ドル相場は変動相場制へと移行しました。しばらくは、1ドル200円~250円で推移しましたが、1985年のプラザ合意をきっかけに、急激な円高が進行し、これが、バブル経済を招きました。その後は、1991年のバブル崩壊を経て、1ドル100円~125円で推移しています。高度経済成長期に比べ、現在は3倍の円の価値です。

 言うなれば、高度経済成長期と現在の日本とでは為替レートも全く異なる状況になっています。現在とは全く異なる経済情勢下で大きくなった企業に安定性があるとどうして言い切ることができるのでしょうか。

日本型雇用慣行を維持し続けると経済の歯車が壊れる

 高度経済成長期に全ての歯車が好転し、大きくなり続けた企業にとっては、経済状況が反転し全ての歯車が逆回転すれば、論理必然的に小さくなるより他に生き残る道はありません。それが、昨今の労働市場における正社員比率の低下であり、既存従業員のリストラであり、不採算事業の切り離しといった大幅な組織変動です。東芝やシャープはこの対策に出遅れたことにより経営破綻しました。

 一方、パナソニックは、早めの対策を打ち、2010年から、不採算事業を切り離し、従業員を13万人リストラしました。

toyokeizai.net

 パナソニックが長らく続いた業績不振からやっと業績の回復基調の兆しが見えたことがつい先日報道されました。すなわち、かつてと比べ、企業規模を縮小していない企業ほど危険なのです。

www.nikkei.com

 経済の歯車が反転した場合、雇用システムの歯車も、それに即応するように回転方向を一致させなければなりません。しかし、多くの日本企業においては依然として、雇用システムの歯車だけが、経済の歯車の回転方向に抗うように、かつての回転方向をそのまま維持しています。このまま、周囲の歯車に対し歯車が一つだけ逆回転していると、いずれ、周囲の歯車をも巻き込んで、全てが壊れてしまうでしょう。

日本型雇用慣行はどのようにして成立していったか

 東芝やシャープの技術者の流出について論じる前に、日本型雇用慣行が成立していった背景について考えます。

 日本型雇用慣行は、かつて経済成長の著しかった高度経済成長期に成立しました。これらの雇用慣行は、終戦直後の1947年日本国憲法の施行により、賃金労働者に労働基本権が保障され、労使間の法廷闘争を経て高度成長期に定着していった判例法理をベースとしています。日本型雇用慣行は、企業が高度に成長し続けることを前提として制度設計されているため、現代において通用しないことは誰の目にも明らかです。

年功序列賃金のメカニズム

 現代ビジネスは、終身雇用・年功序列賃金について次のように述べています。

 日本を代表する製造業の経営危機が相次ぎ、「終身雇用」を信じる中堅若手が一気に減っている。(中略)外資系企業は年齢や性別に関係なく、利益に貢献する社員にはそれに見合った報酬を支払う

 そこでこの点についてもう少し詳しく解説します。

 年功序列賃金とは、若年期に生産性より低い賃金を受け取り、損益分岐点を経て、生産性が低下し始める中高年に生産性以上の賃金を受け取ることによって過不足清算するという賃金体系を意味します。定年までの長期的スパンに立脚して過不足清算がなされるため、終身雇用が前提となります。

 このやり方は、生産年齢人口比率が上昇し続けた高度経済成長期には、人件費を低く抑えることができ、経済合理性に適っていました。長期的スパンで賃金清算をするために、熟練労働者の転職を防止するという機能も併せ持っていました。このようにして、次第に閉鎖的な内部労働市場が形成されていったのです。

 しかし、人口動態が変容し経済成長の鈍化した現代にあってはこの賃金体系はうまく機能しません。なぜなら、生産年齢人口比率の低下に伴い、若年労働者の陣容不足が人件費の肥大化を招き、企業経営を圧迫させるからです。さらに、東芝やシャープのように在職中に何か突発的な事態に遭遇すると、定年までの雇用を見越した賃金の過不足清算が破綻します。すなわち、年功序列賃金とは、破綻しかかった保険屋に、賃金の一部を預けているようなものなのです。

上記のメカニズムの証拠

 ここで、上記で述べたことの証拠資料を示します。

 下の図は、日本銀行が、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」と経済産業省「企業活動基本調査」から、実証分析をおこない、日本の製造大企業における生産性と賃金との関係をグラフ化したものです。

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 (日本銀行資料 2014年12月)

  上図より、若年労働者の賃金が低く抑えられ、中高年層の賃金が過払いになっていることがよくわかります。生産性カーブと賃金カーブとが一致する損益分岐点がだいたい40歳であることもわかります。この図が日本型雇用の歪みの全てを物語っています。

 先述の通り、このような賃金体系は終身雇用を前提としています。では、在職中に会社に何かあったらどうなるでしょうか。そこで、筆者が上の図に一部加筆しました。それが、下の図です。

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 (日本銀行資料 2014年12月 一部加筆)

外資系ではどうか

外資系企業、すなわち経営者が日本人でなければ、この歪んだ賃金体系を採用しません。終身雇用を前提としないため、リアルタイムに賃金清算がなされます。すなわち、その年にはじきだした生産性相応分の賃金を受け取ることができます。中高年になって生産性が衰えたときの保険として、若い頃低賃金で我慢して、後から過払いしてもらうようなことはしません。生産性カーブと賃金カーブとが常に一致しているような状態と言い換えることもできるでしょう。だから、外資系企業においては、初任給が高く、若年層の賃金も高いのです。

東芝の技術者が続々と流出中

 現代ビジネスは、「東芝の技術者が続々と流出中」と伝えています。なお余談ですが、「シャープの技術者が外資に流出中」という見出しは誤解を招く恐れがあります。なぜなら、現在のシャープはEMS世界最大手の台湾企業鴻海の傘下にあり、実質的には外資系企業だからです。

 では、話を元に戻します。

 現代ビジネスは、日本の技術者の外資への流出について次のように述べています。

 理科系大学を出た技術者の場合、自らの労働市場での「市場価値」を考えたこともなく、ひとつの会社で生涯を終えるのが普通だった。それが、経営不振によって、おのずと自らの「市場価値」を考えざるを得なくなっている。そして、技術者の待遇が日本では過度に低いことに気がつく中堅若手が増え始めているのだ。

 記事は、最近の傾向としてこれを伝えていますが、遅きに失した感は否めません。実は今から15年前にこの点について指摘した人がいます。高輝度青色発光ダイオードを発明し、実用化への大きな道を拓いたことで、2014年にノーベル物理学賞を受賞した中村修二カリフォルニア大学教授です。

中村修二カリフォルニア大学教授の言葉

中村修二教授は、15年前、著書の中で次のように述べています。

「我慢していれば必ず報われる」のどこにそんな根拠があるというのだろうか。同じ会社にずっと居続けることが、自分を偽り続けることよりも価値があるとは私にはどうしても思えない。つまり、(会社を辞めることを)止めている人間たちが、こうしたことをあまり深く考えず、社会観念や慣習のようなムードに流され、一般論として「会社を辞めるのは良くない」と言っていることが多いのだ。

 (出所:中村修二(2002年)『好きなことだけやればいい』)

 15年も前の言葉ながら、東芝やシャープの凋落を予言しているかのようです。やはり、何か独創的なことを成し遂げる人というのは、働くことの価値観においても時代の一歩も二歩も先取りしています。上記の、「我慢していれば必ず報われる」の部分は、若い頃は低賃金で我慢して中高年になって清算するという日本独特の賃金体系を表現していると思われます。相次ぐリストラ、三洋・シャープ・東芝の経営破たんによって、「我慢していれば必ず報われる」ことに何ら根拠が無いすなわち中村修二教授の言われたことが正しかったことが証明されました。

 しかし、2002年頃は、それらの企業はまだ健在で、アジア新興国も今ほどは台頭していませんでした。そのような時代背景にあって、上記のようなことを断言できるというのはやはり天才です。

ノーベル賞受賞理由となった発明の対価が2万円ではやっていられない

 ところで、中村修二教授が青色発光ダイオードを発明したのは、前職の日亜化学においてです。日亜化学も終身雇用・年功序列賃金を基調とする日本企業で、後にノーベル賞の授賞理由となった発明の対価もたった2万円の報奨金だけでした。これではいくら何でもやっていられないということで、2000年に渡米し、現在に至っています。

 また、職務発明の対価をめぐっては訴訟に発展し、2005年、東京高等裁判所は、損害遅延金を含め発明の対価を約8億円と認定しています。

 中村修二教授の事例は極端かもしれませんが、日本の技術者は多かれ少なかれ、不当に低く抑えられた待遇しか得られていないのです。

まとめ

 現代ビジネスは、次のように記事を結んでいます。

 いくら会社という「箱」が残っても、優秀な人材がいなくなれば、技術力は守ることなどできない。

 まさにその通りなのですが、若年技術者の流出はリーマンショック直後の2009年あたりから既に進行しています。相次ぐリストラを目の当たりにすることで終身雇用の危うさに気付いたからでしょう。したがって、今は、箱は箱でも穴だらけの箱です。

 一方で、今もなお日本型雇用という時代錯誤の慣行は根強く残っています。いったいいつまで粘り倒そうとするつもりなのでしょう。筆者の予想では、日本型雇用慣行を改めようと重い腰を上げざるを得なくなるのは、箱の中身が空っぽになったとき、すなわち、全ての若手人材が「安定性」の本当の意味に気が付いた時です。 

 日本の若き頭脳の流出は、欧米人にとって魅力的なものがメイド・イン・ジャパンの製品ではなく低賃金で割安の日本の技術者くらいだということの裏返しとも言えるでしょう。