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高度プロフェッショナル制度の対象に漁師さんは含まれるか?

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はじめに

 先週の金曜日、高度プロフェッショナル制度(高プロ)を盛り込んだ働き方改革関連法案の採決が衆院厚生労働委員会で行われ、賛成多数で可決しました。現在自分が従事する業務が高度プロフェッショナル制度の対象業務に該当するのかどうか関心を寄せる方も多いと思います。そこで、今回次のような問題を設定してみることにしました。

 高度プロフェッショナル制度の対象に漁師さんは含まれるか?

 この問題を考える前に、高プロの対象業務該当要件について考えます。

高プロの対象業務該当要件

 高度プロフェッショナル制度とは、高度の専門知識等を要し、働いた時間と成果とが連動しない業務に関して、従来の時間軸に沿った賃金体系から、成果軸に沿った賃金体系に改める制度です。

 労政審の「今後の労働時間法制等の在り方について(報告書骨子案)」は、高度プロフェッショナル制度の対象業務該当要件を次の通り定めています。

 「高度の専門的知識等を要する」や「業務に従事した時間と成果との関連性が強くない」といった対象業務とするに適切な性質をみたすものとし、具体的には省令で規定することが適当。

 以前、医師が高度プロフェッショナル制度の対象に含まれるかという点に関して次のような記事を書いたことがあります。 

www.mesoscopical.com

 詳細は、当該記事を参照ください。では、漁師さんについてはどうでしょうか。

漁師さんについて

 まず、前段の要件「高度の専門的知識等を要する」について考えます。

 漁師さんは、魚介類の採捕を目的とする職業です。漁業には、大きく分けて遠洋漁業・沖合漁業・沿岸漁業の3つがありますが、採捕する魚の種類に応じて漁法が異なります。それぞれの漁法において、採捕する魚の特性・漁場の知識・漁具に関する知識など、身に付けるべき専門的知識を数え上げたら枚挙にいとまはありません。

 しかも、常に危険と隣り合わせの業務であり、これらの知識を完璧に身に付けないと事故に繋がる恐れもあります。これらの専門的知識を身に付けずに、「明日から漁場に出てくれ」と言われても、少なくとも筆者にはできません。漁師さんは、高度の専門的知識に限らず、高度の専門的技術も必要です。鰹の一本釣り漁師の技術は、まさしく神業の域です。したがって、漁師さんは、前段の「高度の専門的知識等を要する」という該当要件を満たしています。

 では、後段の「業務に従事した時間と成果との関連性が強くない」という該当要件についてはどうでしょうか。

 漁師さんは、一旦漁に出かけても、必ず大漁旗を掲げて帰ってくるとは限らず、不漁のまま帰ってくることもあります。長年の経験や勘を頼りにしても、大漁になるか不漁になるかは如何ともし難い部分です。したがって、漁師さんは、後段の「業務に従事した時間と成果との関連性が強くない」という該当要件も満たしています。

 このように漁師さんの行う業務は、少なくとも労政審の定める対象業務該当要件の双方を満たしています。しかし、実際に漁師さんを高度プロフェッショナル制度の対象に含めることは相応しいと言えるのでしょうか。

PDCAサイクルとは

 労働者を高度プロフェッショナル制度の対象に組み込む際の決定的な要件が他にもあります。それは、業務遂行にあたって、労働者自らの裁量のみでPDCAサイクルを回すことができるか否かという点です。

 PDCAとは、Plan(計画), Do(実行), Check(評価),  Act(改善)の頭文字をそれぞれ取ったものであり、PDCAサイクルとは、これらを繰り返すことにより、業務を改善していく工程を意味します。

 例えば、高度プロフェッショナル制度の対象業務に選定される可能性の高い、企業研究者についてこれを考えてみましょう。

 企業研究者は、世の中にない製品を生み出したり、既存製品の性能アップのために改良を加えたりすることを目的とする職業です。企業研究者の場合、まず何らかの予測に基づいて、実験計画を立てます(Plan)。次に、その計画に基づいて、さまざまな実験を行い、データを取得します(Do)。次に、取得した実験データを解析します(Check)。最後に、解析結果をもとに製品に改良を加え、次の実験計画へとつなげます(Act)。製品に求められる要件が満たされるまで、これらの作業を繰り返します。

 これら一連の作業を、独力でなしうることができ、かつ、年収要件を満たせば、研究開発業務に従事する企業研究者が高度プロフェッショナル制度の対象に組み込まれる可能性が高くなります。ただし、労働者がPDCAサイクルを独力で回すことができても、使用者が何らかの形でこれに介入することを常態としていれば、高プロの立法趣旨に反するため、高プロの対象労働者に組み込まれることは適当でありません。

漁師さんには高プロに組み込まれない決定的な事情がある

 このように、高プロの対象労働者とするためには、労働者自身の裁量のみでPDCAサイクルを回すことが要請されますが、漁師さんには、それが出来ない特別の事情があります。それは、漁師さんの仕事が天候に左右されるという点です。すなわち、漁師さんは、PDCAサイクルのPlan(計画)あるいはDo(実行)の部分が、自らの裁量ではなくお天道様に強く依存するため、高プロの対象に組み込まれることはありません。 

漁師さんを労働時間管理することは可能か?

 高度プロフェッショナル制度の対象労働者に組み込まれた場合、時間外・休日労働協定の締結対象から外され、労働時間管理の対象から外されます。その場合、労働基準法における労働時間・休憩・休日に関する規定は適用されません。したがって、何時に出勤しようと、何時に仕事を終えようと、いつ休憩や休日を取得しようと、全てが対象労働者の裁量に委ねられます。

 逆に、高プロの対象労働者として組み入れられず、労働時間管理の対象となれば、従来通り、始業時刻・休憩時間・終業時刻・休日を定めて業務を遂行することになります。では、漁師さんの業務は労働時間管理をするに相応しい業務と言えるでしょうか。以下、この点について考えます。

 先述の通り、漁師さんの仕事は、天候に強く依存するため、始業時刻を定めることができません。仮に定めたとしても、海が大しけなのに、始業時刻を過ぎたからと言って沖合に出ることはできません。休憩時間についても同様です。仮に休憩時間を定めたとしても、その休憩時間内に大型の魚群を発見した場合、休憩中だからと言ってみすみす見逃すわけにもいきません。終業時刻についても同様です。特に、海の状態が急激に変化した場合は、漁を早めに切り上げる必要があります。休日についても同様です。天候上の理由で漁に出られない日が続いた後、ようやく天候が回復しても、たまたまその日は所定休日のため漁に出られないというのも具合が悪すぎます。したがって、漁師さんを労働時間管理することは不可能です。

 そこで、次の条文をご覧ください。

労働基準法41条(抄)

この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。

一 別表第一第六号(林業を除く。)又は第七号に掲げる事業に従事する者

 このように、労働基準法41条に掲げる各号の一に該当する労働者は、労働時間・休憩・休日に関する規定は適用されません。上記は、そのうちの第1号の部分を抜粋したものです。別表第一第六号(林業を除く。)に掲げる事業に従事する者とは、平たく言うと、農業従事者のことです。別表第一第七号に掲げる事業とは、畜産業・養蚕業・水産業のことです。

 したがって、魚介類の採捕を業とする漁師さんは、労働基準法41条の適用を受けるため、労働基準法上、労働時間管理の対象外となっています。この規定は、漁師さんの就業実態を勘案したものです。したがって、水産業であっても、「一定の加工設備を有する場所における加工」すなわち水産加工業は別表第一第七号に掲げる事業に該当しません(昭22.9.13 発基第17号)。

まとめ

 以上のように、漁師さんは、自らの裁量のみでPDCAサイクルを回すことができないため、高度プロフェッショナル制度の対象業務に選定されることはあり得ません。ただし、漁師さんも、労働時間管理になじまない職業のため、高度プロフェッショナル制度の対象労働者と同様、労働時間・休憩・休日の規定は適用されません。

 だからと言って、漁師さんが一匹でも多くの魚を採ろうと過労死寸前まで働くでしょうか。漁師さんに代表されるように、世の中には、労働時間管理になじまない職業が数多く存在します。

 それをいちいち、始業時刻・休憩時間・終業時刻で管理していたら、魚や肉や米の値段がいくらになるか知れたものではありません。