はじめに
産経新聞の報道です。
山口市は28日、宿直勤務に就く非常勤嘱託職員6人の仮眠時間8時間を休憩時間とみなし、その間の賃金を支払わなかったとして、山口労働基準監督署から是正勧告を受けたと発表した。(参照元:『産経WEST』)
今回は、山口市がなぜ労基署から是正勧告されるに至ったのかについて解説します。
「寝ている時間=休憩時間」とは限らない
産経新聞は、
市は17年12月~今年2月の宿直勤務について、午後10時~翌午前6時の仮眠時間を休憩時間としていたが、勧告は「電話や届け出の対応をしており、労働時間と捉えることになる」と指摘。(参照元:『産経WEST』)
と報道しています。
「寝ている時間を労働時間と捉える」とはいったいどういうことでしょうか。この点については、労働基準法上の休憩時間の定義と深い関わりがあります。
休憩時間については次のような解釈例規があります。
昭22.9.13基発17号
「休憩時間」とは、単に作業に従事していないいわゆる「手待時間」は含まず、労働者が権利として労働から離れることを保障されている時間をいう。
つまり、仮眠時間が休憩時間とみなされるかどうかは、労働者が労働から離れていることを保障されているか否かが論点とされるのです。
山口市の場合、仮眠時間中でも電話応対や窓口対応をしていたといいます。これでは、例え仮眠をしていたとしても、労働から離れることを保障されていた状態とは言えません。したがって、労基署は当該仮眠時間を休憩時間と認定せず、手待時間とみなしたのでしょう。なお、この場合、実際に電話をしていた時間や届け出作業を行っていた時間のみならず、仮眠時間とされていた全ての時間が労働時間に算入されます。
例えば電話は留守番電話にするなどして、仮眠時間において一切の業務から解放されていれば、休憩時間とみなされる可能性が高かったでしょう。
なぜ労基法違反および最賃法違反になったのか
山口労働基準監督署は、労働基準法および最低賃金法に違反するとして山口市に対し是正勧告を行いました。
最低賃金法違反においてよくみられるのは、業績悪化の理由で使用者が所定内賃金を一切支払わなかった場合です。この場合は、労働基準法24条第1項にも最低賃金法4条第1項にも違反しますが、違反法条競合により、より重い罰則規定を有する最低賃金法に刑事効力が及びます。
ところが、本件の使用者は山口市であり、まさか使用者が業績悪化を理由にして賃金不払いを行ったとは考えられません。本事案は、労働基準法にも最低賃金法にも違反しますが、違反法条は競合しません。以下この点について考えます。
最低賃金法違反について
最低賃金法4条第3項に次のような規定があります。
最低賃金法4条第3項
次に掲げる賃金は、前二項に規定する賃金に算入しない。
① 一月をこえない期間ごとに支払われる賃金以外の賃金で厚生労働省令で定めるもの
② 通常の労働時間又は労働日の賃金以外の賃金で厚生労働省令で定めるもの
③ 当該最低賃金において算入しないことを定める賃金
上記②に注目してください。時間外・休日・深夜の割増賃金は最低賃金の算入対象に含まれません。あくまでも、最低賃金の算入対象となるのは、所定内賃金のみです。
山口新聞によると、宿直職員の勤務時間は午後5時15分から翌日午前8時半まででした。このうち、午後10時から翌日午前6時までを仮眠時間を休憩時間として取り扱っていました。つまり、労基署から是正勧告を受けるまで山口市は、午後5時15分から午後10時までの4時間45分および翌日午前6時から午前8時半までの2時間半を勤務時間として取り扱っていました。したがって、この場合の所定労働時間は7時間15分となり8時間に及びません。
ところが、労基署からの指摘により、午後10時から翌日午前6時までの仮眠時間が労働時間として取り扱われることになりました。したがって、所定労働時間は8時間に修正されることになります。
ところで、最低賃金法3条は、「最低賃金額は時間によって定めるものとする」と規定しています。したがって、所定内賃金を時給換算したものが、最低賃金額以上であるか否かが重要な論点とされます。
山口県の昨年度の地域別最低賃金は777円でした。では、仮に宿直職員の所定内賃金を時給換算したものが850円だったとしましょう。時給850円は最低賃金額(777円)以上の賃金が支払われているので一見したところ問題はなさそうです。ところが、これは、所定労働時間を7時間15分とみなした場合です。実際には、仮眠時間も労働時間として捉えられるため、所定労働時間は8時間ということになります。所定労働時間を8時間として、所定内賃金を時給換算すると、850×7.25÷8=770円となり、山口県の地域別最低賃金を下回ることになります。
このように、所定労働時間を8時間とみなして再計算した結果、宿直職員に支払われていた賃金が最低賃金額を下回ったので、山口市は最低賃金法違反として労基署から是正勧告を受けたのです。
労働基準法違反について
では、労働基準法違反についてはどうでしょうか。
労働基準法37条は、時間外・休日・深夜の割増賃金について規定しています。ここでは、時間外と深夜の割増賃金について考えます。
時間外労働とは、労働基準法32条に定める法定労働時間を超える労働を意味します。労働基準法32条第2項は、1日の法定労働時間を8時間と規定しています。使用者が労働者に対し1日8時間を超える労働(時間外労働)をさせた場合、通常の賃金の25%増しの割増賃金を支払うことが義務付けられます。
また、労働基準法上、深夜とは、午後10時から午前5時までの時間帯を意味します。使用者が労働者に対し深夜に労働させた場合、通常の賃金の25%増しの割増賃金を支払うことが義務付けられます。
ところが、山口市の場合、仮眠時間を休憩時間として取り扱っていたため、その時間の賃金は一切支払われていませんでした。労基署の指摘通り、仮眠時間も労働時間として取り扱えば、1日の勤務時間は、午後5時15分から午前8時半までの計15時間15分ということになり、1日の法定労働時間8時間を超えます。したがって、7時間15分の時間外労働ということになります。この時間外労働に相当する割増賃金が支払われていないので、山口市は労働基準法37条違反の是正勧告を受けることになったのです。
さらに、午後10時から午前5時までの深夜割増賃金も支払われていなかったので、この意味においても山口市は労働基準法37条違反の是正勧告を受けることになったのです。
まとめ
山口新聞によると、宿直勤務を担当していたのは、山口市総合支所の非常勤職員。しかし、所定労働時間を45分長く見積もっただけで、たちまち最低賃金額を下回ってしまうとは、もともとの賃金が如何に低賃金であったかを裏付けています。
山口市が労基署から指摘を受けたのは、仮眠時間に業務から離れることを許されていないのに休憩時間として取り扱っていたことです。窓口業務や電話応対から完全に開放され、睡眠時間を完全に確保できたのであれば別ですが、その間に断続的とはいえ来客や電話があり、それに応対しなければならないのであれば、寝ていた時間があっても休憩時間として認められません。
なぜなら、休憩時間には自由利用の原則があるからです(労働基準法34条第3項)。これとは全く逆に、業務から完全に開放されているのであれば、たとえ仮眠時間に徹夜でゲームをしていたとしても、休憩時間として取り扱われます。
つまり、仮眠時間が休憩時間として取り扱われるためには、寝ているか起きているかが重要なのではなく、その時間を自由に利用できるか否かが重要なのです。