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働くルールを理解してこれからの働き方について考えよう!

硬直化した労働市場では好景気でも賃金は上がらない:フェルドマン氏

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はじめに

 前回の記事で、トヨタの働き方新制度を「裁量労働」と表現するマスコミの大規模誤報について考察しました。 

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 マスコミは、この状況を放置してはならず、訂正し、同制度を「固定残業代制(の対象拡大)」と正確に報じるべきです。

 今回は、日本のメディアではなく、海外メディアに目を転じます。海外メディアが日本の働き方についてどのように報じているかについて考えます。

グローバル化の重要性を説くのなら海外の意見にも耳を傾けよう

 REUTERS(ロイター)は、「オピニオン:アベノミクス復活の条件=フェルドマン氏」という見出しの記事を掲載しました。

jp.reuters.com

 同記事を書いたのは、ロバート・フェルドマンというモルガン・スタンレーMUFG証券のシニアアドバイザーの方です。この方は、MIT(マサチューセッツ工科大学)にて経済学博士の学位取得後、IMF(国際通貨基金)などを経て、現職に至ります。かつて、交換留学生として来日した経験もあり、日本への造詣も深い方です。日本語も流暢です。

フェルドマン氏の見解

 フェルドマン氏は、「日本経済を復活させるためには、硬直化した労働市場改革が必要」と警鐘を鳴らしています。以下、日本の労働市場改革に対する、フェルドマン氏の見解をいくつかピックアップします。

労働市場の二重構造問題について

 私がとりわけ問題視しているのは、労働市場の既得権益側であるインサイダー(大企業の正社員)と、その外側にいるアウトサイダー(中小企業の正社員、企業規模にかかわらず全ての非正規社員)の二重構造だ。

 この構造が温存されている限り、今回のように長期にわたる景気回復局面でも賃金上昇圧力は限定的なものになるだろう。(フェルドマン氏 参照元:『REUTERS』)

 筆者も氏と全く同意見です。日本の労働市場における、インサイダーとアウトサイダーの二重構造問題については、筆者は以前記事にしたことがあります。フェルドマン氏は、二重構造問題について、サラっと発言されていますが、その詳細については、次の記事を参考にしていただければと思います。

大企業正社員と中小企業正社員の二重構造問題について

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大企業正社員と非正規雇用労働者の二重構造問題について

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景気回復基調なのに賃金が上がらない原因について 

 現在、景気回復基調にあるのに、労働者の実質賃金が上昇する気配を示しません。筆者も、氏が指摘されるように、この原因をインサイダー/アウトサイダーの二重構造問題にあると考えています。この点については、次の記事を参考してください。

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労働市場改革には何が必要か

 フェルドマン氏は、労働市場改革のうちとりわけ、次の2つが重要と指摘しています。

  1. 正社員解雇に関する透明性のある公正な金銭的解決ルールの整備
  2. ホワイトカラー労働者に対する労働時間規制の適用除外

氏は、「これらの改革案に対する、「首切り自由法案」「残業代ゼロ法案」といった批判は、問題の本質を見誤っている。」と指摘しています。

透明性のある公正な金銭的解決ルールについて

 あまり多くの人に知られていないかもしれませんが、現在すでに、正社員解雇に関して金銭解決がなされています。ただし、正社員解雇に関し透明性のある公正な基準が存在しないため、司法手続きに依らなければ低廉な解決金に終わってしまうか、司法手続きに依れば解決までの長期化が避けられず労働不能期間が積みあがるかという究極の選択になっています。これでは、支援労組や労働側の弁護士を除いて誰のためにもならないため、正社員解雇に関し明解かつ公正な基準を設けようとしているのです。

 解雇の金銭解決については次の記事を参照ください。

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高度プロフェッショナル制度について

 フェルドマン氏の言う、「ホワイトカラー労働者に対する労働時間規制の適用除外」とは、高度プロフェッショナル制度(高プロ)を意味します。

 そもそも、高プロに残業という概念は存在しません。高プロを「残業代ゼロ」という言葉を用いて表現するのは、時間外労働に対する認識を根本から誤っています。高プロの立法趣旨を鑑みれば、「残業代ゼロ」ではなく、「成果型報酬」あるいは「脱時間給」と名付ける方が適当でしょう。この辺りの基本原理については、次の記事を参考にしてください。

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労働時間規制について

 いずれにせよ労働時間規制の強化を進めるだけでは、企業側は正社員雇用に関する負担増だけを背負い込むことになり(新規制対応のソフトウェア整備だけでも膨大な金額に上る)、正社員雇用意欲は削がれる可能性がある。(フェルドマン氏 参照元:『REUTERS』)

 近年の長時間労働の現状を鑑みれば、労働時間規制そのものは必須です。しかし、それだけでは不十分で、労働市場改革とセットで行わなければ、実効性が担保できません。なぜなら、雇用流動化を実現せずに、労働時間規制だけを行うと、たちどころに供給側がひっ迫し、労働力の需給調整が破綻するからです。生産年齢人口比率の低下に伴い、この傾向に拍車がかかるのは不可避なため、一刻も早く雇用を流動化すべきでしょう。

監督機能の強化について

 ただし、管理監督の強化は主に公的機関の陣容拡大によってではなく、各企業の内部通報システム整備など民間側の取り組みによって実現されるべきだろう。(フェルドマン氏 参照元:『REUTERS』)

 近年の、過労死や過労うつの増加傾向を踏まえれば、監督機能の強化は必須です。ただ、公務員の人員増強には筆者も反対で、監督機能の民間委託をどんどん進めるべきと考えます。

 既得権益側である連合や経団連の合意ありきではなく、刷新した小規模な会議で進めることが肝要だ。(フェルドマン氏 参照元:『REUTERS』)

 日本のマスコミだったらこれは絶対に言えないでしょう。フェルドマン氏は正論を述べておられます。連合や経団連に労働市場改革を任せていたら、一向に何も進みません。特に連合は、全労働者の2割にも満たない組合員の利益を最適化することしか考えておらず、労働市場全体という大局的な見地で物事を判断する能力に欠如しています。もっと公正な立場で労働市場改革全体を見渡せる第3者にテーブルについてもらった方が全体の底上げにつながるでしょう。

 その意味で、フェルドマン氏の提唱する小規模会議の実現は筆者も大賛成です。

日本型雇用慣行が通用した時代から大きく変わった

 高度経済成長期では、欧米の模造品をそこそこの性能で諸外国に比して安価な労働力で大量生産し、有利な為替レートを背景に輸出することによって経済が成り立っていました。しかし、経済力で欧米にキャッチアップを果たした途端、かつてのような手法が通用せず、全く独自のプラットフォーム形成が求められるようになりました。

 諸外国に目を転じれば、グーグル・アップル・アマゾン・テスラに代表されるように、斬新なサービスや製品を次々と打ち出す欧米企業があります。その一方で、かつて日本企業が得意としたキャッチアップ型の薄利多売品の大量生産は、もはや中国・韓国・台湾などのアジア新興国が担っています。

 このように、かつてと比べ世界経済の状況が大きく変わったにもかかわらず、未だ日本型雇用だけは色濃く残っています。日本型雇用を変革したくないというこだわりが、外国人の目からは奇異に映るのでしょう。日本は、携帯電話のみならず働き方においてもグローバルスタンダードから程遠く、ガラパゴスなのです。

まとめ

 やはり、外資系メディアが報道する内容は、日本のマスコミのそれと一線を画すものがあります。新聞・テレビに代表される日本のマスコミが、労働市場改革についてこれほどの踏み込んだ内容を報道することはないと思います。