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隷属なき道:高橋まつりさんの母の書評があまりに正論過ぎるという事実

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はじめに

 現代ビジネスは、「電通過労自殺・高橋まつりさんの母がいま思う、我が娘の死の意味」という標題の記事を掲載しています。これは、高橋まつりさんの母、幸美さんが書かれたもので、オランダの歴史家ルトガー・ブレグマンの著書「隷属なき道」の書評がベースとなっています。

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 筆者は以前、週刊現代の「日本人はすでに先進国イチの怠け者で、おまけに労働生産性も最低な件」という標題の記事について、「事実と異なる」として批判したことがあります。 

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 現代が本当に読者に伝えたいことはどちらなのでしょうか。いずれにせよ、今回の高橋幸美さんの記事は本当に良い記事だと思います。

今回の記事の内容を読み解く

 高橋まつりさんの母幸美さんの書評記事を読むと、高橋まつりさんについて、これまであまり報道されていないことが書かれていました。これらは、日本型雇用の問題点を示唆する内容ともなっています。この点について考えます。 

高橋まつりさんの母、幸美さんの言葉1

 人前で話すことやアイデアを出すことが得意だったので、そんな仕事を続けていきたいという夢を叶える途上でした。 

 実際に配属になったのは、デジタルの広告の部署で、来る日も来る日も数字を細かくチェックする。それが繰り返し終わることなく延々と続く職場でした。データ分析と言えば聞こえがいいですが、実際にまつりのなかでは、その労働に意味が見い出しづらい、そういう現場だったようです。

 「単純でただただ時間が掛かるんだ」・「すごく効率が悪いんだ」という相談を友人にもしていました。

正社員にはジョブ・ディスクリプションが存在しない 

 高橋まつりさんは、入社直後の新人研修では活動的に仕事をされていたことが伺えます。ところが、実際に配属されたのは、本人の適性と全く異なる部署でした。これは、日本型雇用の典型的な問題点を映し出しています。

 日本企業において、正規従業員(正社員)は、職務内容・勤務地などを限定しない包括的労働契約を締結します。したがって、労働契約締結時にジョブ・ディスクリプション(職務記述書)が存在しません。

 幸美さんによると、高橋まつりさんは「人前で話すことやアイデアを出すことが得意だった」とのことです。したがって、本人も、もっとクリエイティブな職場に配属され、得意分野を活かすことを望んでいたでしょうし、実際にそうなると思っていたことでしょう。しかし、実際に配属されたのは、デジタル広告部門というひたすら数字を細かくチェックする部署でした。

 このように、企業の正規従業員(正社員)として入社した以上、蓋を開けてみるまで何をやらされるか分からないのです。また、慣れない仕事を何とか乗り越えた矢先に、全然畑違いの部署へと異動になることもあります。正社員は、職務内容や勤務地の変更について、使用者によるこうした強大な人事権の行使に逆らえない宿命にあるのです。

 最高裁も、採用時に職務や勤務地限定の合意がなされていると解されない包括的労働契約を締結している限り、業務上の事由に基づく配転命令は権利濫用に当たらないと判示しています。

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 これは、高度経済成長期に終身雇用制が定着していく中で、雇用調整の一環として編み出された方法です。したがって、終身雇用制を前提とする限り、ジョブ・ディスクリプションによって業務内容を明確化することはあり得ないのです。

 企業組織の再編が相次いでいる今日において、業務内容を曖昧にすることが、従業員の特性に見合った適材適所の人員配置を阻害し、ミスマッチを生む要因となっています。 もはや、このような人材配置の手法が、完全に制度疲労をきたしていることは明らかなのです。

高橋まつりさんの母、幸美さんの言葉2

 まつりが亡くなった後、彼女がやっていたような仕事をグーグルでは機械がやっているという話を耳にしました。

人口減少に高齢化が加味されると何が起こるか

 日本は、今後、史上類を見ない人口減少社会に突入すると言われています。2014年に、内閣府は、鎌倉幕府成立期以来の長期的な人口の推移と将来推計を発表しました。 内閣府は、

現状が継続することを前提とすると、2100年には日本の総人口は5千万人弱まで減少し、明治末頃の人口規模になる見込み

としています。下の図は、 内閣府による長期的な人口の推移と将来推計のグラフです。

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 2010年の国勢調査では、日本の人口が1億2806万人だったのに対し、2015年の国勢調査では、1億2710万人と、国勢調査統計上初の減少に転じました。すなわち、現在もう既に人口減少社会に突入しているのです。

 一方、生産年齢人口(15~64歳人口)比率は、今から20年以上前の1995年から既に減少に転じており、今後より一層の労働力不足が進展するものと思われます。下の図は、年齢階級別の人口推移を表したグラフです。

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 生産年齢人口比率の減少に伴い、75歳以上の後期高齢者の人口比率が増加していることがうかがえます。人口減少に高齢化が加味されると、経済規模が縮小します。現在、日本のGDPは、米国・中国に次いで世界第3位ですが、このままのペースで人口減少などが進展すれば、2050年における日本のGDPは世界第9位まで後退するという試算も存在します。

何をすべきか

 このような状況下で、経済規模の縮小を回避するためには、企業の生産性を上昇させるより他に手段はありません。そして、企業の生産性を上昇させるには次の2つの方法があります。それは、

  1. 労働生産性の向上
  2. 機械化

の2点です。

労働生産性の向上について

 労働生産性については、まだまだ向上の余地はあります。生活費の足しにだらだらと残業するような行為(生活残業)は労働生産性を低下させる最大の要因になっています。しかも、生活残業は、労働基準法36条の趣旨に反します。したがって、生活残業をこの国から一刻も早く一掃させるべきでしょう。

 一方で、高橋幸美さんが指摘されるように、長時間労働も改善すべき点と考えます。一橋大学の小野浩教授は、OECDのデータから、労働者一人当たりの年間総労働時間と労働生産性とは負の相関があることを指摘しています(参照元:小野浩(2016)『日本労働研究雑誌』No.677, 17.)。

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 したがって、長時間の労働投入をしても、却って労働生産性を低下させる作用が働くだけであり、あまり効果が見込めないのです。長時間労働の問題を解決するためには、賃上げ主体から時短に向かって労使交渉の方向性を変えればよいのです。 

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 しかし、先般の時間外労働の上限規制を巡る労使交渉において、連合が、月100時間未満を提案したことを鑑みれば、彼らが労働時間の短縮に及び腰であることはほぼ間違いないでしょう。

機械化について

 機械化を進展させることに異を唱える人はおそらく少ないでしょう。労働生産性を向上させることは、同時に、労働密度を高めることを意味します。日本では、工場労働者の労働密度は既に高く、製造業の高い労働生産性の源泉となっています。因みに、製造業における労働生産性の指標である名目労働生産性水準はOECD加盟国中11位(2014年)となっています。日本の全産業平均の労働生産性が22位(2015年)であることに比べれば、より高い順位に位置しています。

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 しかし、労働生産性の向上にも限界があります。したがって、機械化を実現しうるかどうかが企業活動の今後を占う上で重要なキーポイントとなっていくでしょう。

常識を疑ってみる

 高橋幸美さんが、ルトガー・ブレグマンの著書「隷属なき道」の、次のような一節を紹介されています。

 人が語る常識に流されてはいけない。

 差し詰め、人が語る常識と言えば、

  1. 終身雇用は安定的な働き方である
  2. 日本で一番多く利益をはじき出している会社はもっとも安泰である

といったところでしょうか。しかし、これらは権力者やそのステークホルダーあるいはマスコミの言う常識に基づいていませんか。筆者は、今後の人口減少社会や労働力不足を考えればこれらの常識は非常に疑わしいものと考えています。「平家にあらずんば人にあらず」と権勢を誇っていた人たちが滅んだことは、今から833年前の歴史が証明しました。

 現代でも、「〇〇にあらずんば…」と権勢を誇る人たちが滅ぶ日もそう遠からず訪れるでしょう。