Mesoscopic Systems

働くルールを理解してこれからの働き方について考えよう!

日本人の年間労働時間の減少とサムスン・LGの台頭とは全く関係ない

f:id:mesoscopic:20170427191345j:plain

はじめに 

gendai.ismedia.jp

 みなさんは週刊現代の上記の記事をどう思いますか?おそらく炎上を目的とした記事でしょうが、至る所に事実と異なるフェイクが含まれています。筆者が一つ一つ検証していきます。

週刊現代のフェイク記事の検証

各国の週労働時間の比較について

 週刊現代の記事には、「日本人がどんどん働かなくなっている」という記述があります。こういうのをフェイクと言います。週刊現代は、根拠となる資料として「データブック国際労働比較2016」を挙げています。205ページの、第6-2表 週労働時間(製造業)のことですね。

 週刊現代は、比較対象国として、「米国」・「英国」・「ドイツ」・「フランス」・「カナダ」を挙げています。第6-2表において、「英国」・「ドイツ」・「フランス」の週労働時間はフルタイム労働者を対象としています。一方、厚生労働省の毎月勤労統計調査では、常用労働者を対象とした週労働時間を用います。常用労働者にはフルタイム労働者のみならず、パートタイム労働者も含まれます。パートタイム労働者とは、常用労働者のうちで次のいずれかに該当する労働者のことです。

(1) 1日の所定労働時間が一般の労働者よりも短い者。
(2) 1日の所定労働時間が一般の労働者と同じで1週の所定労働日数が一般の労働者よりも短い者。

 すなわち、週労働時間の数字を比較するのに、週所定労働時間の短い「パートタイム労働者」を含めている「日本」とそれを除外した「英国」・「ドイツ」・「フランス」とでは、そもそも土俵が異なっているのです。パートタイムを含めれば、数値が小さくなるのは当たり前です。

 また、「カナダ」の週労働時間は、支払い労働時間に基づいています。支払い労働時間とは、「実労働時間」に「年次有給休暇」・「有給休日」・「賃金が支払われる病気休暇など」に係る時間数を加えたものです。したがって、支払い労働時間は実際に働いた時間数(実労働時間)よりも長く見積もられます。一方、厚生労働省の毎月勤労統計調査では、実労働時間に基づいて週労働時間を見積もります。したがって、実労働時間に換算すれば、「カナダ」は日本よりもさらに週労働時間が短くなります。日本とカナダの比較においても、そもそも週労働時間比較の土俵が異なっているのです。

 このように、統計の取り方が各国で異なるので、単純に数値でもって比較することに意味がありません。

週労働時間の推移について

 週刊現代の記事には、「日本人がどんどん働かなくなっている」との記述が見られます。本当にそうなのか、日本の週労働時間の推移を見てみましょう。

 厚生労働省の毎月勤労統計調査を見ると、2000年の週労働時間は37.8時間です。一方、2014年の週労働時間は37.7時間です。すなわち6分しか短くなっていません。週刊現代は、14年間で6分短くなったことをもって「働かなくなっている」と主張するわけですね。しかし、この間にも、週労働時間は経済情勢に呼応するように増減を繰り返しています。念のため、グラフにしてみたのでご覧ください。

f:id:mesoscopic:20170427171334p:plain

 2009年の急激な落ち込みは、リーマンショックに起因するものです。リーマンショック以降は、むしろ右肩上がりの傾向を示しています。日本人がどんどん働かなくなっていることを主張・立証するためには、このグラフが右肩下がりの傾向を示さなければなりません。このグラフをどうやって見たら、右肩下がりの傾向を示していると言えるのでしょうか。

日本人1人当たりの年間総労働時間について

 週刊現代の、「バブル直後には2000時間を超えていた年間の総実労働時間は少なくなり続け2014年には1700時間程度にまで減少している」というのは正しい記述です。しかし、このことと「日本人がどんどん働かなくなっている」こととの相関関係はありません。

 政府の平成28年版過労死等防止対策白書に次のような記述があります。

 一般労働者とパートタイム労働者の別にみると、一般労働者の総実労働時間は 2,000時間前後で高止まりしている一方、パートタイム労働者の総実労働時間は横ばいから微減で推移している。一方、パートタイム労働者の割合は、近年、増加傾向にあることから、近年の労働者1人当たりの年間総実労働時間の減少は、パートタイム労働者の割合の増加によるものと考えられる。

 白書の2ページに書いてあります。週刊現代は労働時間を論ずるのなら、過労死白書ぐらいは読んでおきましょう。

モーレツ社員は必要ない

 週刊現代の記事で、ある人が「高度経済成長期のモーレツ社員の否定は、日本のさらなる成長をあきらめることではないか」と言っていますが、モーレツ社員の存否に関わらず日本がこれ以上成長することはありません。なぜなら、今後日本は急激な人口減少社会に突入するからです。ただし、日本が、人口減少に起因する経済の減退を相殺するくらい労働生産性を急激に高めることができれば話は別です。

 しかし、高度経済成長期と同じ手法で労働生産性を高めることはできません。当時は、日本は、欧米と比べ人件費の安さにおいて絶対的なアドバンテージがありました。また、中国・韓国・台湾などアジア諸国も今ほど成長を遂げていませんでした。そのため、高度経済成長期においては、際限なく労働力を投入して余りあるくらい十分な成長余力がありました。

 しかし今は、高度経済成長期の日本と同じやり方で、アジア諸国が、その安い労働力を際限なく投入することで、急激な経済成長を遂げています。人件費だけが高いのに方法論は当時と同じままでは、決して世界に伍することはできないのです。したがって、人件費の高いモーレツ社員など、もはや世界では通用しないのです。

ホワイトカラーの労働意欲を高めるにはどうしたらよいか

 週刊現代は、「長時間労働の規制が、仕事に燃える人間の労働意欲を制限する」と言っています。工場労働者(ブルーカラー)の場合、労働時間に応じて付加価値を生み出すことができるため、労働時間管理を特に徹底しなければなりません。

 しかし、ホワイトカラーの場合は、必ずしも労働時間に応じて付加価値を生み出すことができるとは限りません。したがって、ホワイトカラーを労働時間管理することには意味がありません。では、ホワイトカラーで仕事に燃える人間はどうしたら良いのでしょうか。

 答えは簡単です。

 ホワイトカラーに対しては、労働時間に応じてではなく、成果に応じて賃金を支給すればよいのです。つまり、資料もろくに読めない記者の賃金をぐんと下げればよいのです。また週刊現代の記事では、「仕事で高い成果を出したいなら、人よりたくさん働くべきである」と言う人が紹介されていますが、それも間違っています。本当に優秀な人とは、少ない労働投入量で高い成果を出す人のことを意味します。これを、労働生産性が高いといいます。

企業戦士もいらない

 週刊現代の記事にある「企業戦士になるになる時がせめて一時期くらいはあってもいいのではないでしょうか」という記述は極めて不適切です。「戦士」の戦は「戦争」の戦と同義です。「過労死」を肯定するような発言は早々に撤回するべきでしょう。電通の高橋まつりさんはわずか入社1年目にして過労自死してしまいました。すなわち、例え一瞬たりとも企業戦士になどなってはいけないのです。

労働生産性について

 週刊現代の記事では、「豊かさはいらない、自分の時間がほしいのなら、それでいいでしょう」と嘯く人がいます。しかし、そのような人に本当の豊かさなど到底理解できないでしょう。

 その後に続く労働生産性の記述においては、正しいのもあります。筆者も日本の労働生産性が低いことを以前指摘しました。2015年のデータで、日本の労働生産性は、OECD加盟諸国35か国のうち、ギリシャに次いで22位(主要先進7か国では最下位)です。もはや、日本は世界に冠たる技術立国ではないのも確かです。しかし、日本の労働生産性が低いのは「モーレツ社員」が減ったからではありません。

 日本の労働生産性が低いのは、成長力の弱い企業を市場から速やかに退出させることで産業の新陳代謝を図ることをしないからです。だから、いつまでもブラック労働が蔓延し労働生産性が低いのです。また、OECD加盟諸国のデータから、労働生産性と年間総実労働時間とは負の相関があることが分かっています。つまり、「モーレツ社員」を減らした方が、労働生産性が高くなります。

吉岡元理事長の指摘について

 「仕事を再び楽しいものに戻すことが働き方改革の目指すべき方向性」とする吉岡元理事長の指摘は正しいと思います。であればなおさら、「企業戦士」などという言葉は使うべきでないでしょう。「職場の人間関係がギスギスしたものになってしまった」という吉岡元理事長の指摘も正しいと思います。確かに、最近パワハラが横行しているのも、こういったことと大いに関係していると思います。

年間総実労働時間の減少とサムスン・LGの台頭とは全く関係ない

 年間総実労働時間が1800時間になったことと、サムスンやLGが台頭したこととは関係ありません。過労死白書によると、近年の年間総実労働時間の減少は、パートタイム労働者の比率の増加によるものであり、一般労働者の年間総実労働時間はここ20年以上ほとんど変わっていません。

 正社員に関してはむしろ増えているとする研究者もいます。森岡孝二関西大名誉教授は、総務省の「社会生活基本調査」と経済協力開発機構(OECD)の統計から分析し、日本の男性正社員の総労働時間は年2760時間(2011年)であることを解明しました。ドイツやフランスと比べれば、実に600時間超も多いのです。

 サムスンやLGの台頭を許したことは、日本では年功序列賃金がまだ強固に生き残っており、技術者・研究者の報酬が成果に応じて支払われていないことと関係しています。優秀な頭脳に対して成果で報いないから、そういう方式をとっていたサムスンやLGの台頭をあっという間に許してしまったのです。

 ノーベル物理学賞を受賞した中村修二博士(現カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)が日亜化学で青色発光ダイオードを開発し特許を取得したとき、2万円しか報酬をもらえなかったことがその最たる例です。中村修二博士は、その後、裁判によってようやく当該特許について相当の対価が認められるに至りました。技術者や研究者にとって、こんな面倒くさい国は日本をおいて他にないでしょう。 

日本の家電業界が凋落した理由

 日本の家電業界が凋落した理由は、年功序列賃金の問題に加えもう一つあります。それは、世界で売れる商品を提供できなかったということです。つまり、マーケティング戦略において日本は敗北したということです。ガラケーが全く世界に認められなかったのが典型的な例です。世界的潮流を見誤り、旧態依然とした日本型経営をしていたからこういうことになったのです。原子力事業を即座に切り離さなかった東芝も典型的な例でしょう。つまり、労働時間とは全く関係ないのです。

まとめ

 トランプ大統領が米国大手メディアのフェイクニュースを批判しています。日本はどうでしょうか。そのようなフェイク記事を書かなければならないほど、出版業界は業績が悪いのでしょうか。しかし、低生産性企業を保護する理由は全くありません。市場から低生産性企業を退出させなければ、瞬く間に労働生産性が低下していくでしょう。