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日銀レポート:解雇規制緩和によって高い雇用者保護が維持されるという客観的証拠

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はじめに

筆者はこのサイトにおいてたびたび長時間労働の抑制や同一労働・同一賃金の実現を妨げているのは、終身雇用にあると主張してきました。

終身雇用を維持すれば、内部労働市場の労働時間の長短で雇用調整を図らなければならなくなり、結果として繁忙期において長時間労働に至りやすいという傾向があります。

実際に、解雇規制が強い大企業ほど、長時間残業が多いというデータが示されています。

八代 尚宏:日経ビジネスオンライン

解雇規制緩和をし、外部労働市場にまで拡張した柔軟な雇用調整が図られるようになれば、長時間労働の問題は解決します。

 今回は、解雇規制緩和とはそもそもいったい何のことを言うのか具体的に話を進めていきたいと思います。

日本の雇用調整の現状

 解雇規制緩和が実現すれば「首切り自由」になり労働者保護に欠けると主張する人がいます。

しかし、この考え方は間違っています。

この考え方が誤りであることは、2010年に日本銀行が発表した研究レポートによって示すことができます。

その前に、まず、日本の現状について説明をしたいと思います。

「首切り自由」という意味で解雇規制緩和を言うのであれば、中小企業の一部において、すでに横行しています。

解雇権濫用法理をも無視するようなブラック企業の存在です。 

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上記の記事にあるように、中小企業の正規従業員は、使用者による解雇権濫用法理をも無視した不当解雇にあっても、裁判に訴えることができず泣き寝入りに終わっているケースが多々あります。

一方、大企業においては、正規従業員は解雇権濫用法理によって事実上解雇できません。

また、会社の存続が危ぶまれるくらい危機的状況でもない限り、整理解雇を行うこともできません。

したがって、首切り自由という観点では、大企業と中小企業においてダブルスタンダードが存在するのです。 

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大企業では多くの従業員を抱えており、極めて硬直性の高い雇用を維持したままでは、景気変動の際に使用者は雇用調整を行うことができず困ってしまいます。

そこで考え出されたのが、現在抱えている従業員のみで雇用調整を図ろうとする手法です。

これを内部労働市場による雇用調整と言います。

これは、高度成長期の労働市場の発展過程において、労使の度重なる交渉過程を経て次第に定着していった考え方です。

このようにして、大企業においては、業務内容・勤務地・労働時間など広範な人事裁量権が使用者に全面的に委ねられることとなりました。

内部労働市場による雇用調整の結果生じる弊害の一つに、正規従業員の労働時間の長さがあります。

これこそが現在問題になっている長時間労働の原因です。

一方で、景気悪化の際は大企業では、大量の余剰人員を抱えることになります。

会社が潰れそうになるくらいでなければ整理解雇を断行できません。

したがって、希望退職を募るなどして解雇に依らない方法で雇用調整を図らなければならないのです。

しかし、少子化が進行し、労働市場の縮小過程にある現代においてはこの考え方はもはや通用しません。

このいわゆる日本型雇用に立脚した一連の制度が、多くのサラリーマンを不況時にはリストラの恐怖によって疲弊させ、好況時には過労死へと導く要因となっていることは火を見るより明らかでしょう。

解雇規制緩和の本当の意味

 筆者の言うところの解雇規制緩和とは、「首切り自由」のことではありません。

解雇規制緩和とは、解雇要件や金銭的補償の基準を含む解雇ルールを明確化・透明化することを意味します。

まず、中小企業の正規従業員にとっては、金銭的補償の基準が明確化されることで、これまでの不当解雇が無くなります。

また、大企業の場合は、解雇規制緩和を導入することで、使用者による広範な人事裁量権も消滅します

したがって、転勤・出向命令もなく、職務範囲や勤務地も明確になり、労働時間も限定的になります。

そもそも、これらの人事裁量権が消滅するので、雇用調整を名目にした恣意的・懲罰的人事もなくなります。

 また、労働移動が活発になるので、非正規雇用を導入するインセンティブが労使双方に存在しません。

したがって、正規・非正規の分断化の問題が解決し、自ずと同一労働・同一賃金の問題の解決へと繋がっていきます。

スウェーデンモデルとは?

 以上のように、解雇ルールを明確化し、解雇規制緩和を実現した国スウェーデンがあります。

スウェーデンは、今後日本が解雇規制緩和を法制化するのに大変参考になる国だと言われています。

ここでは、スウェーデンを例にこの問題について考察していきたいと思います。

 労働市場における雇用者保護の考え方には次の二つがあります。

  1. 失業してしまう人を減らす(解雇規制の強化)
  2. 失業した人の雇用機会を増やす(解雇規制緩和+セーフティネットの整備)

日本は1の考え方に立脚しています。

これに対し、ノルウェー・フィンランド・スウェーデンなどの北欧諸国では、2の考え方を採っています。

これらの国々では、解雇手続きや理由の厳格さや金銭的補償の基準などが明確にされています。

そもそも解雇ルールの透明性が高いため、使用者はその手続きに則って対象労働者を解雇することができます。

このように解雇基準を明確化・透明化することで、何ら司法手続に依らず解雇の手続きが行えるようになることが解雇規制緩和の最大の特徴です。

日本ではどうなっているか?

 一方、日本では、解雇の金銭的補償の基準は法定されていません。

労働契約法16条にいわゆる「解雇権濫用法理」が成文化されていますが、これは、解雇を不当なものかどうかを裁判で争う際の判断基準であり、解雇ルールの手続きの明確化とはベクトルの方向が逆になっています。

日銀のレポートによると、「これらの要因は、解雇における不確実性を高め、非効率な労働保蔵を増やす働きがある」と考えられています*1

日銀の言う、「非効率な労働保蔵を増やす働き」が、企業の国際競争力の低下を招くのは明らかです。

国際競争力については後述したいと思います。

常用雇用の雇用者保護指標 (EPL)について

OECDの指標に、「常用雇用の雇用者保護指標 EPL(Employment Protection Legislation)」というものがあります。

この数値が大きいほど、雇用者の保護度合いが強いことを意味します。

下図に、OECDによる各国のEPLのデータ(2008年)を示します。

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出所:日本銀行調査統計局 BOJ Reports & Reserach Papers (2010年7月) 

図から明らかなように、解雇規制緩和が実現し、雇用の流動化が顕著な北欧諸国(ノルウェー・スウェーデン・フィンランド)のほうが、日本より雇用者保護の度合いが強いことがわかります。

OECDでは、解雇予告期間・解雇手続きの厳格性などいくつかの素因の積み上げによってEPLを数値化しています。

下の図は、EPLの素因分析の結果を、北欧諸国と日本とで比較した結果です。

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出所:日本銀行調査統計局 BOJ Reports & Reserach Papers (2010年7月) 

ここでは、スウェーデンと日本で比較してみます。

スウェーデンでは、不当解雇の復職可能性については日本よりEPLへの寄与は少ないが、それ以上に、解雇手続きの厳格さや不当解雇の補償の点において、日本よりEPLへの寄与が顕著に表れています。

結果として、日本よりスウェーデンのほうがEPLの数値が高くなっています。

これらの客観的データによって、解雇規制緩和が労働者保護に欠けるという人たちの主張が完全に否定された形となっています。

「転職に対する若者の考え方」の国際比較

下図は、内閣府による、「転職に対する若者の考え方」のアンケート調査の結果(2007年)です。

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出所:日本銀行調査統計局 BOJ Reports & Reserach Papers (2010年7月) 

「才能を生かすために積極的に転職するほうがよい」と「職場に不満があれば、転職するほうがよい」を合わせた割合(筆者はこの割合を脱社畜度と定義しました)を比較してみます。

 日本の脱社畜度は30%にも満たず最下位です。

韓国の脱社畜度は50%を超えており、日本より労働移動インセンティブが高いと言えます。

スウェーデンの脱社畜度は何と90%超であり、解雇法制の違いがいかに若者の労働移動インセンティブに繋がっているかが読み取れます。

労働生産性について

 かねてから日本は労働生産性が低いと言われてきました。

では、どれくらい低いのでしょうか?

2016年の労働生産性の国際比較という資料から、これについて考えてみたいと思います。

下図は、OECD加盟諸国(35か国)の労働生産性(2015年)を比較したものです。

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出所:公益財団法人 日本生産性本部 労働生産性の国際比較(2016年度版)

2015年のデータで、日本の労働生産性は、OECD加盟諸国35か国のうち、ギリシャに次いで22位(主要先進7か国では最下位)です。

米国の約60%、OECD平均値の約85%の水準に留まっています。

一方、北欧諸国では、ノルウェーが4位、スウェーデンが13位、フィンランドが15位といずれも日本を上回っています。

製造業における名目労働生産性水準について

ところで、日本は「ものづくり大国」とも言われます。

製造業の場合、国際的な商取引に及んでいることが多く、為替変動によって価格がある程度調整がなされやすい傾向にあります。

したがって、製造業の労働生産性には為替レートを考慮に入れた比較が為されるのが適当です。

これを、名目労働生産性水準と言います。

下図は、OECD加盟国の製造業の名目労働生産性水準(2014年)を比較したものです。

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出所:公益財団法人 日本生産性本部 労働生産性の国際比較(2016年度版)

北欧諸国では、この指標においても依然高い順位を維持しています。

具体的には、スウェーデン2位、ノルウェー3位、フィンランド7位となっています。

一方、日本の製造業における名目労働生産性水準は、OECD加盟国中11位です。

日本の全産業平均による労働生産性がOECD加盟国中22位であったことに比べれば、ずっと良い順位です。

これは、いったいどうしてでしょうか?

ホワイトカラーエグゼンプションの合理性が労働生産性のデータから示されたという事実

製造業においては、ホワイトカラーに加え、圧倒的大多数の工場労働者(ブルーカラー)が関わっています。

日本の製造業の労働生産性が、全産業平均の労働生産性に比べて国際水準が高いのは、これらブルーカラーの高い労働生産性が寄与しているのです。

これを反対解釈すると、日本のホワイトカラーの労働生産性が低いことを意味しています。

すなわち、日本のホワイトカラーは、投入労働量の割にブルーカラーほど付加価値を生み出していないことになります。

そもそも、ブルーカラーは投入した労働時間に応じて付加価値を生み出すことができます。

これが、製造業における高い付加価値の源泉です。

一方、日本では、どういうわけか、ホワイトカラーに対してもブルーカラーと同じく投入した労働時間に応じて報酬が与えられるような仕組みになっています。

しかし、ホワイトカラーは投入した労働時間に応じて付加価値を生み出すとは限りません。

このねじれた関係が、日本の労働生産性に与えるマイナス要因となっているのです。

名目労働生産性水準の変遷(日本の場合)

では、製造業の名目労働生産性水準の変遷を見てみましょう。

下図は、製造業の名目労働生産性水準上位15か国の変遷です。

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出典:公益財団法人 日本生産性本部 労働生産性の国際比較(2016年度版)

ここでは、日本とスウェーデンの順位の変遷に着目します。

表から明らかなように、日本は、

  • 1990年3位
  • 1995年2位
  • 2000年2位
  • 2005年14位
  • 2010年10位
  • 2014年11位

となっています。

2000年~2005年で急に順位を落としています。

この間に日本の製造業の国際競争力が低下する何らかの要因があったはずです。

それは何でしょうか?

 中国を始めとする新興国の台頭です。

かつて日本は、自動車や電化製品・半導体などの分野においてアメリカや西欧諸国よりも良質かつ安価な製品を供給することで、急速な経済成長を遂げました。

いわゆる高度成長期モデルです。

しかし、同じ方法論を用いて中国や韓国・台湾などアジア新興国が台頭してきたため、急速に競争力が奪われていきました。

それが、名目労働生産性水準の順位の低下として現れたのです。

これは、日本の高度成長期モデルがもはや国際的には通用しないことを意味しています。

名目労働生産性水準の変遷(スウェーデンの場合)

では、この間にスウェーデンはどのような変遷を遂げたでしょうか?

 表から明らかなように、スウェーデンは、

  • 1990年6位
  • 1995年4位
  • 2000年4位
  • 2005年2位
  • 2010年2位
  • 2014年2位

となっています。

アジアの新興国台頭を物ともせず、順位を上げ続けています。

この間に、スウェーデンはいったい何を行ったのでしょうか?

日本生産性本部のレポートによると次のような記述があります*2

第2位のスウェーデンは、(中略)自由競争により競争力の低い企業が淘汰される仕組みを徹底することで産業内の新陳代謝が進みやすくしていることが労働生産性を高める一因となっている。

なるほど、日本と反対ですね。

日本は、企業が危なくなったら、国が何とかして倒産を防ごうとします。

こういうことをやっていると、企業の国際競争力がますます低下する上、従業員も劣悪な労働条件のまま過ごさなければなりません。

また、もし公的資金投入がされようものなら、国民も迷惑です。

日本生産性本部のレポートには、もう一つの要因が記載されていました*3

また、同国では、企業による解雇が比較的容易である一方、高い組織率を維持する労働組合を通じて比較的転職がしやすく、政府も職業訓練などを通じて労働の円滑な移動を支援している。こうした積極的労働政策により、非効率で採算の悪化した産業・企業から競争力の高い産業・企業へと労働者が比較的スムーズに移動できている。こうした取り組みが奏功し、環境の変化に応じた産業構造の転換が進んでいることも高い労働生産性水準へと結びついている。

まとめ

今回、日本銀行調査統計局の研究資料および公益財団法人日本生産性本文の資料を用い、日本とスウェーデンの雇用法制の違いが、雇用者保護および労働生産性に与える影響について考えました。

日本のように強固な解雇規制は非効率な労働保蔵を増やす作用があるのに対し、スウェーデンのように解雇ルールを明確化することは、高い雇用者保護指数の維持に繋がることが示されました。

また、流動性の高い労働市場は高い労働生産性水準へと結びついていることも示されました。

 

すなわち、解雇規制緩和をしたほうが、高い雇用者保護の維持に繋がり、労働生産性も上昇することが数々の客観的データからも示されているのです。

*1:日本銀行調査統計局 BOJ Reports & Reserach Papers (2010年7月) 

*2:公益財団法人 日本生産性本部 労働生産性の国際比較(2016年度版)

*3:公益財団法人 日本生産性本部 労働生産性の国際比較(2016年度版)