Mesoscopic Systems

働くルールを理解してこれからの働き方について考えよう!

部下が上司に対して日常的に贈っているプレゼントとは何か

f:id:mesoscopic:20170901030827j:plain

はじめに

 面白そうな記事だったので今回取り上げてみました。

news.mynavi.jp

 アメリカでは、10月16日を「ボスの日」に定め、部下が上司にランチを招待したり、プレゼントを贈ったりする文化があるそうです。「ボスの日」は上司と部下が円滑な関係を築くことを目的としています。

 あるNPO法人が、「ボスの日」推進キャンペーンを実施するとのことですが、おそらく日本では普及しないでしょう。なぜなら、日本の場合、日常的に部下が上司に対してあるものをプレゼントしているからです。

日本で部下が上司に対して贈っているプレゼントとは何か

 多くの日本企業では、年功序列賃金制という賃金形態が採られています。年功序列賃金制では、労働生産性、すなわち労働者が時間当たりに創出する付加価値と賃金とが一致していません。年功序列賃金制では、賃金カーブが意図的に歪められ、中高年労働者に対しては労働生産性以上に過大に賃金が支払われ、若年労働者に対しては労働生産性の割に賃金が過少に支払われています。

 つまり年功序列賃金制では、若年労働者から中高年労働者へと所得移転させることによって、全体の均衡を保っているのです(下図参照)。

f:id:mesoscopic:20170709055632p:plain

 (出所:日本銀行 調査統計局)

 すなわち、日本では多くの場合、賃金というプレゼントを部下が上司に対して日常的に贈っているのです。

「ボスの日」を定着させるなら年功序列賃金を改めるべき

 アメリカでは、中高年に労働生産性以上の過大な賃金が支払われることはありえないので、「ボスの日」が定着したのでしょう。日本でも「ボスの日」を定着させるのなら、年功序列賃金制を改めるべきです。そうすれば、部下もたまには上司を労おうという気になります。

「部下の代わりに自分が残業」という管理職の本音はおかしくないか

 上記の記事の見出しには、「部下の代わりに自分が残業」という表記が見られます。この表記は、おかしくないでしょうか。管理職というのは、部下の労働時間や仕事の割り当ての管理が主幹業務のはずです。本来部下がやるべき業務まで逆にあてがわれ、残業しているのであれば、「部下の代わりに自分が残業」していると言えますが、そうでなければ、自分の仕事のために自分が居残っているだけです。仕事をこなすのが遅いから帰りが遅くなっているだけではないでしょうか。

労基法上の管理監督者には残業という概念が存在しない

 管理職の中には、労働基準法の管理監督者の扱いにされている方がいます。労働基準法の管理監督者とは、業務遂行上、労働時間の管理になじまない人たちのことです。したがって、労働時間の算定方法が一般労働者と異なります。労働基準法41条に管理監督者の規定があります。

労働基準法41条

この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。

一  (略)

二  事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者

三  (略)

 法41条によって適用除外となる規定の範囲は、次の通りです。

  1. 労働時間の原則と特例、休憩時間及び休日
  2. 時間外・休日労働に関する割増賃金
  3. 年少者の労働時間、休日及び妊産婦の労働時間

 1~3について、それぞれ詳細を説明します。

1.労働時間・休憩・休日について

 管理監督者には、労働基準法32条および40条の法定労働時間の原則および特例が適用されません。つまり、管理監督者が1日8時間・週40時間(特例は週44時間)を超えて働いたとしても、それを、時間外労働と言わないということです。すなわち、管理監督者には残業という概念がありません。

 また、管理監督者には、法34条の休憩規定も適用されません。したがって、例えば、管理監督者が休憩なしで8時間連続で働いても労働基準法違反にはなりません。

 さらに、管理監督者には、法35条の休日規定も適用されません。法35条は、週1日以上あるいは4週間で4日以上の休日を使用者は労働者に与えなければならないと規定していますが、管理監督者は、これらの休日なしで働いても労働基準法違反にはなりません。

2.割増賃金について

 法定労働時間を超える時間を労働者に働かせる場合、法36条の規定に基づいて、使用者は労使間で36協定を締結する必要があります。しかし、管理監督者にはそもそも時間外労働という概念が存在しないので、36協定の締結対象から除外されています。したがって、管理監督者に対しては、法37条に規定する時間外・休日労働の割増賃金が支払われることもありません。

3.妊産婦の労働時間について

 管理監督者に対しては、法66条に規定する、妊産婦の労働時間の適用も除外されています。ここで、妊産婦の労働時間とは何を意味するのか説明します。

 労働基準法で言うところの妊産婦とは、「妊娠中の女性及び産後一年を経過しない女性」(法64条の3)を意味します。労働基準法は、母性保護の観点から、妊産婦の労働時間に対して次のような制限規定を設けています。

労働基準法66条

 使用者は、妊産婦が請求した場合においては、第三十二条の二第一項、第三十二条の四第一項及び第三十二条の五第一項の規定にかかわらず、一週間について第三十二条第一項の労働時間、一日について同条第二項の労働時間を超えて労働させてはならない。

2  使用者は、妊産婦が請求した場合においては、第三十三条第一項及び第三項並びに第三十六条第一項の規定にかかわらず、時間外労働をさせてはならず、又は休日に労働させてはならない。

3  使用者は、妊産婦が請求した場合においては、深夜業をさせてはならない。

 このように、妊産婦が請求すれば、変形労働時間制(フレックスを除く)を適用することはできません。また、妊産婦が請求すれば、36協定の定めにかかわらず、時間外・休日労働をさせてはなりません。妊産婦が請求すれば、災害・公務による臨時の時間外・休日労働もさせてはなりません。

 ところが、法41条に規定する管理監督者の場合、そもそも、法定労働時間・休憩・休日の規定を適用する余地が無いため、管理監督者が仮に妊産婦であったとしても、法66条第1・2項の規定は適用されません。

管理監督者であっても適用されるもの

 一方、管理監督者であっても、深夜業に関する規定は適用されます。ということは、管理監督者にも深夜割増賃金は支給されます。管理監督者が妊産婦であれば、その請求に基づく深夜業の禁止規定(法66条第3項)も適用されます。

管理職は法定の管理監督者と必ずしも一致しない

 いわゆる管理職と呼ばれる職位に属しているからと言って、直ちに同法で規定する管理監督者と同一視できるわけではありません。法定の管理監督者に該当するか否かは、その名称如何を問わず、あくまでも実態に即して判断されます。

 労働基準法上の管理監督者と認められるためには、次に掲げる3つの要件全てを満たすことが必要です。

  1. 経営方針の決定に参画するあるいは労務管理上の指揮権限を有するなど経営者と一体的な立場にあること。
  2. 出退勤の管理を受けず、独自の裁量で勤務時間を決定できること。
  3. 職務の重要性に見合う賃金が支払われていること(例:管理職手当が別途支給されているなど)。

 法41条の管理監督者規定は、職務権限上の理由から労働時間管理の対象から外し、勤務時間を労働者の自由裁量に委ねる制度です。したがって、管理監督者として労働時間管理の対象から外されているのに、職務権限を実質的に保有していなければ、法41条の趣旨を歪めるものであり、決して許されません。

高プロに反対する人は、名ばかり管理職に繋がりかねない管理職はいらないと言っているのと同じ

 現在、高度プロフェッショナル制度(高プロ)の創設を巡って盛んに議論されています。高プロは、職務内容の性質から、労働時間管理の対象から外し、勤務時間を労働者の自由裁量に委ねる制度です。したがって、高プロの場合も、時間配分等の決定に関し、労働者の自由裁量が認められなければ、対象労働者に選定することができません。

 だからといって、これが、高プロの創設そのものを否定する論理には繋がりません。立法趣旨を歪めるようなケースを発見次第、労働基準法違反として、監督署が是正勧告を行えばよいだけです。「長時間労働に繋がる恐れがあるから高プロの創設に反対」というのは、「名ばかり管理職の問題があるから管理監督者はいらない」と言っているに等しいのです。

まとめ

 ボスの日を普及させようとするNPO法人の代表理事は、次のように語っています。

 ボスの日を盛り上げることで、上司と部下が良好な関係を築き、お互いをリスペクトしあうような職場風土づくりや、本当の意味での働き方改革につなげていきたい。(参照元:『マイナビ』)

 はたしてそうでしょうか。特定の期日を設けて、部下が上司に、食事を奢ったりプレゼントを贈ったぐらいで、互いにリスペクトし合えるでしょうか。「喉元過ぎればなんとやら」で、すぐにどうかなってしまうでしょう。

 上司が部下からリスペクトされるためには、ただ一つの方法しか残されていません。それは、労働生産性相応分の賃金しか受け取らないと上司が宣言することです。つまり、年功序列賃金制をやめると宣言した日こそ、部下が上司にお祝いのプレゼントをしてくれる日になるでしょう。