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13年間仕事を与えられずうつ状態 パワハラと認定:神戸地裁

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はじめに

 これは、日本型雇用の歪みを考える上で特筆すべき事案です。

 兵庫教育大(兵庫県加東市)の元男性職員(51)が、長期間十分な仕事を与えられず精神的苦痛を受けたとして、運営する国立大学法人に550万円の損害賠償を求めた訴訟の判決公判が9日、神戸地裁で開かれ、倉地康弘裁判長は大学のパワハラ行為を認め50万円の支払いを命じた。(参照元:『産経新聞』)

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そもそもなぜこんなことになったのか

 判決によると、事の始まりは、1996年以降、元職員が上司や同僚への暴言・暴行を繰り返し、翌年懲戒処分となり、さらに病気で休職したことにあります。1998年4月に復職後、大学は業務量を大幅に減らしたところ、元職員の問題行動が再発し、2012年2月に大学は当該職員を懲戒解雇しました。

 倉地裁判長は、「上司らに暴言を繰り返すなどしていた男性を解雇せず、トラブル回避を目的に仕事を与えない状態を継続した」と大学側の対応を指弾しています。

上司や同僚に暴力を振るう元職員も仕事を与えない大学もどちらも悪い

 そもそも上司や同僚に暴力を振るう時点で解雇事由に該当するのに、大学はなぜ当該元職員を速やかに解雇しなかったのでしょうか。その代わりに大学がとった対応は、トラブル回避を目的に仕事を与えない状態を継続することでした。 

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 今回の事案は、会社ではなく税金で運営する国立大学法人で起きたことです。会社と違って税金で運営しているからまあ潰れることは無いしという甘―い考えでは済まされません。

パワハラの6類型

 神戸地裁は、大学のパワハラ行為を認定し、兵庫教育大に50万円の損害賠償の支払いを命じています。パワハラと言うと、上司がその優位性を背景に部下に暴力を振るうことが典型例として挙げられますが、神戸地裁はは何を根拠にして大学の行為をパワハラと認定したのでしょうか?

 2012年3月15日、厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」は、「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」をまとめ、パワーハラスメントの行為類型を次の6つに分類しました。

  1. 暴行・傷害(身体的な攻撃)
  2. 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
  3. 隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
  4. 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)
  5. 業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
  6. 私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)

 今回の事例は、5の「業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)」に該当します。

過小な要求というパワハラが発生する背景は何か

 今回の事案では、上司に暴力を振るった労働者にも明らかに非がありますが、解雇を検討せず、長期間に及ぶ過小な要求というパワハラを行った大学側にも非があります。「短期間なら許される場合もあるが、長く続ければ精神的打撃を与え、正当化するのは難しい」と裁判長も述べています。13年間もシール貼りやグラウンドの見回りをさせるくらいだったら、迅速に解雇すべきだったと思います。元職員も、13年間もシール貼りに堪える道理がどこにあったのでしょうか。

 結局、大学は、元職員の粗暴な行動が始まった1996年から16年後の2012年に懲戒解雇しました。その16年間は、精神的苦痛を与え続けられてきた本人にとって何のためにもならなかったと思います。裁判長は、「男性への精神的打撃だけでなく、税金が入る大学が仕事をしない職員に給与を払うのは国民への背信」と述べています。

追い出し部屋との類似性を考える

 日本経済の急速な減退を受け、大手電機メーカー等で、「追い出し部屋」と呼ばれるリストラ手法が横行した時期がありました。追い出し部屋も、上記のパワハラ6類型のうち5番目の「過小な要求」に該当する可能性があります。

 業績が低下した日本企業に追い出し部屋が発生する背景には、整理解雇の4要件があります。

整理解雇の4要件とは

 正規社員の解雇を巡っては、労働契約法16条「解雇は客観的合理的理由と社会通念上の相当性を欠く場合には、権利を濫用したものとして無効とする」という規定に基づいて、その効力が判断されます。これは、高度経済成長期以来の労使闘争の末積み重ねられてきた、解雇権濫用法理と呼ばれる判例法理を労働契約法の制定に伴って条文化したものです。

 労働契約法16条の客観的合理的理由には、次の5つが存在します。

  1. 傷病等による労働能力の喪失・低下
  2. 能力不足・適格性の欠如
  3. 非違行為
  4. 使用者の業績悪化等の経営上の理由
  5. ユニオンショップ協定に基づくもの(但し一定の制限付☞三井倉庫港運事件 最一小判平元.12.14)

 このうち第4番目の、使用者の業績悪化等の経営上の理由に基づく解雇整理解雇と言います。

 整理解雇は、使用者側の事情に基づく点において、他の解雇理由と性質を異にしています。それゆえ、解雇要件も他の解雇理由のそれと比べて非常に厳格となっています。それが、整理解雇の4要件と呼ばれるものです。

 整理解雇の4要件の原形は、1974年に発生した第一次オイルショックの後に、大企業でみられた正規従業員の雇用調整手法です。そもそも終身雇用を基調とする日本型雇用とは、戦後の混乱期を経て、高度経済成長期の好景気のもとで次第に定着していった雇用慣行です。しかし、1973年に為替相場が変動相場制に移行し、高度経済成長期が終焉を迎え、さらに、その翌年、第1次オイルショックによって、戦後初めて実質GDP成長率がマイナスとなりました。企業は、それまでに全く想定していなかった事態に遭遇し、正規従業員の解雇の必要性に迫られたのです。

 その後、いくつかの判例が積み重ねられ、

  1. 人員削減を行う経営上の必要性
  2. 十分な解雇回避努力
  3. 被解雇者の合理性
  4. 被解雇者や労働組合との間の十分な協議

という4つの観点から解雇の有効性を判断するという独特の枠組みが用いられるようになりました。

 経営上の必要性については、安定成長期の初期のころは、倒産の危機に瀕するほどの高度の必要性が求められました。その後、バブル崩壊を機に低成長時代を迎え、裁判所は若干の柔軟性を示すようになりましたが、上記4要件を判断の枠組みとして維持していることには変わりありません。例えば、経営上の必要性の程度があまり高度なものでなければその代わりに解雇回避努力の要請が強化されるとする裁判例があります。そのため、企業は、倒産の危機に瀕するほどの状況に陥らない限り、生産性の低い従業員でも容易に解雇できないような状況になっています。

 解雇回避努力には残業規制、配転・出向などが挙げられますが、それを最大限に拡大解釈し、社内失業状態にある従業員を配転の形をとりつつグループ化し、自己都合退職へと追いやることを目途に低生産性業務を与え続けたのが、いわゆる追い出し部屋の問題です。

追い出し部屋は企業・本人・社会の3方向から見て誰のためにもならない

 追い出し部屋は、安易な指名解雇を行って裁判所で解雇無効となった場合に多額のバックペイが発生するリスクをヘッジするために行う行為だと言われています。企業にとっては、ほとんど生産性に寄与しない労働者に高賃金を支払いながら非効率な労働保蔵をすることは、労働生産性の向上という観点から明らかにマイナスです。本人にとっては、賃金は一応保障されるものの、その状態が長く続けば精神的打撃が与えられ人生の徒労に終わります。社会全体にとっては、ますます硬直化した労働市場が形成され、スムースな労働移動が阻害され、低生産性産業から成長分野への産業の新陳代謝も阻害されます。

 すなわち、追い出し部屋は、企業・労働者本人・社会の3方向から見て、誰のためにもならないのです。

まとめ

 今回のパワハラ事件も、追い出し部屋も、正規従業員の解雇が容易でないことが背景にあります。しかし、環境が合わないところで我慢し続けることは人生の徒労です。

 日本マイクロソフト・マイクロソフトテクノロジーセンター・センター長の澤円さんは、前職の日本企業にいたころを振り返り、次のように述べています。

 以前私が所属していたある企業も、「解雇できないので仕方なく親会社が出向させました」という50代後半の社員のオジサマたちがうようよいました。その会社はある金融企業のIT子会社だったのですが、もちろんITの専門知識を持っているわけでもなく、まったくの「戦力外」として在籍している状態でした。

 もっと早い段階で様々なチャレンジをしていたなら、こんなにつまらない状態にならずに済んだのに…と思い出されます。

 働き方改革は、「企業の生産性を上げる」と同時に「ビジネスパーソンの人生を豊かにする」というのも必要不可欠な要素です。もしも今所属しているところでそれが実現できないというのであれば、ぜひとも転職しましょう。(参照元:『ダイヤモンドオンライン』)

diamond.jp

 さすが外資系企業で上り詰めた人は言うことが違いますね。