Mesoscopic Systems

働くルールを理解してこれからの働き方について考えよう!

日本の大学院は社会人を再教育する場として何の役にも立たない

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はじめに

 「働き方改革」は規制一辺倒より市場に任せたほうがよい(野口悠紀雄 ダイヤモンドオンライン)⇒はっきり言って??ですね。労働法をあまり知らない学者が「働き方改革」を語ると、何だか変な論調の記事になってしまいますね。

diamond.jp 

かみのみえざるて【神の見えざる手】

 市場経済の自動調節機構をいう語。経済活動を個々人の私利をめざす行為に任せておけば「神の見えざる手」により社会全体の利益が達成される、というアダム=スミスの経済社会思想を示す語。(出典:『大辞林 第三版』

 野口先生は労働市場神の見えざる手とをごちゃごちゃに扱っていませんか?

そもそも残業は何のために存在するのか

 人によっては、所得を増やすために、あるいは将来の地位を獲得するために、残業を増やしたいと考える人もいる。(参照元:野口悠紀雄『ダイヤモンドオンライン』2017.06.29

 この思想は労働基準法の趣旨に反します。残業は、所得を増やすためにあるのではありません。残業は、業務の繁閑に対応するために存在します。労働基準法32条は、法定労働時間を超える労働すなわち残業そのものを禁止しています。しかし、それでは業務の繁閑に対応できません。そこで、使用者は、労働時間をどれくらいまで延長させることができるかについて労働者の代表と協定を締結し、労働基準監督署に届け出ることによってはじめて残業が適法化されます。その手続きをスキップして労働者に残業させた場合、使用者は監督署から労働基準法違反で是正勧告を受けます。

 協定届には、「時間外労働をさせる必要のある具体的事由」を記入しなければならないことになっています(例:納期がひっ迫した時など)。ここに、まさか「労働者の生活費の足しにするため」などと書いたら、監督署から協定届を突き返されるのは明らかでしょう。下記記事に、36協定の記入例を記載していますので参照ください。

www.mesoscopical.com

ダラダラ残業について

 この仕組みを逆手に取り、労働者が本来持っている生産性を過剰に抑制することで時間外労働の割増賃金を掠め取ろうとするモラルハザードが、いわゆるダラダラ残業の問題です。

 市場原理主義による価格調節機能を最大限に活用するのでれば、いかに少ない労働投入量でいかに高い付加価値を生み出したか(すなわち労働生産性)を指標にすべきであり、その指標に基づいた評価を即座に賃金に反映すべきでしょう。残業時間の長短と将来の地位とを連動させる考え方はすでに時代遅れであり、昭和の価値観なのです。

労働時間把握について

 例えば、労働時間の規制について、申告された労働時間と実際の労働時間が大きく食い違うことは、しばしば見られる。この場合、公式の労働時間のデータをチェックしても、長時間労働の実態を把握することはできないだろう。(参照元:野口悠紀雄『ダイヤモンドオンライン』2017.06.29

 この記述の根拠が薄弱です。厚生労働省が策定した「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置 に関するガイドライン」は、

  • 自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて、必要に応じて実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること。
  • 特に、入退場記録やパソコンの使用時間の記録など、事業場内にいた時間の分かるデータを有している場合に、労働者からの自己申告により把握した労働時間と当該データで分かった事業場内にいた時間との間に著しい乖離が生じているときには、実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること。

と規定しています。

 つまり、自己申告制により把握した労働時間と実態との乖離が生じた場合、使用者は、客観的データとの照合により所要の補正をしなければなりません。「公式の労働時間のデータをチェックしても、長時間労働の実態を把握することはできない」ようだったら、監督署が必要なくなってしまいますね。

サービス残業(賃金不払い残業)について

 実際に過剰労働が行なわれるかなり大きな理由は、超過勤務手当が支払われないサービス残業が多いからだ。(参照元:野口悠紀雄『ダイヤモンドオンライン』2017.06.29

 これは正しい記述です。しかし、そのように言っておきながら、

こうして、残業を「量」で規制するのではなく、「価格」を調整することによって、量に関しての目的を達成するのだ。(参照元:野口悠紀雄『ダイヤモンドオンライン』2017.06.29

と言うのは誤りです。

 賃金不払い残業が横行する理由は、ブラック企業を中心に遵法意識の希薄な経営者が多いことや、労働者に労働法の知識が不足していることなどが挙げられます。それを取り締まる労働基準監督行政が手薄なことも挙げられます。したがって、時間外・休日労働の割増率をいくらいじっても、手当が適切に支払われるように取り締まることができなかったら何も変わらないでしょう。

 つまり、賃金不払い残業と市場原理とは何の関係もありません。労働基準監督行政を拡充することこそが最も大切なことなのです。いまさら何を言っているのでしょうって感じですね。

仕事をアウトソースすることについて

 仮にこの仕事がアウトソースされているとすれば、内容に応じて適切な価格付けがされるだろう。だから、労働時間に対して適切な報酬が支払われていることになるわけだ。(参照元:野口悠紀雄『ダイヤモンドオンライン』2017.06.29

 確かに、仕事そのものを分離して他社にアウトソースしてしまえば、アウトソースした側はそれで済む話かもしれません。しかし、仕事を請け負った会社が適切に労働分配をし、従業員に適切な対価を支払うとは限りません。つまり、請け負った企業に対しても、長時間労働に至らないかやサービス残業に陥っていないかについて監視していかなければ、結局のところ元の木阿弥なのです。

高度専門家の再教育について

 野口先生が別の記事などで、雇用の流動化を促すべきと言われているのは筆者も同意見であり、正しい主張だと思います。したがって、

「経済原理を利用する」ためになすべき第2は、労働力の流動化を高めるために、労働者の再訓練を行なうことだ。(参照元:野口悠紀雄『ダイヤモンドオンライン』2017.06.29

という意見には賛同します。しかし、

高度専門家の場合には、大学院レベルの再教育が必要だ。(参照元:野口悠紀雄『ダイヤモンドオンライン』2017.06.29

という意見には首を傾げてしまいます。

 日本の大学院は高度専門家の社会人の再教育の場としては何の役にも立ちませんし、職業訓練の場としても何の役にも立ちません。日本の大学が職業意識を植え付ける場として機能していないことからも類推できます。「日本の大学院を社会人再教育の場として役立てるべき」と言うのだったら、もう少し実社会で起きていることに造詣の深い人物を大学教授として雇用すべきでしょう。