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中部電力パワハラ事件:不慮に狂乱する上司にどう立ち向かうべきか

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はじめに

中部電力の新入社員だった鈴木陽介さん(当時26歳)が2010年10月に自殺したのは、過大な業務と上司によるパワハラが原因として、母の吉田典子さん(55)が15日、労災不支給決定の取り消しを求め、国を相手取り提訴しました。

mainichi.jp

ところが過去にも、中部電力社員が上司によるパワハラと過重労働を苦に自殺し、労災不支給とされ、遺族が労災不支給決定の取り消しを求め国を相手取り提訴するという事件がありました。

名古屋南労基署長労災不支給決定(中部電力パワハラ)事件(名古屋高判 平19・10・31)です。

今回は当該判例をもとに、事件の経緯、判旨及び不慮に狂乱するパワハラ上司に立ち向かう方法などについて考えます。

事件の経緯

以下判決文より、事件の経緯について説明します。

Aの職場環境

  • 昭和57年、Aは中部電力に入社し、しばらくの間、火力発電所などで技術職として勤務していた。
  • しかし、平成9年8月に、環境設備課燃料グループに異動となり、初めてデスクワーク中心の業務に従事することになった。
  • 平成11年8月には、主任に昇格した。
  • しかし、昇格直後の人事評価は最低ランクであり、この頃から元気を失っていった。
  • 慣れない仕事の上、難易度が高く、所属する環境設備課のF課長によって何度もやり直しを指示され、予想外の業務量の増大を招いていった
  • なお、Aの職場では、直属の上司に当たるC担当副長は、Aの職務状況にあまり関心を払っておらず、同じくJ副長は軽いうつ病にり患して部下の管理ができない状態にあった。
  • したがってAには、十分な支援・協力をしてくれる上司や同僚がいなかった

Aの労働時間

  • 燃料グループでは、JがAらの勤怠管理をしていたが、時間外労働についての正確な申告はなされていなかった
  • 「休日・時間外入出管理表」、警備員が建物内にいる従業員等を記録した「休日・時間外入出管理表(巡視用)」、Aが使用していたパソコンの更新記録及びAが使用していたPHSの発信日時・発信場所等を総合すると、Aの6月1日から11月7日までの各月の時間外労働時間数は次の通りとなる。
  • 6月 51時間17分
  • 7月 61時間44分
  • 8月 86時間24分
  • 9月 93時間57分
  • 10月 117時間12分
  • 11月 39時間52分

FがAに対しておこなったパワハラの態様

FのAに対する指導
  • Fは、日頃から大声きつい口調であり課員を呼びつけて他の課員に聞こえる状況で指導することもあった。
  • Fは自分が主任にしてやったとの思いもあってか、Aに対して厳しく指導を行い、時には 「君は主任失格だ」、「おまえなんか、いてもいなくても同じだ 」などという言い方で叱責することもあった。
  • Fの「主任失格」、あるいは「おまえなんか、いてもいなくても同じだ 」との言葉は、指導の範疇をこえた感情的な叱責であって、他の課員にも聞こえる場でこのような叱責が行われるのであれば、その指導は人格の否定とも見るべきである。
  • 現に副長のJは,Fから厳しく指導され,口問答の末,他の課への転出を希望し,不眠等で軽いうつ病と診断され投薬治療を受けるようになった程であった。
結婚指輪に関するFの発言等
  • Fは、少なくとも2回 「目障りだからそんなちゃらちゃらした物は着けるな。指輪は外せ 」とAに結婚指輪を外すよう命じた。
  • Aは、とりわけ妻や家族を大切にしており浜田省吾なる歌手が「仕事ばかりしていないで妻を大切にしている夫であって欲しい」という気持ちから作った「星の指輪」という歌を好み、9月ころに会社の友人と飲みに行ったときに珍しくカラオケに挑戦し、上記の歌を練習していた。

自殺に至るまでのAの言動等

  • Aは、同年9月下旬ころにはAの妻である被控訴人に対し 「4時か5時頃になると仕事をしている夢を見て目が覚める。毎日汗をびっしょりかいて動悸がする。1時間くらい眠れない。」などと訴えていた。
  • 11月5日,Aは,被控訴人に帰宅する旨の電話をかけた際 「土曜日(6日)も日曜日(7日)も仕事に行くから 」と告げ、帰宅後、被控訴人が 「どうしてそんなに仕事ばかり行くの 」と問いかけたにもかかわらず、ただ不機嫌そうに黙っているばかりであった。
  • 同月6日には、午後10時ころ被控訴人に電話をかけ「仕事がたくさんあって48時間やっても終わらないよ 」と述べた。
  • 同月7日にも休日出勤をしたAは、午後6時30分ころ帰宅し、翌日の被控訴人の誕生日プレゼントとして買ってきた花束を被控訴人に渡した。
  • その際被控訴人が「仕事がたくさんあるって言ってたけど大丈夫なの」と尋ねると、Aは「割り切ったから 」と答え、それ以上仕事について話をすることはなかった。
  • Aは11月8日午前6時15分ころ 自家用車で自宅を出発したが、途中で職場に風邪を引いたため休暇を取る旨連絡して欠勤した。
  • 同日午後1時24分ころ,通行人の通報により出動した消防隊が、愛知県知多郡乙町の現場で、Aの自家用車が炎上し、車外でAが死亡しているのを発見した。
  • 死因は焼死であり、車内でまいたガソリンが着衣に引火したものと推測される。
  • 遺書等はなかった。

控訴に至るまでの経緯

  • 被災労働者Aの妻(被控訴人X)は、自殺の原因が当時の上司(訴外F)によるパワハラと長時間労働にあるとして、平成12年10月、名古屋南労基署長(控訴人Y)に、労災保険法に基づき遺族補償年金及び葬祭料の支給を請求した。
  • しかし、Yは不支給の決定をした。
  • その後、労災保険審査官および労災保険審査会でも3か月を経ても裁決がなされなかった。そこで、Xは平成15年12月に本件訴訟を提起した。
  • 原審(名古屋地裁)は、Xの請求を認め、Yに不支給処分の取り消しを命じる判決を下した。
  • これを不服とし、Yが控訴した。

 判決主文

主 文

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は控訴人の負担とする。

判旨

  1. 労災保険法に基づいて遺族補償年金及び葬祭料を支給するためには、業務と疾病との間に業務起因性が認められなければならないところ、業務と疾病との間に業務起因性があるというためには、単に当該業務と疾病との間に条件関係が存在するのみならず、業務と疾病の間に相当因果関係が認められることを要する。
  2. そして、当該業務が傷病発生の危険を含むと評価できる場合に相当因果関係があると評価すべきであり、その危険の程度は、一般的、平均的な労働者すなわち、通常の勤務に就くことが期待されている者(この中には、完全な健康体の者のほかに基礎疾病等を有するものであっても勤務の軽減を要せず通常の勤務に就くことができる者を含む。)を基準として客観的に判断すべきである。
  3. また、本件のように精神疾患に罹患したと認められる労働者が自殺した場合には、精神疾患の発症に業務起因性が認められるのみでなく、疾患と自殺との間にも相当因果関係が認められることが必要である。
  4. 現在の医学的知見によれば、環境由来のストレス(業務上又は業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性、ぜい弱性(個体側の要因)との関係で精神破綻が生じるか否かが決まり、ストレスが非常に強ければ、個体側のぜい弱性が小さくても精神障害が起こるし、反対に個体側のぜい弱性が大きければ、ストレスが小さくても破たんが生ずるとする『ストレス-ぜい弱性』理論が合理的であると認められる。
  5. 本件認定事実によれば、業務等による心理的負荷は、一般的平均的労働者に対し、社会通念上、うつ病を発生させるに足りる危険性を有するものであったと認められるから、Aのうつ病の発症は、業務に内在する危険性が現実化したものということができ、業務とAのうつ病の発症との間には相当因果関係が認められる
  6. Aは、うつ病によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は、自殺行為を思い止まる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺に及んだものと推定でき、Aのうつ病発症と自殺との間にも相当因果関係を認めることができる
  7. したがって、Aの自殺と業務との間にも相当因果関係があり、Aの死亡は、業務起因性があるものと認められる

ポイント

労災保険が支給されるためには、業務と疾病との間に業務起因性が必要であり、業務起因性があるためには、業務と疾病との間に相当因果関係が必要です。

相当因果関係があると評価するためには、業務が疾病発生の危険を含むと評価できなければなりません。

そして、その危険の程度は、平均的な労働者を基準として客観的に判断されます。

 現在の医学的知見では、うつ病発症のメカニズムは、『ストレス-ぜい弱性』理論が合理的とされています。

『ストレス-ぜい弱性』理論とは、環境由来のストレスと個体側のぜい弱性との関係で精神破綻が生じるか否かが決まるというもの、すなわち、

  • ストレスが非常に強⇒個体側のぜい弱性が小さくても精神障害が起こる
  • 個体側のぜい弱性が大⇒ストレスが小さくても破たんが生ずる

とするものです。

 以上をまとめると、業務等による心理的負荷が、一般的平均的労働者と比較して、社会通念上、うつ病を発生させるに足りる危険性を有するものであったかどうかが、業務と疾病との間の相当因果関係を判断するうえで最も重要なのです。

 厚生労働省は、この判決を踏まえ、平成20年2月6日付けで、厚生労働省労働基準局労災補償課長より通達(基労補発0206001号)を発出しました。

職場のいじめ(いわゆるハラスメント)に関わるストレス要因について、行政による統一的な取り扱い(上記通達)を促したという意味において、この判決は重要な意義を持っています。

不慮に狂乱するパワハラ上司を避けるためにはどうしたらよいか(中部電力のパワハラ事例から学ぶ)

これまでは、パワハラによって自殺した被災労働者の労災が認められた裁判例をもとに、業務と疾病との間の相当因果関係について考えてきました。

以下では、パワハラ上司のもとで働くことになってしまった場合、いかにして対処すべきかについて考えたいと思います。

引き続き、裁判例をもとに考えていきたいと思います。

Aさんの人事異動について

Aさんは、中部電力に入社後、火力発電所の技術職として長く働いていました。

しかし、15年ほど勤務した後、慣れないデスクワーク主体の部署へと異動になりました。

正社員は、内部労働市場によって雇用調整を図っているので、このような事態は避けられないのです。

看護師など国家資格を必要とする職種や、大学教授など極めて特殊な技能を必要とする職種に対しては、正社員であっても入社時に暗黙の職種限定の労働契約が認められることもありますが、そうでない場合、一つの職種に長く就いていたという理由だけでは、職種限定の労働契約が認めらません。

したがって、正社員の場合、使用者からの配転命令を拒否することができません。

しかし、人事異動により慣れない仕事を担当することになった場合、強い心理的負荷(ストレス)がかかることと隣り合わせです。

さらに、新たな上司がパワハラ上司であった長時間労働周りからの支援が得られないなど、負の環境要因が複合的に加わるとうつ病を発症する危険性が高まります。

Aさんには、上記のマイナス要因全てが加わっていました。

Aさんの長時間労働について

Aさんの時間外労働をみると、6月は月51時間強でしたが、以降、徐々に増え続け、10月には117時間12分と過労死ラインの月100時間を超えました。

Aさんが自殺してから6年5か月後の、平成18年4月1日には、職場における労働者の安全と健康の確保をより一層推進するため、改正労働安全衛生法が施行されました。

改正に伴い新たに盛り込まれたのは、「長時間労働者への医師による面接指導の実施」です。

「事業者は、労働者の時間外・休日労働が1月当たり100時間を超え、かつ、疲労の蓄積が認められるときは、労働者の申出を受けて、医師による面接指導を行わなければならない」とされました。

つまり、過労死ライン超の時間外労働をしていても、労働者が申し出ない限り、医師による面接指導は実施されません。

したがって、月の時間外・休日労働がどのくらいかを常に把握し、100時間を超えたら、直ちに、医師による面接指導を受けることをお勧めします。

また、時間外労働の時間数のみならず、増加率も強いストレス要因です。

例えば、Aさんの場合、4か月間で時間外労働が倍以上に増えています。

このように、急激に時間外労働が増えるのも疲労蓄積の要因となり要注意です。

電通で、過労自死をした高橋まつりさんも、前月に比べ時間外労働が倍以上になったため、労災が認定されています。

また、判決文によると、中部電力燃料グループでは当時、時間外労働について正確な申告がなされていなかったとあります。

このように、自己申告制の場合、労働時間把握が曖昧になりがちで、結果として長時間労働に陥る可能性があります。

厚生労働省は「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を発出し、使用者に対し、労働者の正確な労働時間を把握するよう促しています。

労働時間を把握する方法としては、使用者による現認による方法またはタイムカード等客観的資料による方法のどちらかが原則とされています。

また、やむを得ず自己申告制による場合は、「パソコン使用時間など客観的な記録に基づいて所要の補正をすること」とされています。

上記何れにも該当しない場合、使用者に、ガイドラインを遵守するよう促しましょう。

Aさんの職場環境について

Aさんの職場では、Aさんの直属の上司にあたるJ副長自身が、パワハラ上司F課長からパワハラを受け、軽度のうつ病にり患し、部下の管理ができない状態にありました。

結果として、Aさんは職場から十分な支援が得られませんでした。

このような場合、職場そのものの業務体制に問題があると思われます。

先ほどの医師による面接指導においては、

事業者は、面接指導の結果に基づき、当該労働者の健康を保持するために必要な措置について、厚生労働省令で定めるところにより、医師の意見を聴かなければならない。

(労働安全衛生法66条の8第4項)

とされています。

また、同条第5項には、

事業者は、前項の規定による医師の意見を勘案し、その必要があると認めるときは、当該労働者の実情を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講ずるほか、当該医師の意見の衛生委員会若しくは安全衛生委員会又は労働時間等設定改善委員会への報告その他の適切な措置を講じなければならない。

とされています。

これら医師からの意見聴取や事後措置の規定により、特定の労働者への過重負担の防止が図られます。

また、時間外・休日労働が月80時間超の場合でも、労働者から申し出があれば、事業者は医師による面接指導に準ずる措置を実施するよう努めなければならないとされていますので、該当する方は、積極的に申し出てみましょう。

パワハラに立ち向かうには?

Aさんの場合は、課長Fによる狂乱的パワハラに激務による長時間労働が加わっていました。

長時間労働は、医師による面接指導によって対処することができます。

では、パワハラの場合はどのようにしたらよいでしょうか?

その場合は、パワハラに毅然と立ち向かうよりほかありません。

FがAさんに対してしたように、「いてもいなくても同じだ」・「指輪を外せ」などという人格否定のパワハラを受け続けたら、精神状態の均衡が保てなくなります。

したがって、我慢する必要は全くないのです。

 そのときは、次のような対処方法を段階的に講じるべきでしょう。

  1. 労働時間を極力短くする(例:定時に帰宅する・休暇を取得するなど)
  2. 内部(会社)に対し、発言する機会を設ける
  3. 外部機関へ発言する
  4. 退職する

 1⇒2⇒3⇒4と段階的に講じるのは言うまでもありません。

3については、労働基準監督署へ行くことをお勧めしません。

なぜなら、パワハラは民事上の問題であり、労基署は民事不介入を原則とするからです。

代わりに、労働局に行かれることをお勧めします。

全国の都道府県労働局では、パワハラ等職場のトラブルに関して、「総合労働相談コーナー」とよばれるホットラインを開設しています。

下記は、「総合労働相談コーナー」の所在地・電話番号のURLです。

www.mhlw.go.jp

総合労働相談コーナーでは、職場のいじめ・嫌がらせ、パワハラについて相談を受け付けています。

総合労働相談員とよばれる専門の相談員が、相談を受け付けています。

職場のいじめ・嫌がらせ・パワハラのみならず、職場のあらゆるトラブルについて対応しています。

また、次のステップとして、相談者が申し出れば、紛争の当事者に対し、都道府県労働局長が助言・指導をしてくれます。

都道府県労働局長による助言・指導によっても解決できなければ、さらに次のステップが用意されています。

紛争調整委員会によるあっせん」の制度です。

紛争調整委員会とは、弁護士、大学教授等の労働問題の専門家である学識経験者により組織された委員会であり、都道府県労働局ごとに設置されています。

「あっせん」とは、紛争調整委員会から選任されたあっせん委員が紛争当事者間の調整や話し合いを促進し、求めに応じて、具体的な解決策「あっせん案」を提示することをいいます。

費用がかからず、手続きが簡便かつ迅速であることを特徴としています。

「あっせん」によって合意に至らなかった場合は、あっせんは打切りとなります。

この場合は、その組織に忠誠を誓って残留する価値は微塵もありません。

早々に退職することを検討したほうが良いと思います。

まとめ

ドイツの経済学者ハーシュマンは、著書「離脱・発言・忠誠」の中で、次のように述べています。

ある組織が衰退に立ち向かう能力を保持するためには、その組織が二つの反応メカニズムのうちどちらか一方に依存している場合、もう一方の反応メカニズムをときに応じて入り込ませる必要がある。(「離脱・発言・忠誠」p142)

二つの反応メカニズムとは、「離脱」と「発言」の2つです。

離脱(Exit)とは、「メンバーがある組織から離れていくこと」(「離脱・発言・忠誠」p4)を意味します。

一方、発言(Voice)とは、「組織のメンバーが経営陣やそれを監督する権威ある部署などに自らの不満を直接表明すること」(「離脱・発言・忠誠」p4)です。

すなわち、ある組織が衰退に向かうことを避けるためには、発言がかなわなければ離脱する必要があり、離脱がかなわなければ発言する必要があるということです。

終身雇用制は、長期雇用を前提とするため雇用を硬直化させ、離脱を難しくしています。

その一方で、長期雇用が保障されることのバーターとして使用者に強大な人事権の行使が認められ、発言も難しくしています。

 

すなわち、「発言」と「離脱」のどちらにも依存できなくさせている終身雇用制が、組織を衰退の方向へと向かわせていることは疑いの余地がないのです。