Mesoscopic Systems

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ブラック企業による不当解雇を放置し続けてきたのは誰か

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はじめに

 現在、解雇の金銭解決制度をめぐって様々な議論がなされています。連合を中心に、解雇の金銭解決制度が首切り自由につながると主張する人たちがいますが、この考え方は間違っています。筆者は以前に、OECDのEPL(雇用者保護指標)という客観的データを示すことによってこの考え方を完全否定しました。

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 上記記事で示したように、明確なガイドラインに沿った金銭解決制度を導入することで、高い雇用者保護に繋がります。一方で、首切り自由という観点で言えば、ブラック企業を中心に既に横行しています。ブラック企業経営者は、一方的に解雇通告をし、まともな金銭補償もしようとしません。

 解決金の基準が明確化・可視化されて下限が設けられれば、使用者は、解決金を支払って社員を解雇するか解決金を支払わないのなら社員を解雇しないかのいずれかの選択を迫られます。明確な基準に立脚した解雇の金銭解決が制度化され、下限額の解決金すら支払われない場合に備えて罰則規定を設ければ、現在ブラック企業を中心に横行している首切り自由が抑制されることに繋がります。そして、その最低限のルール(つまり下限額の解決金を支払うこと)すら守れない低生産性のブラック企業を市場から退出させることにも繋がり、結果として社会全体の健全化に資することになります。

 つまり、解雇の金銭解決の導入によって首切り自由になるという主張は、雇用者保護の観点から事実と全く正反対なのです。にもかかわらず、連合が解雇の金銭解決制度の創設に頑なに反対するのは何故でしょうか。

本当に原職に復職することだけが目的だったのか

 高度成長期以来の長きに渡り、我が国における労働紛争の解決手段は、解雇の効力を裁判で争い、無効と判断されたときは原職復帰するという考え方に立脚してきました。確かに、大企業の従業員が不当な解雇にあった場合、企業別労組からの支援に基づいて裁判で争うことはできます。しかし、現在、解雇無効判決を勝ち取り原職に戻りたいとする人がはたしてどれくらいいるのでしょうか。

 独立行政法人 労働政策研究・研修機構の「解雇無効判決後の原職復帰の状況に関する調査研究」(以下、「研究報告書」という。)に解雇無効判決後の復帰状況のデータが示されています。

 解雇無効判決を勝ち取った人のうち、

  1. 「一度復帰したが離職した」人が 13.7%、
  2. 「復帰しなかった(即日退職を含む)」人が 41.2%

となっています。このように、実に半数以上の人が、解雇無効を勝ち取っても原職に復帰しないあるいは一度復帰したが離職していたことがわかります。原職に復帰しないのであれば、彼らはいったい何のために裁判をしたのでしょうか。

 「研究報告書」には、「一度復帰したが離職した人」または「復帰しなかった(即日退職を含む)人」のうち解決金の支払いがあった人の割合が示されています。その割合は、89.3%となっています。すなわち、解雇無効判決を勝ち取った人のうち、実に半数近くに解決金が支払われたことがわかります。上記の事実からわかるように、連合は既に、半数の事案において解雇を金銭解決しています。

 自分たちが解雇を金銭解決しておきながら、解雇の金銭解決が首切り自由を助長するとなぜ言えるのでしょうか。裁判で争う余力のある労働組合員は解雇を金銭解決する資格はあるけれど、そうでない労働者はどんな不当解雇にあっても構わないという歪んだ思想の持ち主が、どんな考え方を表明しようと全く説得力に欠けると言わざるをえません。

連合が反対していることを整理してみる

 このように連合は解雇の金銭解決そのものには反対していません。もしそうでなければ、連合系の企業別労組の組合員は、裁判で解雇が無効と認定された場合に、全員が原職に復職するという選択肢しか残されないことになってしまいます。 連合は、解雇の金銭解決において、予見可能性の高い明確な基準が設けられることに反対しているのです。明確な基準を設定すれば、労働組合からの支援が受けられない中小企業労働者に福音がもたらされます。にもかかわらず、金銭解雇の基準の明確化に彼らは何故反対するのでしょうか。

解決金はどれくらいか

 裁判で不当解雇を認定され、当事者が原職復帰せず金銭解決した場合において、賃金月数ベースで何か月分くらいの解決金が支払われたのでしょうか。「研究報告書」によると、解決金の1人あたりの賃金月数は、

  • 「6ヶ月分以下」が 22.2%
  • 「7~18ヶ月分」が 11.1%
  • 「19~24ヶ月分」が 33.3%
  • 「25~60ヶ月分」が 22.2%
  • 「121ヶ月分以上」が 11.1%

となっています。

 解決金の賃金月数は事案によって大きく異なっており、6か月以下から121か月超と、実に20倍以上もの隔たりがあります。また、解決金の金額の平均は1659万3800円ですが、その幅は最低65万円から最高5670万円までとなっており、実に80倍以上の隔たりがあります。

解雇から判決までにかかった期間はどれくらいか

 「研究報告書」によると、解雇から判決が出るまでにかかった期間の長さは、次のとおりとなっています。

  • 「12ヶ月以下」が 16.3%
  • 「13~24ヶ月」が 51.2%
  • 「25~36ヶ月」が 9.3%
  • 「37~48ヶ月」が 9.3%
  • 「49ヶ月以上」が 14.0%

 このように、紛争解決までに要した期間も、1年以下から4年を超えるものまでかなりの隔たりあります。解決金及び解決期間になぜこれほどの隔たりがあるのでしょうか。

バックペイとは

 解決金には、

  1. 職場復帰せずに労働契約を終了する代わりに受け取る「解消対応部分」
  2. バックペイ分

という2つの要素が含まれています。あるいは、2を1に含めてしまうという考え方も存在します。

 バックペイとは、裁判で解雇が無効とされた場合に民法第536条第2項の規定に基づき発生する未払い賃金債権のことをいいます。つまり、裁判で解雇無効とされた場合、解雇がなければそれまでの期間はその会社で賃金を受け取れたはずだから、使用者はその分の支払い履行義務が発生するという意味です。したがって、バックペイとして認定されるには、自分を解雇した会社に対して就労の意思を持ち続けていることが前提です。

 バックペイについては、

  • バックペイは裁判が長引くほど積み上がっていく性質のものであり、金銭水準の予見可能性の観点から問題がある
  • バックペイは、労働者の再就職に対するインセンティブが阻害される

などと、紛争の迅速な解決・再就職インセンティブの観点からバックペイの問題点が指摘されています。これに対し、金銭解雇に明快な基準を設ければ、紛争の迅速な解決につながり再就職も促進され労使双方にとってメリットがあります。そのことにいったい何の問題があるというのでしょうか。

新たな労働紛争解決システムの創設

 バブル崩壊以降の経済情勢の急激な変化、企業組織の再編成が相次ぐ中で、民事訴訟だけでは、増え続ける個別労働関係紛争に対応しきれなくなり、新たな制度の創設が要請されていました。このような状況を受け、平成13年に、個別労働関係紛争解決促進法が制定されました。この法律は、個別労働関係紛争の迅速かつ適正な解決を目的としたものです。都道府県労働局に設置された紛争調整委員会の「あっせん」により、個別労働関係紛争の解決が図られることになりました。平成18年には労働審判制度が施行されました。

 しかしながら、これらの制度においても裁判と同様、判例法理に基づく解決手段であることには変わりなく、明確な基準が存在しないため、決して予測可能性が高いとは言えません。そういった経緯の中で、解雇の金銭解決の基準の明確化の議論へとつながっていったわけです。

透明かつ公平な労働紛争解決システム等のあり方に関する検討会

 平成27年10月29日から厚生労働省は、透明かつ公平な労働紛争解決システム等のあり方に関する検討会を開催してきました。同検討会における検討事項は次の2点です

  1. 既に制度化されている雇用終了をめぐる紛争等の多様な個別労働紛争の解決手段がより有効に活用されるための方策
  2. 解雇無効時における金銭救済制度の在り方(雇用終了の原因、補償金の性質・水準等)とその必要性

 学識経験者及び実務経験者らによって、約1年半にわたり議論が重ねられ、平成29年5月29日、最終報告書がまとまりました。今後は、労働政策審議会(労政審)において詰めの議論が進められ法制化に向かうものと思われます。

解雇の金銭解決の基準が明確化されて困るのはどういう人たちか

 労政審では、基準を明確化するにあたって、まずは解決金の上限と下限について議論する必要があります。なお、経済同友会は、解決金の下限を賃金の半年分、上限を賃金の1年半分とすべきことを提唱しています。 

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 実はこのように下限と上限が設定されることに困る人たちがいます。それはいったい誰なのでしょうか?下限と上限それぞれについて考えます。

下限について

 解決金に下限が設けられて困るのは、ブラック企業の経営者です。なぜならば、ブラック企業の経営者は不当解雇しておきながら、びた一文金銭補償をしてこなかったからです。経済同友会が提唱するように、従業員を解雇する際、少なくとも賃金の半年分の金銭補償をしなければならないことになれば、ブラック企業から解雇された元従業員にとっては、次の職を探すまでの支度金として重要な意味を帯びてくるでしょう。

上限について

  一方、解決金に上限が設けられて困るのは、連合です。「研究報告書」から、裁判では、解決金が賃金月額の19か月以上の人は約67%いることがわかりました。中には、解決金が年収の10倍以上の人もいます。解決金にはバックペイ分も含まれます。

 バックペイは、解雇されてから解雇無効と判断されるまでの期間における未払い賃金債権という意味合いがあります。したがって、裁判を引き延ばすほどバックペイは高騰していきます。しかし、解決金に賃金月額の上限が設定されれば、少なくとも上限の賃金月額相当分の期間以上を裁判で引っ張るインセンティブが消滅します。なぜなら、バックペイが頭打ちになるからです。

 紛争を解決し、速やかに解決金が支払われることは労使双方にとって本来望ましい事です。紛争を速やかに解決すると困る人たちがどういう人たちなのかはもはや言うまでもないですよね。裁判にはお金がかかることを鑑みれば、自ずと答えが見えてきます。中には殊勝な人がいて、「いや、タダで支援しますよ」という人がいれば話は別ですが。つまり、このような事態に陥るのを避けるために、彼らは必死に金銭解雇の基準明確化に抵抗しているわけです。しかし、紛争当事者にとっては、雇用を流動化したほうが次の職が見つかるまでの期間が短縮され、はるかに合理的なのではないのでしょうか。

まとめ

 以上のように、連合とブラック企業経営者との間で、奇妙な利害関係の一致を見たわけです。金銭解雇の基準が明確化されると、ブラック企業経営者にとっては、今まで1円の補償もしなかったところを、下限額以上の解決金を負担しなければならなくなります。連合にとっては、解決金額の基準が明確化され、仮に上限を賃金月額の18か月分としたとすると、バックペイ分を考慮すれば、18か月以上裁判をずるずると引っ張るようなことはできなくなってしまいます。

 このように解雇の金銭解決を巡っては、裁判で争う余力があることをよいことに1円でも解決金を多く貰いたいとする連合と、まさか提訴してこないだろうと高をくくり1円も解決金を払いたくないとするブラック企業経営者との利害が一致しているわけです。金銭解雇の基準が曖昧な現状であればこそ、なせる業なのです。

 しかし、金銭解雇に基準を曖昧なままにしておくことは建設的な発想でしょうか。低生産性企業を生き残らせたり、長い裁判の過程で人生を消耗するより、雇用を流動化して転職をしやすくして新たな活躍の場を求め、企業の生産性向上に資する方が社会全体として活力があふれるのではないでしょうか。いずれにせよ、金銭解雇の基準明確化に反対するという立場においては、連合はブラック企業経営者と同じ穴のムジナだったわけです。あるいは、「首切り自由になる」と言う欺瞞的な印象操作をすることを鑑みれば、ブラック企業経営者よりもっと質(タチ)が悪いと言えるのかもしれません。