はじめに
筆者は以前、ブラック企業が解雇権濫用法理をも遵守せず労働者を一方的に解雇し、労働者が泣き寝入りに終わっているケースが多いことを紹介しました。
一方で、筆者は以前に日銀レポートの記述から、解雇規制緩和によって高い雇用者保護が維持される客観的証拠について紹介しました。
ここでいう解雇規制緩和とは、解雇の金銭解決制度の基準を明確化することを意味しています。
ブラック企業から不当解雇された労働者は、ほとんどの場合、労働組合からの支援も受けにくく、金銭解決の基準もあいまいなため、解決金が全く得られないあるいは仮に得られたとしても低廉な金額しか得られないケースに留まっていました。
そこで、2017年4月28日、公益社団法人経済同友会は、「「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方」に対する意見」と題する意見書を表明し、この問題を解決する新たな道筋を提起しました。今回は、経済同友会の意見について考えてみたいと思います。
我が国の労働紛争解決手段の現状
これまでは、解雇などにより労使当事者間で紛議が生じたときに、労働者が解雇無効を求め地位確認の訴えを起こし解雇の効力を裁判で争うというものが通常でした。したがって、裁判において解雇無効が認められた場合、制度上、職場復帰以外の道筋が存在しません。
裁判までして元の職場と争ったのですから、仮に裁判で解雇無効が認められたとしても、職場復帰を望まないとする人が一定数存在するのは当然のことでしょう。しかし、裁判で解雇無効を勝ち取ったにもかかわらず、労働者が職場復帰を望まないことは、今度は自らの意思で辞めるより他ならないことを意味しています。
つまり、従来の司法手続きでは、職場復帰を望まない当事者が選択すべきオプションとして、金銭解決の仕組みが存在しなかったことが問題だったのです。
その一方で、中小企業労働者の場合、労働組合からの支援が受けにくく、裁判で争うことすらできず泣き寝入りに終わっていることも多くありました。そのため、不当解雇に対し提訴すらできない中小企業労働者に対する救済の道筋としても、かねてから金銭解雇のルールの明確化の必要性が言われていました。
金銭解決制度の創設を巡っては、2002~03年と05年の過去2回、導入が検討されましたが、いずれも連合の猛反発にあい実現しませんでした。その後、企業の国際競争力は見る見るうちに低下し、特に中小企業では、ブラック企業に代表されるように、不当解雇が相次ぎました。
個別労働紛争解決促進法にもとづく「あっせん」の制度
平成13年、労使関係に紛争が生じた場合これを迅速かつ適正な解決を図ることを目的として、新たに法律を制定して行政が主体となった紛争解決の制度が創設されました。個別労働紛争解決促進法にもとづく「あっせん」の制度です。
「あっせん」は、不当解雇など個別労働関係紛争が発生した時に、都道府県労働局に設置された紛争調整委員会において行われる紛争解決のための手続きをいいます。しかしながら、「あっせん」においても解決金額の明確な基準が存在せず、予見が困難なため、有効に機能していないのが現状です。
「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方」に対する意見において経済同友会が提唱したこと
これらを受け、経済同友会では、新たな労働紛争解決システムについての意見(以下、意見という。)を表明しました。これら意見のいくつかを紹介します。
解雇が無効とされる場合において、原職復帰を希望しない場合、当事者の選択により、金銭補償可能な金銭救済制度を法的に整備すべきである。(参照元:意見5ページ)
この制度があれば、職場復帰を希望しない者にも救済の道筋が開けそうです。
労働審判やあっせんにおいても、解雇無効時の金銭救済制度を参考に、解雇に係る解決金額の目安となるガイドラインを策定すべきである。(参照元:意見7ページ)
民事訴訟に限らず労働審判やあっせんにおいても、金銭解決の基準があいまいで、この予見困難性がこれらの制度の利用を妨げていました。明確なガイドラインが策定されれば、これらの制度の利用も促進されます。
現行のあっせん制度の機能強化(①参加義務を課す、②調査に応じる義務を課す、③振り分け機能を強化する、④労働委員会および労政主管部局のあっせんに時効中断効を付与する)を図るべきである。(参照元:意見8ページ)
この意見の中の①・②の部分が、経済同友会がブラック企業による不当解雇から労働者を守ろうとしていることを示す証拠です。
①については、
紛争関係にある当事者に参加義務を課すべきである。解決金の算定方法等のガイドラインが明示されれば、解決の予見可能性も高まり、当事者双方にとってメリットがあるはずである。それにもかかわらず、参加を拒否する悪質なケースには、何らかの罰則を適用すべきである。(参照元:意見8ページ)
としています。
現行の「あっせん」の制度では、紛争関係にある当事者に参加義務が課されていません。したがって、ブラック企業から不当解雇にあった労働者の申し立てにより、都道府県労働局長が紛争調整委員会へあっせんを委任しても、ブラック企業側があっせんの手続きに参加する意思がない旨を表明したときは、あっせんは実施されません。
経済同友会の意見では、「参加を拒否する悪質なケースには、何らかの罰則を適用すべき」としており、これによりブラック企業が「あっせん」に参加せざるを得なくなることは明らかです。
あっせんが実施された場合は、あっせん委員が
- 紛争当事者双方の主張の確認、必要に応じ参考人からの事情聴取
- 紛争当事者間の調整、話し合いの促進
- 紛争当事者双方が求めた場合には、両者に対して、事案に応じた具体的なあっせん案の提示
などを行います。
ところが、あっせん委員は紛争の解決の見込みがないと認めるときはあっせんを打ち切ることができる(個別労働紛争解決促進法15条)とされています。あっせん委員が適切な調整に資する判断材料を収集するためにも、②のようにあっせん委員による調査に応じる義務も必要だと考えます。
まとめ
経済同友会のホームページに、「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方」に対する意見」の意見発表および記者会見の様子を伝える動画が紹介されています。この動画を観ると、上記の意見の詳細がよくわかります。
20170428:意見発表:「「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方」に対する意見」(参照元:経済同友会ホームページ)
また、意見書の「おわりに」のところに次のような表現があることがわかります。
足元の問題として、悪質な不当解雇であっても、十分な補償金も得られないケースがあるという現状は、持続可能で健全な経済社会の構築という観点から、われわれも看過することはできない。解雇無効時の金銭救済制度は、解決金を支払わないような低生産性企業等を市場から退出させ、産業・企業の新陳代謝を促進させることにもつながる。(参照元:意見10ページ)
以前記事にしたように、筆者も上記の意見と全く同じです。
経済同友会は日本の企業経営者の団体のうちの一つです。経営者団体が、「解決金すら支払わないブラック企業(低生産性企業等)を許すまじ」と表明しています。
その一方で、労働者団体でありながら金銭救済制度に反対し、解決金すら支払わないブラック企業を野放しにしてきたのはどこの誰なのでしょうか?