はじめに
東京新聞は、<過労社会 働き方改革の行方>という記事を連載しています。同記事は、肥後銀行(熊本市)での過労自死事例を題材にしています。肥後銀行では、使用者が労働時間把握に「自己申告制」を採用しており、過労自死した松本さん(仮名)の場合、パソコン稼働時間をもとに計算された残業時間が自己申告による残業時間の3倍以上もの乖離がみられました。松本さんの勤務記録には、17:30と定時終業時刻が並んでおり、実際の終業時刻と著しく異なっていました。電通の高橋まつりさんのケースでも隠れ残業が蔓延していたと言います。
また、ある運送会社で社員が未払い残業代を請求した途端、労働時間把握をタイムカード方式から自己申告制に変えたケースも紹介しています。どうして、このようなローカルルールが蔓延するのでしょうか。
終業時刻を17:30と自己申告したのであれば、申告通り17:30に帰宅するべきです。しかし、どういうわけか日本社会においては、使用者の意向を忖度して、その場の空気に流されてしまう風潮があります。使用者が勝手に設定したローカルルールにしたがっても、ますます自分が苦しくなるだけです。根本的な解決は、どの日本社会においても通用するグローバルルールの存在を使用者に理解してもらうことです。そして、そのグローバルルールすら使用者に理解してもらえなかったら、会社を辞めることを検討しましょう。
グローバルルールとは
グローバルルールとは、厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」のことです。これを労働者自らが熟読し、使用者に対してこのガイドライン通り適切に労働時間を把握してくださいと言えば良いだけです。では、ガイドラインの詳細について説明します。
ガイドラインの詳細について
まず、最初に確認していただきたいのは、そもそも自分が労働時間把握の対象労働者に該当するか否かということです。対象労働者に該当しない人たちは次の通りです。
- 労働基準法41条に定める管理監督者等
- みなし労働時間制が適用されている者
1については、このサイトですでに説明しています。
2については、次の3通りが挙げられます。
- ア.事業場外で労働する者であって、労働時間の算定が困難なもの
- イ.専門業務型裁量労働制が適用される者(労働基準法第38条の3)
- ウ.企画業務型裁量労働制が適用される者(労働基準法第38条の4)
イについては既に下記の記事でで説明を加えています。
アは、外交セールス(外回り営業)を専らとする人や、在宅勤務をしている人たちが対象となります。しかし、これらの適用には一定の要件があります。
ウは、事業活動の中枢にかかわるような仕事をしている人たちです。具体的には、事業の運営・企画・立案・調査・分析等、経営者に近しい仕事に携わっている人たちです。これについても、その適用に一定の要件があります。
これらに該当しない人たちは、使用者による労働時間の把握が必要となります。より詳しく見ていきましょう。
次の場合は労働時間にあたるか否か
①制服やユニフォームへの着替え時間
⇒労働時間に算入されます。但し、これらへの着替えが任意であり、私服での勤務も許されていれば労働時間には算入されません。
②業務終了後の清掃時間
⇒労働時間に算入されます。但し、当該清掃作業が任意であれば労働時間に算入されません。
③研修・教育訓練の受講や、業務上必要な学習時間
⇒労働時間に算入されます。但し、これらが使用者の指示を伴わず任意であれば労働時間に算入されません。
最も気を付けていただきたいのは③です。実質的には残業であるにもかかわらず、自主学習・啓蒙活動等の名目で自己申告を促し、結果として適切な労働時間把握に繋がらない場合が多いからです。したがって、使用者の指示を伴わずかつ当該自主学習に必要性を感じなければ早々に帰宅するか、使用者の指示が伴う場合は残業時間として申告するかどちらかにしましょう。
労働時間を把握する方法
タイムカード等による場合
使用者が労働時間を把握する方法としては、次の2つが原則です。
ア 使用者が、自ら現認することにより確認し、適正に記録すること。
イ タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること。
これらの方法による場合は、まず問題はないでしょう。しかし、まだ業務中であるにもかかわらず、使用者がタイムカードの早めの打刻を指示することは違法行為であるため、このような指示には絶対に従わないようにしましょう。これらの行為を使用者が強制するようであれば、労働基準監督署に申告してください。
実際に、従業員にタイムカードの一斉打刻を強制していたとして、使用者が書類送検された事例があります。次の記事を参考にしてください。
自己申告制による場合
労働時間の把握の方法で最も問題が多いのが自己申告制の場合です。冒頭の通り、自己申告制はその場の空気感や同調圧力によって過少申告にも繋がりかねず、結果として長時間長時間サービス労働の温床ともなりえます。しかし、自己申告制による労働時間把握そのものが法律で禁止されているわけではありません。どのようにしたらよいのでしょうか。
ガイドラインに次のような記述があります。
自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて、必要に応じて実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること。
特に、入退場記録やパソコンの使用時間の記録など、事業場内にいた時間の分かるデータを有している場合に、労働者からの自己申告により把握した労働時間と当該データで分かった事業場内にいた時間との間に著しい乖離が生じているときには、実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること。
つまり、使用者は、自己申告制による場合でも、パソコン使用時間等客観的データとの整合性を検証しなければならず、著しい乖離が見られる場合には、補正しなければならないことになっています。使用者に、自己申告データとパソコン使用時間等客観的データとの照合を依頼しましょう。
また、ガイドラインには次のような記述がみられます。
使用者は、労働者が自己申告できる時間外労働の時間数に上限を設け、上限を超える申告を認めない等、労働者による労働時間の適正な申告を阻害する措置を講じてはならないこと。
このように、自己申告制において、申告できる時間に上限を設けてはならないことになっています。したがって、仮に会社にそのようなローカルルールが存在したとしても無視しましょう。
まとめ
厚生労働省のガイドライン(原文)のリンクはこちらです。労働時間管理について、その会社独特のローカルルールが存在した場合、まずこのガイドラインを熟読してください。そして、会社のローカルルールとガイドラインに記載されたグローバルルールとがバッティングした場合、後者の方を優先しましょう。