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試用期間中を理由に残業代を支払わないのは労働基準法違反

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はじめに

 厚生労働省は、11月の「過重労働解消キャンペーン」の一環として「過重労働解消相談ダイヤル」という電話相談を行っています。各都道府県労働局においてフリーダイヤルを開設し、担当官が、長時間労働に関する相談に応じ、指導・助言を行うというものです。今年は、10月28日(土)に実施されました。

 平成29年11月24日、厚生労働省は、「過重労働解消相談ダイヤル」の相談結果を公表しました。

 今年の「過重労働解消相談ダイヤル」には、合計で367件の相談が寄せられました。厚生労働省は、寄せられた相談のうち、「1か月の残業が80時間を超えている、残業代が一切支払われないなど極めて悪質な事例」を公表しています。そこで今回は、「過重労働解消相談ダイヤル」に寄せられた相談の一部を紹介するとともに、長時間過重労働を防ぐにはどうしたらよいかについて考えたいと思います。

「過重労働解消相談ダイヤル」に寄せられた相談

CASE1:試用期間中の壮絶な残業

映像・音声・文字情報制作業の技術職(接客娯楽業)【20代、労働者】

 早いときでも午前0時、遅いときは午前3時まで残業を行っており、月の残業時間は300時間を超えていた。試用期間を理由に残業代は支払われず、自分も含め同期入社のほとんどが退職した。

 労働基準法は、週に1日又は4週間に4日以上の法定休日を与えなければならないと規定しているため、一か月の所定労働日数はどんなに多く見積もっても27日となります。

 休日労働が無かったとして、月所定労働日数27日・月残業時間を300時間と仮定すると、それでも1日平均の残業時間が11時間超になります。これに、法定労働時間の8時間と休憩時間の1時間を加えれば、20時間超になり、勤務インターバルが4時間未満しかありません。

 これでは、睡眠時間が殆ど確保できません。このような労働が1日でもあった場合、当該ブラック企業を退職することを検討すべきでしょう。

 また、試用期間中であることを理由に残業代が支払われないということはありえません。なぜなら、労働基準法は、試用期間中であるか否かに拘わらず適用されるからです。同様に、労災保険や雇用保険、健康保険や厚生年金といった社会保険も、試用期間中であることを理由に適用されないということはありません。

試用期間の法的性格

 試用期間の制度を設けること自体は、法的に何ら問題はありません。では、試用期間をどのように解釈したらよいのでしょうか。

 本来、試用期間は、採用した従業員の適格性を判断するために設けられるものです。

 試用期間中の従業員と会社との労働契約は、「解約権留保付労働契約」であるとみなされています。つまり、試用期間中であっても、使用者と労働契約が交わされています。したがって、試用期間中の従業員も労働関係の当事者であるため、労働基準法が適用されます。

 労働契約の解消すなわち解雇についても、本採用に至った労働者と同様に、解雇権濫用法理に基づいて、その客観的合理性と社会的相当性の2つが勘案されます。その2つがなければ、同解雇は法的に無効です。

 但し、本採用に至った従業員を解雇する場合と異なるのは、試用期間中の従業員の方が、客観的合理性と社会的相当性の事実認定のハードルが若干下がることです。その点を除けば、本採用後の従業員と試用期間中の従業員とで、法的な取り扱いはほとんど変わりません。

 つまり、労働基準法に規定する労働条件の最低基準が、試用期間を理由に引き下げられることはあり得ないことに留意すべきです。ただし、最低賃金法7条第2号は、試用期間中の者(最長6か月が限度)に対して、最低賃金の減額の特例を認めています。ただし、その減額率は2割が限度で、使用者が最低賃金の減額特例を適用するときは、都道府県労働局長の許可を受けることが必要です。

CASE2:月100時間を超える賃金不払い残業

医薬品販売会社の販売(商業)【40代、労働者】

 普段から1日2時間程度の残業を行っているが、18時からの2時間分については賃金が支払われていない。残業は遅いときには4時間から5時間にまで及ぶこともあり、実際の残業時間は月100時間を超えている。また、土曜日のうちに仕事が終わらないため、日曜日も働いており、休日も確保できていない

 この文面だけで必ずしも断定できませんが、労働基準法37条違反の疑いが濃厚です。

 また、土曜・日曜も働いており、週一回の休日すら確保できていないのであれば、週1回以上の法定休日を定めた労働基準法35条第1項に違反している疑いがあります。但し、同事業所が変形休日制を採用していれば、4週間で4日以上の法定休日付与が必要です。

 ところで、月100時間を超える時間外労働は、いわゆる「過労死ライン」を超える数字です。労働者からの申し出があれば、使用者は、医師による面接指導を遅滞なく行わなければならないとされています。労働者も、月100時間超の時間外労働によって疲労の蓄積が認められれば、医師による面接指導の制度を積極的に利用し、健康の保持を図りましょう。

CASE3:従業員に早出を押し付けた上、賃金不払い残業の空気を醸成する事例

一般貨物自動車運送業の管理者(運輸交通業)【50代、労働者】

 所定労働時間は朝6時からの勤務であるが、朝3時や4時など前倒しで勤務させられている。しかし、会社に自己判断による勤務とされて、残業代は支払われていない。社内には「サービス残業は当然」という風潮がある。

 「残業」とは、所定労働時間外に労働することです。必ずしも、終業時刻を過ぎた後に労働することとは限りません。すなわち、始業時刻前に労働することも残業時間に算入されます。

 会社に自己判断による早出とみなされているのなら、自己判断で始業時刻ほんの少し前に出勤すればよいのではないでしょうか。

 その結果、上司から社長出勤だの重役出勤だの叱責を受けるようだったら、同叱責は時間外勤務命令に該当します。その際、出勤時刻から始業時刻までの勤務時間は、使用者の指揮命令下にある限り、残業時間とみなされます。

CASE4:タイムカードのフライング打刻の強制

医療機関の検査技師(保健衛生業)【20代、労働者の家族】

 始業前の1時間の残業や終業後の2時間の残業が常態であったが、タイムカードを定時で打刻するよう会社から指示されており、残業代は支払われていない。また、昼の休憩時間も長くても10分程度しか取れていない

 所定労働時間外に労働しているにもかかわらず、使用者が労働者にタイムカードを定時で打刻するよう指示する行為は、労働基準法に明らかに違反しており、書類送検の対象です。過去にも、同様の事案で労基署から書類送検された例があります。

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 休憩時間については、1日の労働時間が6時間以下ならば、付与する必要はありません。しかし、1日の労働時間が6時間を超え8時間以下の場合は45分、8時間を超える場合は1時間の休憩時間を付与する必要があります。したがって、1日の労働時間が6時間以下でない限り、休憩10分というのは、労働基準法違反です。

CASE5:固定残業代制を悪用した事例

○ 冠婚葬祭業の事務(接客娯楽業)【年齢不明、労働者】

早出や深夜に及ぶ残業を把握していないため、残業代は支払われていない。タイムカードはなく、出勤簿で管理している。残業代を会社に請求すると、残業代より少ない一定額の手当を支払っていることを理由に拒否される。

 そもそも、使用者は労働者の労働時間を把握する義務があります。厚生労働省の指針によれば、労働時間を把握する方法は、タイムカードなど客観的手法によるものか、使用者の現認によるものかどちらかが原則とされています。

 やむを得ず、出勤簿など自己申告制による場合は、パソコン使用時間など他の客観的手法によるデーターと照合し、所要の補正を加えることが使用者に課されています。

 文脈から、労働者に固定残業代制が適用されていることが推測されますが、固定残業代は何時間分の時間外労働に相当する残業代なのかをあらかじめ明確にしなければなりません。

 さらに、実際の残業時間が固定残業代の算定根拠となる時間数を超えた場合、超過時間に相当する残業代が別途支給されなければなりません。

 その意味で、CASE5は、固定残業代制を悪用する事例であり、労働基準法違反です。固定残業代についてより詳しくは、次の記事を参照ください。 

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CASE6:タイムカードのフライング打刻を黙認する事例

各種商品小売業の販売(商業)【20代、労働者の家族】

定時終了後にタイムカードを打刻した後も、勤務せざるを得ない状況にある。打刻後の残業は長いときで3時間にも及ぶが、店長など責任者は黙認したままである。休日出勤も余儀なくされ、そのため月70~100時間は残業している。

 先述した通り、タイムカード打刻後の残業は、賃金不払い残業に該当し労働基準法違反です。労働者が使用者に忖度して、タイムカードをフライング打刻するのは絶対に止めましょう。なお、使用者がこれを黙認したままであれば、使用者の管理責任が問われます。

まとめ

 相談事例の中には、使用者による労働時間の適正な把握が疎かにされていることが多かったように思います。使用者が適正な労働時間把握を怠ることは、36協定違反の違法長時間労働や賃金不払い残業などにつながる恐れがあります。

 始業前出勤が常態化しているにもかかわらず残業時間に算入されていなかったり、終業時刻後にタイムカードを打刻したのにもかかわらず帰宅できなかったり、こういう事例が後を絶ちません。こういったことが当たり前のように行われている企業は、間違いなくブラック企業だと思って差し支えないでしょう。