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会社の裁量で裁量労働制を歪めたゲーム会社に是正勧告:渋谷労基署

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はじめに

 東京新聞の報道です。

 ゲーム開発会社「サイバード」に勤務し、「専門業務型」裁量労働制が適用され、宣伝やイベント企画を担当していた女性について、渋谷労働基準監督署が、適用を無効と判断した上で残業代を支払うよう同社に是正勧告していたことが分かった。(参照元:『東京新聞』2017.09.06

www.tokyo-np.co.jp

専門業務に就いていない人に専門業務型裁量労働制を適用するな

 筆者は、ブラック企業のこういう手口に強い憤りを感じますね。専門業務型裁量労働制はあくまでも、専門業務に就いている人に適用されるものであり、それ以外の人に適用するのは全て無効です。では、どんな仕事に就いている人が専門業務型裁量労働制の適対象になるのか具体的に見ていきましょう。

専門業務型裁量労働制の対象業務

 「専門業務型裁量労働制」は、下記の19業務に限り、労使協定の締結によって導入が認められています。なお、この労使協定は行政官庁(労働基準監督署)に届け出が必要です。

  1. 新商品若しくは新技術の研究開発又は人文科学若しくは自然科学に関する研究の業務
  2. 情報処理システム(電子計算機を使用して行う情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系であつてプログラムの設計の基本となるものをいう。7において同じ。)の分析又は設計の業務
  3. 新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務又は放送法(昭和25年法律第132号)第2条第4号に規定する放送番組若しくは有線ラジオ放送業務の運用の規正に関する法律(昭和26年法律第135号)第2条に規定する有線ラジオ放送若しくは有線テレビジョン放送法(昭和47年法律第114号)第2条第1項に規定する有線テレビジョン放送の放送番組(以下「放送番組」と総称する。)の制作のための取材若しくは編集の業務
  4. 衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務
  5. 放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務
  6. 広告、宣伝等における商品等の内容、特長等に係る文章の案の考案の業務(いわゆるコピーライターの業務)
  7. 事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握又はそれを活用するための方法に関する考案若しくは助言の業務(いわゆるシステムコンサルタントの業務)
  8. 建築物内における照明器具、家具等の配置に関する考案、表現又は助言の業務(いわゆるインテリアコーディネーターの業務)
  9. ゲーム用ソフトウェアの創作の業務
  10. 有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析、評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務(いわゆる証券アナリストの業務)
  11. 金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務
  12. 学校教育法(昭和22年法律第26号)に規定する大学における教授研究の業務(主として研究に従事するものに限る。)
  13. 公認会計士の業務
  14. 弁護士の業務
  15. 建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)の業務
  16. 不動産鑑定士の業務
  17. 弁理士の業務
  18. 税理士の業務
  19. 中小企業診断士の業務

ひとつひとつの業務を具体的に見てみる

研究開発業務について

 いわゆる研究開発者の人たちです。しかし、たとえ研究開発業務に就いていても、次のように裁量が与えられていなければ適用対象とはなりません。

平12.1.1基発1号

 数人でプロジェクトチームを組んで開発業務を行っている場合において、そのチーフの管理の下に業務遂行、時間配分が行われている者や、プロジェクト内で業務に付随する雑用、清掃のみを行う者は、専門業務型裁量労働制の対象とはならない。

情報処理業務について

 「情報処理システムの分析又は設計の業務」とは、(i)ニーズの把握、ユーザーの業務分析等に基づいた最適な業務処理方法の決定及びその方法に適合する機種の選定、(ⅱ)入出力設計、処理手順の設計等アプリケーション・システムの設計、機械構成の細部の決定、ソフトウェアの決定等、(ⅲ)システム稼働後のシステムの評価、問題点の発見、その解決のための改善等の業務をいうものであること。プログラムの設計又は作成を行うプログラマーは含まれないものであること。

 つまり、専門業務型裁量労働制にプログラマーを適用することはできません。マーケティングに基づくアプリケーション・システムの設計・要件定義、システム稼働後のアフターケアなど、プログラマーより上流工程に属する人たちの業務が適用対象となります。したがって、これらの人々の指示を受けコーディングを行うプログラマーの仕事は裁量の幅が小さいため適用対象とはなりません。ここが一番間違えられやすいところです。

 プログラマーで専門業務型裁量労働制が適用されている人は、一度自身の業務内容を振り返る必要があります。元請けから仕事を丸投げされて、ほとんど裁量を与えられずひたすらゴーディングやテスト業務をおこなっている人に専門業務型裁量労働制を適用することは違法です。このような場合はすぐに監督署に駆け込みましょう。

取材編集業務について

 「新聞又は出版の事業」には、新聞、定期刊行物にニュースを提供するニュース供給業も含まれるものであることとされています。それ以外の事業、例えば社内報の編集者等は含まれません。

 「取材又は編集の業務」とは、いわゆる「デスク」や取材記者の業務は含まれますが、同行カメラマンや校閲記者の業務は含まれません。

 「放送番組の制作のための取材の業務」には、番組プロデューザーやインタビュアーの業務は含まれますが、こちらも同行カメラマンや技術スタッフは含まれません。

 「編集の業務」には、放送内容の編集権を握っている人の業務であり、音量調整やV加工などの技術的編集の業務は含まれません。

デザイナーについて

 いわゆるデザイナーの仕事です。デザイナーの指示に基づいて、単に図面加工をおこなう者は含まれません。

プロデューサー・ディレクターについて

 番組プロデューサーやディレクターの業務です。

 「プロデューサーの業務」とは、制作全般について責任を持ち、企画の決定、対外折衝、スタッフの選定、予算の管理等を総括して行うことをいうものであることとされています。

  「ディレクターの業務」とは、スタッフを統率し、指揮し、現場の制作作業の統括を行うことをいうものであることとされています。

 つまり、実質的な権限があるかどうかが判断の重要な要素です。 

コピーライターについて

 いわゆるコピーライターの業務で、具体的には、

 「内容、特長等」には、キャッチフレーズ(おおむね10文字前後で読み手を引きつける魅力的な言葉)、ボディコピー(より詳しい商品内容等の説明)、スローガン(企業の考え方や姿勢を分かりやすく表現したもの)等が含まれるものであること。

とされています。 

システムコンサルタントについて

 いわゆるシステムコンサルタントの業務で、具体的には、

 「情報処理システムを活用するための問題点の把握」とは、現行の情報処理システム又は業務遂行体制についてヒアリング等を行い、新しい情報処理システムの導入又は現行情報処理システムの改善に関し、情報処理システムを効率的、有効に活用するための方法について問題点の把握を行うことをいうものであること。

 「それを活用するための方法に関する考案若しくは助言」とは、情報処理システムの開発に必要な時間、費用等を考慮した上で、新しい情報処理システムの導入や現行の情報処理システムの改善に関しシステムを効率的、有効に活用するための方法を考案し、助言(専ら時間配分を顧客の都合に合わせざるを得ない相談業務は含まない。)することをいうものであること。

 とされています。 

インテリアコーディネーターについて

 いわゆるインテリアコーディネーターの業務です。但し次の点に注意が必要です。

 内装等の施工など建設業務、専ら図面や提案書等の清書を行う業務、専ら模型の作製等を行う業務、家具販売店等における一定の時間帯を設定して行う相談業務は含まれないものであること。

ゲームソフトの創作業務について

 ゲーム用ソフトウェアの創作の業務であっても専ら他人の具体的指示に基づく裁量権のないプログラミング等を行う者又は創作されたソフトウェアに基づき単にCD-ROM等の製品の製造を行う者は含まれません。

証券アナリストについて

 いわゆる証券アナリストの業務です。

 ポートフォリオを構築又は管理する業務、一定の時間を設定して行う相談業務、専ら分析のためのデータの入力・整理を行う業務は含まれません。

金融商品開発業務について

 金融サービスの企画立案又は構築の業務、金融商品の売買の業務、市場動向分析の業務、資産運用の業務、保険商品又は共済の開発に際してアクチュアリーが通常行う業務、商品名の変更のみをもって行う金融商品の開発の業務、専らデータの入力・整理を行う業務は含まれないとされています。

大学教授について

 「主として研究に従事」とは、半分以上研究業務に就いているということです。

 なお、患者との関係のために、一定の時間帯を設定して行う診療の業務は教授研究の業務に含まれないことから、当該業務を行う大学の教授、助教授又は講師は専門業務型裁量労働制の対象とならないものであること。

とされています。

 つまり、医学部の教授等が大学病院において主として臨床業務に就いている場合は専門業務型裁量労働制の対象になりません。

有国家資格者(13~19)について

 これらの国家資格を有する者が、法令に基づいた業務を行っている場合は、全て専門業務型裁量労働制の対象となります。

今回の事例について

 今回は、ゲーム会社において宣伝やイベント企画を担当していた女性について専門業務型裁量労働制が適用されていたとするものです。

 朝日新聞の報道によると、「女性は2016年の入社時、ゲーム開発に関わる業務の担当者として、専門業務型裁量労働制で雇用契約を結んだ」とのことです。

www.asahi.com

 先述の通り、ゲーム用ソフトの創作業務は、自分の裁量でプログラミングを行っている限りにおいては、専門業務型裁量労働制の対象業務です。一方、宣伝やイベント企画といった業務においては、糸井重里のようなコピーライターの仕事でない限り、専門業務型裁量労働制の対象にすることはできません。

 何らかの理由で、業務内容が変更されたのであれば、専門業務型裁量労働制の対象から外さなければなりません。 

まとめ

  1. 上記19種類のうちいずれかの専門業務をおこなっていること。
  2. 業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し、使用者が具体的な指示をしないこと。

これら2つの要件が同時に満たされて始めて、専門業務型裁量労働制の対象となります。専門業務型裁量労働制の全19種類の対象業務に該当していたとしても、業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し実質的裁量がないと判断されるものは、適用されません。個々の対象業務について除外規定をみてきましたが、この点は、全てにおいて共通しています。

 典型的な例は、医学部の教授でしょう。医学部の教授であっても、大学病院において臨床業務を専らとする人には専門業務型裁量労働制を適用することができません。なぜなら、業務の遂行の手段及び時間配分の決定が自分自身ではなく患者さんの動向に依存するからです。

 専門業務型裁量労働制が適用されている人で、自分の業務が果たしてそれに相応しいものかどうかを判断するためには、

  1. 上記19業務に属しているかどうか
  2. 業務の遂行の手段及び時間配分の決定が自分自身の裁量に委ねられているかどうか

を考えてみたらよいと思います。そのどちらか一つでも満たされなければ、専門業務型裁量労働制を適用するに相応しくないということになります。

 現在、高度プロフェッショナル制度について盛んに議論されていますが、これも全く同じです。高プロの対象業務も今後おそらく選定されていくことになるでしょうが、例え対象業務に属していたとしても、業務の遂行の手段及び時間配分の決定において実質的裁量を伴わなければ、高プロの対象にすることはできません。

 対象業務に関し歪んだ適用を発見次第、今回の事例のように労基署が是正勧告することが肝要です。しかし、今回のような事例があったからといって、裁量労働制や高プロそのものを否定する道理はどこにもありません。

 現在も、理論物理学者や数学者に代表されるように、専門業務型裁量労働制が適用されている労働者がたくさんいます。

 

理論物理学者や数学者が頭の中で考えている時間全てを労働時間とみなし、残業代を払えと言ったって、土台無理なことは明らかでしょう。