はじめに
今回は、「送検事例をもとに、ブラック企業を検証しその対策を考える」の第10回目です。平成29年4月20日、天満労働基準監督署は、株式会社熊五郎ほか1名を労働基準法違反の疑いで、大阪地方検察庁に書類送検しました。筆者は、「熊五郎」系列のラーメン店舗には何度か足を運んだことがあり、美味しいラーメンを提供していただけに残念です。
事件の概要
書類送検された企業:
株式会社 熊五郎(大阪市北区)
≪平成29年4月20日送検≫
同社は、グループ会社を含めて大阪府、兵庫県、京都府、滋賀県、東京都に41店舗のラーメン店、お好み焼き店、うどん店、串カツ店などの飲食店を展開する事業場。
あらうま堂桜橋口店・段七 梅田店・おちゃらん屋 ヨドバシ店・かんじん堂・熊五郎 梅田店を設けてラーメン等飲食業を営む。
- 同社は、同店舗において36協定を締結せずに平成28年4月3日から同年同月末日までの期間において、労働者4名に対し、違法な長時間労働を行わせた。
- 20~30代の男性店長ら4人に最長で月約200時間の残業をさせた疑い。
- また、過去2年分の未払い残業代が約1億8千万円あり、今年3月までに社員約110人に支払われたという。
(違反法条:労働基準法32条)
( 参照元: 『朝日新聞』)
名ばかり管理職について(飲食店店長の例)
労働基準法41条の規定により、管理監督の地位にあるものは、労働時間・休憩・休日に関する規定の適用から除外されています。ただし、深夜割増賃金・年次有給休暇の付与に対しては、管理監督者と言えどもその適用から除外されていません。
ところで、飲食業界の店長が果たして管理監督の地位にあるのかを争った有名な裁判があります。日本マクドナルド事件 (東京地判平20.1.28)です。
日本マクドナルド事件について
事件の概要
- 日本マクドナルド(以下Y社という。)では、就業規則において店長以上の職位の従業員を労基法41条2号の管理監督者として扱っていた。
- しかし、直営店の店長であるXが、同条の管理監督者には該当しないとしてY社に対して過去2年分の割増賃金の支払等を求め、提訴した。
- 東京地裁は、管理監督者に当たるとは認められないと判示した。(労働者側勝訴)
判決内容の要旨
店長は、店舗運営において重要な職責を負っていることは明らかであるものの、店長の職務、権限は店舗内の事項に限られるのであって、経営者との一体的な立場において、労働基準法の労働時間等の枠を超えて事業活動することを要請されてもやむを得ないものといえるような重要な職務と権限を付与されているとは認められない。
店長は、店舗の各営業時間帯には必ずシフトマネージャーを置かなければならないというY社の勤務態勢上の必要性から、自らシフトマネージャーとして勤務することなどにより、法定労働時間を超える長時間の時間外労働を余儀なくされるのであるから、かかる勤務実態からすると、労働時間に関する自由裁量性があったとは認められない。
店長の賃金は、労働基準法の労働時間等の適用を排除される管理監督者に対する待遇としては十分であるといい難い。
管理監督者として認められるための要件
以上をまとめると、
- 企業経営全般に関わる事業活動を行う上で重要なポストと権限が付与されているか
- 出退勤の管理を受けず、労働時間の決定に関し自由裁量性が認められるか
- 職務の重要性に見合った十分な賃金を受けているか
これら3つの要件全てを満たさない限り、労働基準法上の管理監督者とは認められません。
未払い残業代の「2年」という数字について
「熊五郎」では、過去2年分の未払い残業代が約1億8千万円あり、今年3月までに社員約110人に支払われたとあります。この2年という数字はいったいどこから出てきたのでしょうか。 労働基準法に次のような定めがあります。
労働基準法115条
この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)、災害補償その他の請求権は二年間、この法律の規定による退職手当の請求権は五年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。
このように労働基準法では、賃金(退職手当を除く)の請求権の消滅時効は2年間です。例えば、3年前の残業手当を支払うよう求めても、1年前に既にその請求権が時効によって消滅しています。したがって、長きに渡り賃金不払い残業を余儀なくされてきた人は、早めに監督署に行って申告しないと、その請求権が時効によって消滅していくので気を付けましょう。
付加金の支払いについて
付加金とは
労働基準法に次のような定めがあります。
労働基準法114条
裁判所は、第二十条、第二十六条若しくは第三十七条の規定に違反した使用者又は第三十九条第七項の規定による賃金を支払わなかつた使用者に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。ただし、この請求は、違反のあつた時から二年以内にしなければならない。
このように、使用者が賃金等の支払い義務を履行しないとき、労働者の請求により裁判所が未払い金と同額の付加金の支払いを命ずることができるとされています。付加金の請求をすることができるのは、次の4種類の金銭を使用者が支払わなかった時に限られます。
①解雇予告手当
②休業手当
③時間外・休日労働の割増賃金
④年次有給休暇の賃金
ただし、これら①~④の賃金に関する付加金の請求権も違反のあった時から2年以内にしなければ消滅してしまいます。特に、①の解雇予告手当の請求権は時効の問題が生じないのに対し、付加金の請求権は2年で消滅時効を迎えるので注意すべきです。
付加金の請求は裁判所に申し立てが必要
この条文は、労働基準法では珍しく、主語が裁判所になっています。また、述語が、「命ずることができる」となっています。すなわち、この条文の意味するところは、労働者が提訴しない限り付加金の請求をすることはできないということです。また、裁判なので、未払い分と同一額の付加金(いわゆる倍返し)が認められることもあるかもしれませんし、その一部かもしれませんし、あるいは認められないかもしれません。あくまでも、その悪質性によって判断されます。
使用者が未払い賃金等をすでに支払っていたら付加金の請求はできるか
次のような判例があります。
細谷服装事件(最二小決昭35.3.11)
労働基準法一一四条の附加金支払義務は、使用者が予告手当等を支払わない場合に、当然に発生するものではなく、労働者の請求により裁判所がその支払を命ずることによつて、初めて発生するものと解すべきであるから、使用者に労働基準法二〇条の違反があつても、既に予告手当に相当する金額の支払を完了し使用者の義務違反の状況が消滅した後においては、労働者は同条による附加金請求の申立をすることができないものと解すべきである。
この最高裁判例のように、使用者が①~④の未払い金の支払いを完了し、義務違反を状況が消滅した後においては、労働者は付加金請求の申し立てをすることができません。したがって、「熊五郎」では、過去2年分の未払い残業代の支払いを今年3月までに完了しており、この部分については、労働者は裁判所に付加金の申し立てをすることができません。
付加金の支払い制度は、賃金不払い残業等の被害に遭った場合に使用者から未払い賃金分の速やかな支払いを確保するために重要な制度といえます。この制度の存在を認識しておくことは労働者として最低限必須事項でしょう。
まとめ
食い倒れの街大阪というくらい、関西では安くて美味しいもので満ち溢れています。「熊五郎」はそんな競争の激しい関西で事業を拡大し、多数の店舗を擁するまでになったのですから、それはそれで大したものだと思います。
今回のことは、おそらく飲食業界の人手不足が背景にあると思われますが、同社は、「業界では長時間労働は当たり前だった」と容疑を認めているそうです。たしかに、閑古鳥が鳴いているようなラーメン店ではこのような現象は生じないでしょう。
しかし、忙しいことが労働基準法違反をやっていいことの免罪符には絶対になりません。労使でしっかり話し合い、労働条件を改善させれば、おのずと人手不足も解消し、長時間労働の問題も解決していくでしょう。
筆者も、「熊五郎」の系列の店舗でラーメンを食べたことがあり、美味しいと思った記憶があります。しかし、食い倒れの街大阪で、法を守らなかったためにイメージダウンにつながるのは非常に勿体ないですね。