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労働基準法を否定する東洋経済の記事はかなり間違っている

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はじめに

 東洋経済が、次のように「かなり間違っている」記事を掲載しています。

toyokeizai.net

 上記の記事は、法解釈において誤りが散見されます。投資家目線に基づいているため、労働に関して出鱈目な論調になってしまうんでしょうか。上記の記事の内容をまともに信じる人は殆どいないでしょうが、それなりに名の知れた雑誌であり、信じてしまう人も稀にいるかもしれません。したがって、間違いをしっかりと検証しておく必要があります。

東洋経済の記事を検証する

 問題の記事は、渋澤 健、中野晴啓、藤野英人(敬称略)という3人の投資家の対談形式で成り立っています。一つ一つ検証します。

36協定について

中野:「サブロク協定」といわれる労働基準法第36条を、杓子定規に守っていたら、仕事が回らなくなります。

(出典:『東洋経済オンライン』2017.09.22

 東洋経済の当該記事が掲載されたのは、9月22日になっています。ちょうど、電通事件の初公判があった日と同じ日です。まさかその日に、このように誤った法解釈の記事が掲載されるとは予想していませんでした。

36協定と労働基準法36条の違いくらい理解せよ

 中野さんは、「『サブロク協定』といわれる労働基準法第36条を…」と言っていますが、これは誤りです。「サブロク協定」と労働基準法36条とは同義ではありません。「サブロク協定」は、時間外労働および休日労働に関して、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者と使用者との間で書面によって交わされた協定のことです。

 一方、労働基準法36条は、「サブロク協定」の締結および行政官庁への届け出によって、労働基準法32条に禁止する時間外労働および同法35条に禁止する休日労働に関し、免罰的効果が付与されることを規定するものです。

 すなわち、協定そのものと条文そのものは同義ではありません。

労働基準法36条を守った上、仕事を回らせるのが当たり前

 中野さんは、「労働基準法第36条を、杓子定規に守っていたら、仕事が回らなくなります。」と発言していますが、この発言は、犯罪を教唆する内容であり、大問題です。労働基準法の規定は、全て強行法規です。したがって当事者間の合意形成の如何を問わず適用されます。労働基準法36条も強行規定なので、杓子定規もへったくれもなく、絶対に遵守されなければなりません。

 「労働基準法36条を守っていると仕事が回らない」とどれだけ嘆こうが、それは労働基準法が間違っているのではなくて、そのように嘆く人の仕事の回し方が間違っているのです。

労働基準監督署の制度設計を勝手に歪めてはいけない

 藤野さんは次のように発言しています。

藤野:「労働は悪」というのが、労働基準監督署の制度設計の背景にある気がしています。

(出典:『東洋経済オンライン』2017.09.22

 労働基準監督署の制度設計に、「労働は悪」という考え方はありません。そもそも、労働基準監督官自身、厚生労働省に雇用される労働者です。事務官も含めればたくさんの労働者が労働基準監督署で働いています。「労働は悪」という考え方に基づいて労働基準監督署の制度設計がなされているのであれば、いったい誰が労働基準監督署で働くのでしょうか。

リクルーティングのときに学生が何を質問しようが自由

 また、藤野さんは次のように続けます。

藤野:リクルーティングのとき、学生がやたらと「有給はちゃんと取れますか?」とか「残業はどのくらいあるのでしょうか」と質問してくるケースが多いと聞いています。経営者側からすればうんざりしてしまう面もありますが、厚労省的な考え方からすれば、「正しい」ということになるのでしょうね。

(出典:『東洋経済オンライン』2017.09.22

 年次有給休暇(有給)や時間外労働および休日労働(いわゆる残業)は、労働基準法が規定する事項です。すなわち、強行規定です。学生が、年次有給休暇や残業について質問するのは、ちゃんと労働基準法が遵守されているかどうかを探るためです。訓示的規定も含め労働基準法の規定を遵守することは、「厚労省的な考え方からすれば、『正しい』」というのはもちろんです。

 しかし、それだけではありません。労働基準法の規定を遵守することは、「国民的な考え方からすれば、『正しい』」ということにもなります。国民には経営者も含まれます。なぜならば、労働基準法は日本国憲法の規定に基づいて制定された法律だからです。

日本国憲法27条第2項

賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。

 ここでいう法律が他ならぬ労働基準法です。労働基準法すら守れないブラック企業経営者は、同法をきちんと遵守し事業活動を行っている経営者から見ても不公正かつ迷惑な存在です。藤野さんが憲法のこの規定が気に食わないというのであれば、ぜひ国会議員になって、憲法改正の発議をすべきでしょう。

労基法を理解していない人が「労基法は矛盾だらけ」と言ってはならない

中野:労働基準法の仕組みそのものが矛盾だらけなのですよ。(中略)社員は労働基準法によって守られているから、辞めさせたくても辞めさせられない。

(出典:『東洋経済オンライン』2017.09.22

 労働基準法のどこにそのようなことが書いてあるのですか?労働基準法の仕組みを理解していない人が、「労働基準法の仕組みそのものが矛盾だらけ」と言うのはやめましょう。

 本サイトで以前述べたことがありますが、労働基準法における解雇規制はそんなに強固なものではありません。労働基準法において、解雇が制限されるのは、労働者が、

  1. 業務上負傷し又は疾病にかかり、療養のために休業する期間に30日間を加えた期間
  2. 産前産後の女性が休業する期間に30日間を加えた期間

にある場合のみです。詳細については、次の記事を参照ください。

www.mesoscopical.com

 中野さんはおそらく、労働基準法の解雇制限と労働契約法16条に規定する解雇権濫用法理とを混同しているのでしょう。

労働契約法16条

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

 この二つを区別できない人が、「労働基準法の仕組みそのものが矛盾だらけ」と言う資格はありません。

時間外労働の概念をちゃんと理解せよ

渋澤:朝残業といって、朝早く来ても、それが残業時間にカウントされる。まあ、労働者からすれば当然の権利ということなのでしょうけど、これどう考えればいいのでしょうかね。

(出典:『東洋経済オンライン』2017.09.22

 この点について、筆者が回答します。

 そもそも「残業」という言葉は法律的に不正確な用語です。時間外労働という言葉がより正確です。残業という言葉を使うから、終業時刻を超えて労働時間を延長する場合のみが残業だと誤解されがちなのです。

 労働基準法32条第2項は、「休憩時間を除き1日8時間を超えて、労働させてはならない」と規定していますが、有効な時間外・休日労働協定(36協定)を労使間で締結し、労基署へ届け出ることにより、これを超えて労働させることができます。この場合において、1日8時間を超える労働を時間外労働といいます。

 したがって、会社の所定労働時間が1日8時間であれば

  1. 始業時刻より早く出勤し、終業時刻まで労働した場合
  2. 始業時刻に出勤し、終業時刻を超えて労働した場合

のどちらも、時間外労働をしたことになります。もちろん、始業時刻より早く出勤し終業時刻を超えて労働した場合であれば、双方がカウントされます。

 一方で、会社の所定労働時間が1日7時間であれば

  1. 始業時刻1時間前に出勤し、終業時刻まで労働した場合
  2. 始業時刻に出勤して終業時刻後1時間労働時間を延長した場合

上記のどちらの場合も、その1時間分は時間外労働に該当しません。始業時刻や終業時刻にかかわらず、1日の労働時間が8時間を超えるか否かということが重要なのです。

掲載する前に誤字を直しておこう

藤野:朝、体操を5分間やったら、凡例では残業にカウントせよという話もあります。

(出典:『東洋経済オンライン』2017.09.22

 凡例☞✖;判例☞〇です。100年以上の歴史のある雑誌社が、上記のような基本的な箇所において誤字があってはなりません。

まとめ

 東洋経済の記事は、中野さんの次のような発言で締めくくられています。

中野:経営者が従業員に無理強いをしてブラック企業化する一方、従業員は自分たちの権利を声高に主張してモンスター化する。何というか、この社会の余裕のなさこそが、会社と従業員の関係を考えていくうえで、いちばんの問題になっているような気がします。

(出典:『東洋経済オンライン』2017.09.22

 中野さんに労働基準法がいったいどのような条文から始まるか紹介します。

労働基準法1条第1項

労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。

 このように労働基準法は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべき労働条件について規定する法律です。一方、モンスターとは怪物や化け物の意味に使われます。労働者が人たるに値する権利を声高に主張して、どうしてモンスターになるのでしょうか。人たるに値する権利を否定する方がよっぽどモンスターだと思いますがいかがでしょう。