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職場のストレス:20代に心の病が急増したのはなぜか? 

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はじめに

 厚生労働省が今年の6月に平成28年度「過労死等の労災補償状況」を公表しました。平成28年度は、精神障害に関する事案について労災支給決定件数が498件と過去最多となりました。

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 また、今月14日に公益財団法人日本生産性本部が発表した「第8回『メンタルヘルスの取り組み』に関する企業アンケート調査結果」によると、20代の心の病の割合が3年前の調査と比べ急激に増加していることがわかりました。

各年齢層の心の病の割合について

 日本生産性本部は、10~20代・30代・40代・50代以上の4つの年齢層に分け、各年齢層別の心の病の割合を調べています。2002年の調査開始以来、約2年ごとに調査が行われ、今回の調査で8回目です。心の病の割合の推移を見ると、当時の社会情勢を映し出していていろいろなことがわかります。下の図は、2002年から現在に至るまでの心の病の割合の推移です。

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心の病の割合の年代別推移(出所:公益財団法人 日本生産性本部)

 それぞれの年齢層について順にみていきます。 

10~20代について

 10~20代の年齢層は入社数年以内の若者が多く、心の病の割合が当時の雇用情勢をほぼリアルタイムに映し出していると考えることができます。10~20代のグラフを見ると、2002年~2008年まではほぼ横ばいですが、2008年~2012年までは徐々に増加しています。

 2008年には世界経済を揺るがす大きな出来事がありました。2008年9 月15日にアメリカの投資銀行リーマン・ブラザーズが経営破綻したことに端を発するリーマンショックです。2010年卒を境に、大卒の求人倍率が急激に低下しました。特に、2011年は東日本大震災の影響もあって内定取り消しが相次いだ年でもあります。このため、多くの若者が不本意な就職を余儀なくされこれが若者の心の病に結びついたと考えることができます。

 一方、今回の調査では10~20代の年齢層の心の病の割合が急激に増加しています。2015年以降、大卒の求人倍率は増加傾向にあります。これは、アベノミクスの効果が浸透し景気が回復したためです。 現在の新卒採用市場は売り手市場にあると考えてよいでしょう。したがって、今回の調査における若者の心の病の割合の急激な増加を雇用情勢悪化によるものと考えることはできません。 2008年~2012年とは違うメカニズムが背景にありそうです。

 筆者は、昨今の若者を中心とする心の病の増加は、人手不足による長時間過密労働にあると考えています。しかし、長時間過密労働が原因であればどの年齢層も状況は一律に同じはずです。なぜ、若者だけに心の病が急増したかについては後程説明します。

30代について 

 2002年~2010年までは30代の心の病の割合が他の年齢層に比べ著しく高いことがわかります。これは、バブル崩壊後の1993年から2000年代前半にかけて大学などを卒業し就職活動を行ったいわゆる「就職氷河期世代」の動向を考慮に入れれば説明することができます。

 学校を卒業し社会に出始める時期については高卒の場合前倒しに、大学院卒業の場合後ろ倒しになるため、必ずしも年齢で一律に考えることはできません。ここでは、最も一般的な大学卒の学生の場合を考えてみます。

 30代のグラフを見ると、2002年から2006年にかけて心の病の割合が増加していることがわかります。2002年の30代というと、1963年生まれ~1972年生まれの方々です。一方、2006年の30代は、1967年生まれ~1976年生まれの方々です。

 現役で大学に入学し4年で卒業した場合、生まれ年に23を足せば卒年がわかります。したがって、2002年の30代の大卒の卒年は、1986年卒~1995年卒です。一方、2006年の30代の大卒の卒年は、1990年卒~1999年卒です。

 2006年~2010年の30代の心の病の割合は高止まりの傾向を示しています。これは、就職氷河期世代が30代をほぼ完全にカバーしたためです。因みに2010年の30代の大卒の卒年は、1994年卒~2003年卒です。

 一方、2012年を境に状況が一変します。2012年には30代の心の病の割合が急減し、代わって40代の心の病が急増しています。これは、就職氷河期世代が40代に突入し始めたためです。因みに2012年の40代の大卒の卒年は、1986年卒~1995年卒です。

40代について

 40代のグラフをよく見ると、2010年までは30代と比べ心の割合が比較的低調に推移していることがわかります。これは、40代にバブル崩壊以前に入社した人の割合が高かったためです。ところが、2012年以降、バブル崩壊後に入社した人が40代に突入したため、40代の心の割合の値も増加傾向にあることがわかります。

 そのため最近では、30代と40代の割合が互いに拮抗し平準化されています。また、30代のグラフと40代のグラフとが互いに線対称の関係にあることも興味深い傾向です。つまり、30代が増加すれば40代が減少し、30代が減少すれば40代が増加する傾向にあります。

50代以上について

 50代以上については、2002年から現在に至るまでもっとも低い水準を推移しています。これらの人々は、若い時代に低賃金で散々労働投入した分を高い報酬で回収段階にある人たちです。加えて、「定年まであと何年」と両手で指折り数えていることを鑑みれば、心の病に至る余地などないことは言うまでもないでしょう。 現在の50代がバブル崩壊前に新卒で入社した人が多いことも特筆すべきです。

なぜ年齢層の違いによって心の病の割合にこれほどの差があるのか?

 そもそも、「心の病」すなわち「精神的ストレスに対する脆弱性」については「個体側の要因」にも大きく依存するはずです。したがって、心の病を個体要因のみに帰着させれば、各年齢層において心の病の割合に大きな違いは見られないはずです。しかし実際には、年齢層による大きな違いは、個体要因のみでは合理的な説明がつきません。雇用慣例や労働法制をも含めた外的な要因が大きく関わっているからです。

 上記の考察では、各年齢層による心の病の割合の違いについて、①長時間過密労働と②新卒時の雇用情勢の2点を挙げました。これらは、いずれも年功序列賃金・終身雇用といったいわゆる日本型雇用と密接な関連があります。

若者の長時間過密労働について

 年功序列賃金を採用している企業の場合、若年労働者ほど長時間過密労働に陥る危険性があります。生産性に比して高額な中高年の過払い賃金の原資を捻出するためです。

 年功序列賃金は、若年労働者ほど生産性に比して賃金が低く抑えられており、かつ両者の乖離が著しい傾向があります。そのため、若年労働者ほど労働生産性よりも労働投入量そのものに評価の軸足が置かれ、結果として20代の若者がもっとも長時間過密労働の犠牲になります。これは、年功序列賃金制の賃金構造に起因しています。この点については、下記記事を参照ください。

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新卒時の雇用情勢について

 終身雇用を正当化するものとして整理解雇法理の中に含まれる「解雇回避努力」というものがあります。景気後退によって経営状態が悪化した場合に使用者都合で行われる解雇を整理解雇といいます。しかし、使用者はなるべく整理解雇を回避するためにあらゆる措置を講じなければなりません。 これが、解雇回避努力と呼ばれるもので、整理解雇法理の中の一つに数え上げられています。

 解雇回避努力によって講じられるべき措置はたくさんありますが、その中に「新規採用の抑制・禁止」というものがあります。すなわち、日本では、不況などが訪れた際、現に使用している労働者の雇用を保証するために、これから社会に出ようとしている新卒者の採用数を抑制したり見合わせたりしなければならないようになっているのです。

 これこそが、就職氷河期世代を生む元凶であり、同時に、企業の年齢構成がいびつになる要因ともなっています。

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 解雇回避努力は、不況時にたまたま学校を卒業した新卒者の労働需給調整を破綻させ、不本意な雇用形態やミスマッチな仕事内容へと導く要因ともなっています。これが、心の病の割合を高める要因として作用することは明らかでしょう。

まとめ 

 このように、各年齢層ごとの心の病の割合の変化は、終身雇用・年功序列と密接に関連しています。

 ところで、日本生産性本部では、一連のプロファイルについて次のように考察しています。

 30代については、仕事ができるようになり、働き盛りといわれる年代だが、それだけに仕事を 任され責任が重くなる。ところが管理職にはまだなれず、責任と権限がアンバランスになる年代 といってよい。

 これが30代に不調者が多い理由だと今まで考えてきたが、この‘責任と権限のア ンバランス’が40代、10~20代にも広がったと考えられないだろうか。

(出所:日本生産性本部 「第8回『メンタルヘルスの取り組み』に関する企業アンケート調査結果」)

 前段については確かにその一面もあるかもしれません。しかし後段については、「‘責任と権限のア ンバランス’が40代、10~20代にも広がった」では、2012年の30代・40代の心の病の割合の劇的な変化を説明できません。

 サザエさんの登場人物と違って、30代が年を取って40代になることも考慮に入れなければならないのです。