はじめに
改正労働契約法の「5年ルール」が初めて適用される2018年4月を前に、有期雇用労働者の大量雇止めを伝える報道が相次いでいます。
「5年ルール」を定めた労働契約法が公布されたのは、民主党政権が終焉する直前の2012年8月10日のことです。 言わば、「5年ルール」は民主党政権の置き土産です。 彼らが余計なことをしなければこんなことにはならなかったでしょうね。
有期労働契約について
労働基準法14条に、期間の定めのある労働契約(有期労働契約)に関する規定があります。 労働基準法14条は、3年を超える期間の有期労働契約を原則的に禁止ています。 ところが、次の2つの場合に限っては、5年を上限とする有期労働契約が認められています。
- 高度の専門知識等を有する労働者との間に締結される労働契約
- 60歳以上の労働者との間に締結される労働契約
いずれにせよ、単一の有期労働契約の契約期間は、どんなに長く見積もっても5年を超えることはありません。
5年ルールとは
先ほどの話は、単一の有期労働契約としてみた場合です。しかし、有期雇用労働者の中には、同一の使用者に細切れの契約期間(例えば1年)で雇われ、反復更新している方もいます。
こういった、細切れの労働契約の通算期間が5年を超えるに至った場合はどうなるでしょうか?
労働契約法にその定めがあります。
労働契約法18条第1項
同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。(略)
この条文こそが、民主党政権の置き土産である「5年ルール」を規定した箇所です。長ったらしい条文ですが、要は次のような意味です。
同じ使用者との間で交わされた有期労働契約を反復更新し通算期間が5年を超えた場合、その労働者は正社員雇用の申し込みをする権利が発生する。 申込みを受けた場合、使用者はこれを承諾したものとみなす。
正社員雇用の法律的な定義はありませんが、ここでは、期間の定めのない雇用を正社員雇用と表現しています。
重要なのは、新たに更新された有期労働契約の期間中に、通算期間が5年を超える瞬間が含まれるかどうかです。 含まれる場合、当該有期労働契約の期間中であればいつでも正社員雇用の申し込みをすることができます。 以下、もう少しわかりやすく説明します。
契約期間1年の有期労働契約を5回更新され、通算5年超に至った場合
次の図のように、6回目の有期労働契約の初日から当該契約満了日までの1年間であれば、いつでも正社員雇用の申し込みをすることができます。
契約期間3年の有期労働契約を1回更新され、通算5年超に至ることが見込まれる場合
次の図のように、2回目の有期労働契約の初日から当該契約満了日までの3年間であれば、いつでも正社員雇用の申し込みをすることができます。
契約期間が通算されない場合
使用者が同じであれば、有期雇用期間は更新を経ても原則として通算されますが、例外的に通算されない場合もあります。
通常、有期労働契約を更新する際、1日のブランクも置かずに更新されるのが一般的です。しかし、次の更新までの間に一定の空白期間があったらどうなるでしょうか?
労働契約法18条第2項に空白期間の規定があります。
労働契約法18条第2項
当該使用者との間で締結された一の有期労働契約の契約期間が満了した日と当該使用者との間で締結されたその次の有期労働契約の契約期間の初日との間にこれらの契約期間のいずれにも含まれない期間(これらの契約期間が連続すると認められるものとして厚生労働省令で定める基準に該当する場合の当該いずれにも含まれない期間を除く。以下この項において「空白期間」という。)があり、当該空白期間が六月(当該空白期間の直前に満了した一の有期労働契約の契約期間(当該一の有期労働契約を含む二以上の有期労働契約の契約期間の間に空白期間がないときは、当該二以上の有期労働契約の契約期間を通算した期間。以下この項において同じ。)が一年に満たない場合にあっては、当該一の有期労働契約の契約期間に二分の一を乗じて得た期間を基礎として厚生労働省令で定める期間)以上であるときは、当該空白期間前に満了した有期労働契約の契約期間は、通算契約期間に算入しない。
第2項によると、空白期間の長さに応じて次の2つのケースが想定されます。
- 空白期間が半年より短いとき ☞有期雇用の契約期間は全て通算されます。
- 空白期間が半年以上のとき ☞それまでの有期労働契約の通算期間はリセットされ振り出しに戻ります。
5年ルールの本当の意味
とここまで説明すると、労働契約法18条に規定する5年ルールの本当の意味が透けて見えます。 それは、「1年の細切れ契約の6回目を契約更新せずに雇止めにすれば、使用者は5年ルールの適用逃れをすることができる」ということです。
こうなることは十分予測できたはずです。民主党はどうしてこのような実効性のない規定を労働契約法に盛り込んでしまったのでしょうか。
「5年ルール」を盛り込んだ、改正労働契約法が施行されたのは、2013年4月1日です。 したがって、「5年ルール」は、2013年4月1日以降に締結された有期労働契約が対象です。 つまり、最も早い場合、2018年4月1日に5年ルールの適用が開始されます。それを目前にして、有期雇用労働者の雇止めの問題が現在取り沙汰されているのです。
また、第2項の規定によって、有期雇用労働者をいったん雇止めにして半年間の空白期間を挟めば、通算期間がリセットされ、当該労働者を有期雇用労働者として再び使用することが可能です。
当時民主党は、有期雇用労働者の雇用安定に資するよう同規定を盛り込んだようですが、実際は真逆に作用しているのです。
有期雇用労働者を無期雇用しようという発想自体が間違っている
有期雇用労働者を無期雇用しようとする発想は、却って雇用の不安定化に繋がります。 なぜならば、そもそも有期雇用をはじめ非正規雇用は、正社員の終身雇用を正当化するために敢えて導入された雇用形態であるからです。それは、下記の事情によります。
整理解雇について
有期雇用労働者については、雇用契約期間満了時に、次回の契約更新がなされなければ、雇用関係が終了してしまいます。しかし、正社員の場合は異なります。
経営悪化等、使用者の事情に基づいて正社員を解雇することを整理解雇といいます。
整理解雇の効力は、
- 人員削減を行う経営上の必要性
- 使用者による十分な解雇回避努力
- 被解雇者の選定基準およびその適用の合理性
- 被解雇者や労働組合との間の十分な協議等の適正な手続
という4つの観点から判断されます。 これを整理解雇の4要件といいます。
ここで問題となるのは、2の解雇回避努力です。 解雇回避努力とは、使用者が次に掲げるような手段を講じた後でないと、正社員を解雇することはできないとするものです。
- 残業規制
- 配転・出向、新規採用の抑制・停止
- 非正規社員の雇止め
- 希望退職募集など
問題は、解雇回避努力の中に、非正規社員の雇止めが入っている点です。つまり、非正規社員を雇止めにした後でないと使用者は十分な解雇回避努力を尽くしたとみなされず、正社員を解雇できないということです。
つまり労働法制上、非正規社員は、雇用調整のバッファを厚くして正社員の終身雇用を正当化するために存在しているのです。
この厳格すぎる解雇要件が存在する以上、非正規社員を正社員化するという発想そのものが絵空事であることは容易に想像がつきます。
正社員はどうか?
解雇回避努力の中には、残業規制・配転・出向というものも存在します。 これらも雇用調整の一環で、正社員の解雇を回避するために正社員自身に課せられる義務です。
つまり、経営悪化など諸般の事情に基づいて、使用者は正社員に対し、転勤命令や業務内容の変更、あるいは子会社への出向を命じることができます。 すなわち、一つの企業あるいは企業グループに属していることを除けば、正社員には勤務地や仕事内容あるいは出向先すら選択の余地が与えられていません。
これが、「正社員にはジョブ・ディスクリプションが存在せず、労働時間や勤務地や仕事内容の不明確な働き方だ」と言われる所以です。
以上をまとめると、
- 非正規社員は、労働契約期間も労働時間も勤務地も仕事内容も限定的
- 正社員は、労働契約期間も労働時間も勤務地も仕事内容も無限定
ということになります。
グローバルスタンダードからすれば、労働契約において限定的な要素が加わるのは当たり前です。しかし、正社員は、労働条件の様々な面において無限定な働き方を強いられています。
しかし、正社員にも限定されていることがただ一つあります。
それは、一つの会社あるいは企業グループに拘束されていることです。
その最たる例が次でしょう。
まとめ
有期雇用労働者の5年ルールにしても、正社員という働き方そのものにしても、もはや完全に時代遅れとなった終身雇用を無理やり守ろうとするからいろいろな弊害が起きるわけです。
2018年に有期雇用労働者の大量雇止めが予測されますが、それは同時に、終身雇用が如何に珍妙な雇用慣行であるかを証明することでもあるのです。