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働くルールを理解してこれからの働き方について考えよう!

医師の応召義務と残業上限規制のどちらを優先すべきか

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はじめに

 毎日新聞の記事に次のようなものがありました。

 時間外労働に関する労使協定(36協定)で定めた月100時間の上限を超えて医師に残業させたとして岐阜労働基準監督署から是正勧告を受け、岐阜市民病院(同市鹿島町)が、上限を150時間とする協定を結び直していたことが18日分かった。

(参照元:『毎日新聞』2017.11.19

mainichi.jp

毎日新聞は労基法の趣旨を理解しているか

 記事には、「『労働基準法の趣旨に反し、ナンセンスだ』と批判の声が上がっている。」とありますが、批判の声の主は誰でしょうか?今回の事例は、36協定の延長時間(月100時間)を超えて時間外労働をさせていた労働者がいたため労基署が是正勧告したというものです。36協定に違反する長時間労働は直ちに是正されなければなりません。

 それを受け、岐阜市民病院は、医師の就労実態を勘案し、延長時間を月150時間に引き上げました。もちろん、労使間で何の協議もなく使用者が勝手に引き上げたのであれば労基法の趣旨に反します。しかしながら、民主的な手続きにしたがって労使間で36協定を締結し、労基署に届け出たのであれば、現行(2019年3月31日まで)の労基法の趣旨に何ら反するものではありません。

時間外労働が多い救急診療部

 同病院によると、時間外勤務が多い救急診療部ではベテラン医師2人以外は、他の診療科目の医師から応援を得て24時間365日対応している。当直勤務は午後5時から翌日午前8時半までだが、その前後もさまざまな業務をこなし帰宅できないことも多く、急患対応などに伴い残業時間が増えるのが現状という。

(参照元:『毎日新聞』2017.11.19

 地域の中核病院における救急診療は、医師の責任感によって支えられています。諸外国と比べ我が国の医療サービスが行き届いており、24時間365日救急診療が可能なのもこうした尽力が背景にあります。

 36協定の延長時間を100時間から150時間に改定したのもこうした尽力が背景にあるためで、少なくとも改悪にはあたりません。逆に、同是正勧告を受け、医師の就労実態を度外視し36協定の延長時間を100時間より短くすれば、違法な時間外労働をする医師が続出することになります。こちらのほうが労基法の趣旨に反します。

モーレツ社員とは何か

 ところで政府は2017年3月28日に、働き方改革実現会議において働き方改革実行計画を決定しました。この中に、時間外労働の上限規制が初めて盛り込まれました。

 働き方改革実行計画11ページには、次のような記述が見られます。 

 長時間労働は、構造的な問題であり、企業文化や取引慣行を見直すことも必要である。「自分の若いころは、安月給で無定量・無際限に働いたものだ。」と考える方も多数いるかもしれないが、かつての「モーレツ社員」という考え方自体が否定される日本にしていく。労使が先頭に立って、働き方の根本にある長時間労働の文化を変えることが強く期待される。

 「モーレツ社員」という考え方の底流に一体何があるでしょうか?

それは、終身雇用に代表される日本型雇用慣行です。

 日本型雇用慣行は、終身雇用・年功序列・企業別労働組合の3要素で構成されていますが、これらはいずれも長時間労働を誘引し、労働生産性や企業競争力を低下させる最大の要因となっています。すなわち、多くの日本企業において、やらなくても良いような無駄な時間外労働が横行してきたということです。そして、その無駄な時間外労働に参画する常連が、モーレツ社員です。

 モーレツ社員とは、労働生産性が低いことを棚に上げ、長時間労働に服していることだけを積極的にアピールし、のしあがろうとする社員を意味します。いかに成果を上げたかよりいかに労働投入をしたかのほうが出世の指標とされる日本独特の企業文化が、モーレツ社員を生む原因とされてきました。政府の実行計画は、「このような考え方自体を否定していく」と宣言しています。

 モーレツ社員は、所定労働における労働生産性を巧みにチューニングし、生活残業へと移行することで給与のかさ上げを図っているに過ぎません。つまり、モーレツ社員は、労働生産性を猛烈に引き上げているのではなく、生産性にあまり寄与しない労働時間を猛烈に引き延ばしているのです。

モーレツ社員と勤務医とを同列に扱ってはならない

 勤務医が長時間労働に陥っているメカニズムはモーレツ社員のそれと全く異なります。勤務医は、労働投入量が多いというシグナルを発することで上司から高評価を得ようとしているわけでもなければ、労働生産性を巧みにチューニングし生活残業を図ろうとしているわけでもありません。

 勤務医は、モーレツ社員のように明確な意図をもって想定可能な範囲で長時間労働を自ら誘引しているのではありません。勤務医が長時間労働に陥っているのは、あまりに多い業務量とそれを果たすべき強い責任感ゆえです。そして、その強い責任感の源となっているのが、医師法19条に定める「応召義務」です。

医師の応召義務と残業時間の上限規制とがバッティングしたらどうする?

 政府の働き方改革実行計画は、医師の時間外労働規制について次のように記述しています。 

 医師については、時間外労働規制の対象とするが、医師法に基づく応召義務等の特殊性を踏まえた対応が必要である。具体的には、改正法の施行期日の5年後を目途に規制を適用することとし、医療界の参加の下で検討の場を設け、質の高い新たな医療と医療現場の新たな働き方の実現を目指し、2年後を目途に規制の具体的な在り方、労働時間の短縮策等について検討し、結論を得る。

 筆者は、この結論を妥当と考えます。応召義務の特殊性を鑑みれば、施行期日において一律に上限規制を適用した場合、医療現場が大混乱をきたすでしょう。ゆえに、施行期日から5年程度の激変緩和措置が設けられるのは、当然のことです。

 特に、人命救助に係る救急医療現場ではこの措置は必須です。例えば、心筋梗塞を発症した患者が、中核病院の救急診療部に搬送されたとします。一方、同診療部の医師がちょうど単月の時間外労働が100時間に到達したため、仕事を終えようとしていたとします。

 その医師は、あくまでも時間外労働規制を重視し、その患者を放っておいて帰宅の途につくことができるでしょうか?

左翼の言っていることはおかしい

 日本医療労働組合連合会(東京都台東区)の森田進書記長は「月150時間は異常な協定だ」とし、労基署の指導方法も「(協定改定で)違法でないように見せるだけの結果になっている」と批判。「過労死ラインを超えて働く医師の過重労働は、応招義務を拒める『正当な理由』に当たらないのか」と政府の規制適用猶予にも疑問を投げかけている。

(参照元:『毎日新聞』2017.11.19

 この発言は全部間違っていますね。労基署が、「違法でないように見せる」指導を行うことはありません。労基署は、「違法箇所を是正するよう」指導をおこないます。特別延長時間を何時間にすべきかは、あくまでも労使間自治に委ねられるべき事項であり、労基署が関知する事項ではありません。また、「過労死ライン超の労働の事実だけをもってして応召義務拒否の正当な理由にはあたらない」ことは先に述べた通りです。

むしろ別の要因に目を向けるべき

 冨田栄一院長は「患者にかかりつけ医を紹介したり、文書業務を支える補助者を増やしたりし、医師の負担を減らす仕組みを整えてきたが、医師の増員は予算上容易でない」と話している。

(参照元:『毎日新聞』2017.11.19

 院長のこの発言は正しいと思います。中核病院に軽度の患者が集中しないように制度を整えるべきです。「かぜをひいたとか肩や腰が痛い」など軽度のものであればかかりつけ医に診察してもらい、重篤な患者については中核病院で診てもらうような棲み分けが今後より一層なされるべきでしょう。

まとめ

 以上、医師の応召義務と残業上限規制について考えました。救急医療については、その特殊性ゆえ、一律に上限規制を加えるのが適当でないことは明らかです。むしろ、救急医療の従事者に過重な負担がかからないように業務の分散が図られるような体制を整える方が何よりも先決でしょう。そして、その体制が整うまでは、上限規制の適用に一定の猶予期間が設けられるのは当然です。

 また、予防医学の観点から、病気そのものを減らしていくという動きも大切です。その中の一つとして、かつてのようなモーレツ社員を礼賛する風潮を無くしていくことも必要です。病気そのものが減れば、医師の長時間労働の問題も次第に緩和されていくことでしょう。

 ただし、法律が施行されてからすぐにその効果が現れるわけがありません。そのために、5年くらいのタイムラグは必要です。