Mesoscopic Systems

働くルールを理解してこれからの働き方について考えよう!

高プロ対象者の働き方は管理監督者の働き方とほとんど同じ

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はじめに

 日刊ゲンダイが次のような記事を掲載しました。

www.nikkan-gendai.com

 政府の「働き方改革」に関する記事ですが、労働法をあまり理解していない記者が書いた記事だと一目でわかります。ファクトに基づいて検証することなしに、とにかく政権のやることだったら何でも批判したいのでしょう。

 新聞や雑誌記事へアクセスが主体の中高年情弱層だったら話は別ですが、ネットでの情報収集に卓越する若者はこんな論調に左右されないでしょう。近年、雑誌の販売部数がどんどん減少しているのも頷けるような気がします。なお、雑誌の販売部数の凋落については、次の記事を参照ください。

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日刊ゲンダイの悪質な印象操作

 では、労働基準法などのファクトに基づいて、日刊ゲンダイの悪質な印象操作を検証します。

 「働き方改革」「生産性革命」と掛け声は立派だが、その実態は「残業時間の上限規制」や「残業代ゼロ法案」などの巧妙な抱き合わせ。過労死ラインの月100時間残業を合法化し割増賃金もカットして安価な労働力提供を強制しようというのだ。

(参照元:『日刊ゲンダイ』2017.11.06

 いきなり印象操作が出ましたね。赤で示した箇所は、すべてフェイクです。以下、それぞれについて検証します。

残業代ゼロ法案という表現は正しくない

 「残業代ゼロ法案」という文言が出てきますが、左翼プロパガンダの焼き写しです。そもそも「残業代ゼロ法案」なるものは存在しません。もし、「残業代ゼロ法案」が存在するのなら、法案が通って施行された場合、残業代(時間外・休日労働の割増賃金)未払いが法的に容認されてしまいます。そんなことができるはずがありません。

 もし、残業しても残業代がゼロだったら、賃金不払い残業(いわゆるサビ残)に該当します。労働基準法37条違反として、使用者は労基署から是正勧告を受けます。

 もし、高度プロフェッショナル制度(高プロ)を残業代ゼロ法案と称するならばこれは間違っています。残業代ゼロというのは、残業という概念が存在して初めて起こりうることだからです。

 労働基準法32条は、使用者が労働者に対し、法定労働時間を超えて労働させることを禁止しています。使用者が労働者に残業をさせるためには労使間で36協定を締結し労働基準監督署に届け出る必要があります。しかしながら、高プロの対象労働者は36協定の締結対象から外されています。

 したがって、高プロの対象労働者に残業という概念は存在せず、同時に、残業代という概念も存在しません。つまり、高プロを残業代ゼロ法案と称するのは法律的に言って誤りなのです。

月100時間残業を合法化しようとしているのではない

過労死ラインの月100時間残業を合法化し…

(参照元:『日刊ゲンダイ』2017.11.06

 ゲンダイさんちょっと待ってください。前後関係が逆になっています。

 特別条項付き36協定を締結する限りにおいては、「月100時間残業」は現行(2019年3月31日まで)でも可能です。繁忙月であれば月100時間はおろか月150時間でも月200時間でも原理的には可能です。

 過労死や長時間労働の問題を受け、これではあまりに酷すぎるだろうということで、この仕組みに初めてメスを入れたのが、現政権による「働き方改革」です。反対解釈すると、これまでは、実質青天井の時間外労働が放置されてきたということなのです。

 批判するのなら、この仕組みに修正を施そうとしてこなかったこれまでの政権を批判対象とすべきでしょう。また、権力チェックを怠りそれをそのまま見過ごしてきたマスコミも自己反省するべきでしょう。

元東レ経営研究所社長の佐々木常夫氏について

 記事には、元東レ経営研究所社長の佐々木常夫氏の見解が述べられています。

 それで厳しい規制をかけないでほしいという財界の要望をのんで、妥協案をまとめた結果なのでしょう。ただ、私は制度による変更をそれほど評価しません。

(参照元:『日刊ゲンダイ』2017.11.06

 筆者も氏と同じく、時間外労働の上限規制において「月100時間未満」という結論は甘いと思います。出来ることなら、大臣告示と同じく「月45時間以下」にすべきと考えます。この点についてもう少し詳しく解説します。

長時間労働と健康障害との関係について

 過労死認定基準の改定に携わった和田攻教授(東京大学名誉教授)は、日本国内の4つの疫学研究に基づき、月80時間超の時間外労働によって脳・心臓疾患の発症リスクが高くなることを結論付けています。

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 最近では、週に55時間以上労働する(すなわち月60時間以上時間外労働する)人は心房細動(AF)発症リスクが4割増しとなることが、欧州の研究グループによって明らかにされています(参照元:『日経メディカル』2017.11.01)。

 このように長時間労働と脳・心臓疾患の発症リスクとは密接に関連しているのです。

残業上限規制が「月100時間未満」で決着した経緯

 しかし、残業上限規制が「月100時間未満」で決着した経緯は忘れ去られつつあります。これは、もともと、労働組合のナショナルセンターである連合が提案した条件です。

 当時、経団連は「月100時間以下」という条件を主張していました。佐々木氏が指摘するように、忙しい業界もありますから、財界が時間外労働の上限規制に反対の立場を取るのは分かります。

 連合の神津会長は、当初、「月100時間は到底あり得ない」として、時間外労働「月100時間以下」という経団連の主張に真っ向から対決する姿勢でした。ところが、連合は経団連の提示した条件とほとんど差異の無い「月100時間未満」を容認する方向へと方針転換しました。

 最終的には安倍首相が「月100時間未満」を選択し、政労使合意に至ったわけです。

 でも何か変ではありませんか?

 月45時間以下とまではいかなくても、労働組合ならせめて「月60時間未満」くらい提案すべきでなかったのではないでしょうか。結果的に、中央値を取って「月80時間未満」で落ち着いたかもしれません。

 こうなったのは、連合の大幅譲歩に起因します。労働組合法2条に労働組合の主たる目的として「労働条件の維持改善」が謳われていますが、長時間労働の改善という意味においては、連合は機能不全を起こしています。連合にワーク・ライフ・バランスの推進を求めるなんて「到底あり得ない」のです。

佐々木氏の素晴らしい発言

 佐々木氏は、80年代の猛烈サラリーマンの時代の自身の経験を振り返り次のように発言しています。

 それでも午後6時退社を徹底できたのは、私が課長だったからです。上司の許可も指示もない。自分で働き方を決めることができる。それで部下に宣言したんです。「私は毎日6時に帰ります。君たちも効率的にやって帰りなさい。どうしても時間がかかる人は残ってやりなさい」と。

(参照元:『日刊ゲンダイ』2017.11.06

  素晴らしい発言だと思います。大企業の課長というと、労働基準法41条に規定する管理監督者に該当するのが通常です。管理監督者は、労働時間の算定方法が通常の労働者と異なります。

 先ほども説明したように、残業という概念が存在するのは、労働者が時間外・休日労働協定(36協定)の締結対象とされている場合のみです。ところが、管理監督者を36協定の締結対象に組み込むことはできません。したがって、管理監督者には、時間外労働や休日労働という概念が存在しません。

 そもそも、残業代とは時間外・休日労働の割増賃金を意味します。時間外・休日労働の概念が存在しなければ、割増賃金が発生する余地もありません。すなわち、左翼の人たちが言うところの「残業代ゼロ」です。この点については、高度プロフェッショナル制度と同じロジックです。

 佐々木さんは、管理監督者(課長)だったからこそ、80年代のモーレツ社員の時代でも、「午後6時退社を徹底できた」ことを強調しています。「上司の許可も指示もない。自分で働き方を決めることができる。」とも言っています。

 ところが、管理監督者までいかなくとも、職位に関わらず「上司の許可も指示もなく自分で働き方を決めることができる」制度が現行において存在します。裁量労働制です。

 裁量労働制は、1日の労働時間について労働基準法32条の規定の適用が除外され、実働時間に関わらず、労使協定で定める時間労働したものとみなされるという制度です。

 管理監督者と異なり、休憩時間や休日の規定の適用までは除外されません。しかし、管理監督者と同じく法定労働時間の規定の適用が除外されています。また、労働時間の配分について使用者が口出ししてはならず、佐々木さんの言うように、上司の許可も指示もなく自分で働き方を決めることができます。

 すなわち、佐々木さんは、裁量労働制の働き方を推奨していることになります。

 高度プロフェッショナル制度は、一定年収以上の専門識従事者を、時間外・休日労働協定の対象から外すという制度で、実質的には、裁量労働制以上に管理監督者に近い制度です。唯一異なる点は、管理監督者には深夜労働の割増賃金が支給されるのに対し、高プロ対象者には支給されないことです。

 高プロや裁量労働制の対象労働者は、課長時代の佐々木さんと同様、「私は毎日6時に帰ります。」と周囲に宣言することができます。彼らには時間配分の決定権が付与されているので、誰も文句を言わないでしょう。なのに、なぜマスコミが歩調をそろえて高プロに反対するのか全く理解できません。ゲンダイは、政権の行うことだったら何でも批判をしたいだけなのでしょうか。

まとめ

 日刊ゲンダイは、安倍政権による「働き方改革」をとにかく批判したかったのでしょうが、逆効果になってしまいましたね。佐々木さんが管理監督者の働き方を推奨しているということは、労働時間の算定方法が管理監督者の場合とほとんど同じ高プロを推奨していることにも繋がります。

 昔はどうだったか知りませんが、現代では、ファクトの積み上げ無しに印象操作だけによって政権批判しようとしても全く通用しません。