Mesoscopic Systems

働くルールを理解してこれからの働き方について考えよう!

専門業務型裁量労働制において労使協定に定めるべき事項とは何か

f:id:mesoscopic:20171101214901j:plain

はじめに

 毎日新聞が「裁量労働制の拡大によって過労死が増える」という記事を書いています。悪質な印象操作であり、何の根拠もありません。

 毎日新聞の記事には、2013年、心疾患で亡くなった証券アナリストの男性の話がでてきます。

 男性の残業の想定は「月40時間」。だが、亡くなる直前の1カ月は133時間。過労死ライン(直前1カ月の場合約100時間)を大幅に超えていた。裁量労働制は、仕事の進め方や時間配分などを労働者の裁量に委ねる必要のある業務が対象だ。ところが、男性の場合、早朝出勤しても、「他の従業員より早く帰るな」と注意されたり、高熱でも出勤を命じられたりするなど裁量は実質的になかった。

 東京労働局三田労働基準監督署は15年、過労死として労災認定。申請から約1年がたっていた。裁量労働制は企業が社員の実労働時間を記録する必要がなく、実際の労働時間を割り出すのに時間がかかったからだ。

(参照元:『毎日新聞』2017.10.30

 下線部の箇所を検証します。

専門業務型裁量労働制とは

 事業所が、専門業務型裁量労働制を導入するためには、労使協定を締結し行政官庁(労働基準監督署)に届け出なければなりません。

 労働基準法38条の3第1項の規定により、労使協定には、次の事項を定めなければならないとされています。

  1. 対象業務
  2. みなし労働時間
  3. 対象業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し、当該対象業務に従事する労働者に対し使用者が具体的な指示をしないこと
  4. 健康・福祉確保措置
  5. 苦情処理措置
  6. その他、厚生労働省令で定める事項

1.対象業務について

 「専門業務型裁量労働制」の対象業務には、19業務が限定列挙されています。証券アナリストも、専門業務型裁量労働制の対象業務に含まれます。専門業務型裁量労働制の対象業務の詳細については、下記記事を参照ください。www.mesoscopical.com

2.みなし労働時間について

 専門業務型裁量労働制を事業所に導入する際、「みなし労働時間」を労使協定に定める必要があります。裁量労働制の効果は、実際の勤務時間の長短に関わらず、みなし労働時間を労働したものとみなされる点にあります。

3.「具体的な指示をしない」ことについて

 労働基準法38条の3第1項第3号の規定により、「対象業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し、当該対象業務に従事する労働者に対し使用者が具体的な指示をしないこと」を労使協定に定めなければならないとされています。

 したがって、専門業務型裁量労働制の対象労働者として選定しておきながら、使用者が同労働者の業務遂行手段や時間配分決定に対し口出しをしていれば、労使協定に違反する違法な裁量労働制ということになります。

 毎日新聞の記事には、「男性の場合、早朝出勤しても、『他の従業員より早く帰るな』と注意されたり、高熱でも出勤を命じられたりするなど裁量は実質的になかった。」とあります。これは、協定に違反する裁量労働制に該当し、労働基準法違反です。このような場合は、労働基準監督署に直ちに申告すべきです。決して、労働基準法に規定する裁量労働制という制度そのものが間違っているのではありません。

4.健康・福祉確保措置および労働時間の把握について

 専門業務型裁量労働制では、健康・福祉確保措置を使用者が講じなければならないこととされています。労使協定にも、同措置に関する具体的な記載が必要です。

 健康・福祉確保措置は企画業務型裁量労働制における同措置と同等のものとすることが望ましいとされています。

 企画業務型裁量労働制については、適正な労働条件の確保を図るための指針〔平成11年12月27日労働省告示第149号〕があります。ここに健康・福祉確保措置について次のような記載があります。

法第38条の4第1項第4号の対象労働者の「労働時間の状況に応じた当該労働者の健康及び福祉を確保するための措置」(以下「健康・福祉確保措置」という。)を当該決議で定めるところにより使用者が講ずることについては、次のいずれにも該当する内容のものであることが必要である。

イ 使用者が対象労働者の労働時間の状況等の勤務状況(以下「勤務状況」という。)を把握する方法として、当該対象事業場の実態に応じて適当なものを具体的に明らかにしていること。その方法としては、いかなる時間帯にどの程度の時間在社し、労務を提供し得る状態にあったか等を明らかにし得る出退勤時刻又は入退室時刻の記録等によるものであること。

ロ イにより把握した勤務状況に基づいて、対象労働者の勤務状況に応じ、使用者がいかなる健康・福祉確保措置をどのように講ずるかを明確にするものであること。

 上記のように、使用者は、対象労働者の労働時間の状況等の勤務状況を把握しなければなりません。その方法としては、出退勤時刻又は入退室時刻の記録等によるものでなければなりません。

 裁量労働制においても勤務状況の把握が必要なのは、労働者に対する安全配慮義務が法律上当然に使用者に課されているからです。また、このとき取得した労働時間の状況の記録は協定有効期間中及びその満了後3年間は保存しなければならないことになっています。

 記録が存在しない場合は、協定違反の裁量労働制に該当し、労働基準法違反です。

 したがって、毎日新聞の、「裁量労働制は企業が社員の実労働時間を記録する必要がなく、実際の労働時間を割り出すのに時間がかかったからだ。」という記載は誤りです。単に、使用者によって裁量労働制の誤った運用がなされていたに過ぎません。

毎日新聞記事の専門家の意見の出鱈目さ 

 厚生労働省によると、裁量労働制を導入する企業の割合(16年)は2〜3%。一方、年200人程度が過労死・過労自殺(未遂を含む)で労災認定される中、裁量労働制の人は最近6年間で計13人にとどまる。専門家らは「長時間労働の証拠が少ないため認定されてないケースも少なくないはずだ」と指摘する。

(参照元:『毎日新聞』2017.10.30

 毎日新聞の記事には、至る所で誤った印象操作がなされていますが、ここが最も酷いですね。客観的なファクトをも歪めています。

 裁量労働制の人が最近6年間で計13人ということは、年2人程度です。すなわち全体の100分の1程度です。すなわち、過労死した99%の人は、時間軸を基調として労働していた人たちです。労働時間に応じて賃金が支払われている人たちに過労死が多い原因を突き止め、今後そのような悲劇を招かないようにするにはどうしたらよいかを考える方が何よりも先決です。

 毎日新聞の記事には、専門家の意見も出てきますが、これも出鱈目です。先述の通り、裁量労働制であっても、使用者は対象労働者の勤務時間を把握しなければなりません。もし、把握していなければ、誤った裁量労働制の運用であり、労働基準法違反です。

 専門家の意見が正しいことを証明するためには、裁量労働の対象労働者の「長時間労働の証拠」が通常の労働者と比して少ないという客観的なデータを示さなければなりません。しかし、そのようなデータは一切示されておらず、また、労災認定率も記事には示されていません。

 通常労働の場合でも、タイムカードを意図的に改ざんしたり、タイムカードを定時間際に一斉打刻させたり、自己申告制において労働時間を過少申告させるなど「長時間労働の証拠」が少ない場合も散見されます。

www.mesoscopical.com

www.mesoscopical.com

www.mesoscopical.com

 しかし、労働基準監督署は、事業所の入退室記録やパソコンのイベントログなどあらゆる客観的傍証を使って、長時間労働の証拠を割り出します。

 それを、客観的事実やデータを何ら示さずにふわっとしたイメージに基づいて「長時間労働の証拠が少ないため認定されてないケースも少なくないはずだ」と発言するのは、専門家と呼ぶに程遠いでしょう。ましてや、それを無批判に記載する新聞は、報道機関としてもはや機能していないと言えるでしょう。

まとめ

 以上のように、裁量労働制の拡大によって過労死が増える根拠はどこにもありません。ましてや、まだ法制化すらされていない高プロによって過労死が増える根拠も全くありません。

 つまり、これらは毎日新聞による悪質な印象操作です。毎日新聞は、違法な裁量労働制の運用事例を引っ張り出してきて、裁量労働制という制度そのものが間違っていると言っているに過ぎないのです。

 ところで、専門業務型裁量労働制の19種類の対象業務の中に、「新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務」というのがあります。

 そんなに裁量労働制が嫌なら、新聞記者を辞めたらどうでしょうか。