はじめに
どんな人でも、声を失うのはたいへんつらいと思います。ましてや、歌手にとって、声を発せられずに歌えないことがどれほど苦痛か、想像するに余りあります。3年前、つんく♂は喉頭がんを患い、声を失いました。
今月10日、つんく♂(48)は、東京都内で行われた障害者のための働き方改革プロジェクト「LIVESプロジェクト」に出席し、新たな楽曲を披露しました。曲のタイトルは、「Happy now」。同プロジェクトのテーマソングとしてつんく♂が作詞作曲し、Beverlyを歌手に指名しました。つんく♂は、筆談で「上も下もなく心で支えあっていくこの世の美しい気持ちを託しました」と説明しました。
「チャリティーマラソン」と称しながらギャラを貰い、ブラック労働の果て、肉体の限りを尽くして完走したという知らせより、つんく♂のニュースの方がはるかに筆者の心に響きました。
「LIVESプロジェクト」に込められたメッセージ
「LIVESプロジェクト」のホームページに次のようなメッセージがあります。
障がいなど多様な個性を持つ事で、皆んなと同じように生活していくことがいかに難しいか。一人一人の個性が輝き、みんなが一緒になって仕事をし、ごはんを食べて、楽しく笑えるような社会を作っていければと思い、LIVESプロジェクトをスタートします!
本当にその通りだと思います。多様性を認めない社会は、やがて崩壊に向かいます。これは、歴史が証明しています。その最たる例が、「平家にあらずんば人にあらず」です。「平家一族でなければ人として認めない」という考え方です。平家一族による政権が短命に終わりあっさりと滅んでしまったことは歴史の教科書にも書いてあります。
現代に目を転じても同じです。「終身雇用・年功序列・企業別労働組合」を基調とする日本型雇用を正規と称し、それがあたかも「正しい」働き方のごとく喧伝するのは、多様性を認めないことの証です。世の中には、雇用期間に定めがある・労働時間が短い・別の企業から就業先企業に派遣されているといった具合に、いろいろな雇用形態で働いている人がいます。しかし、このような雇用形態で働く人たちを非正規として一括りにし、あたかもそれが正しくない働き方かの如く喧伝がなされています。まさに、先ほどの平家一族の考え方と同じです。
契約社員やパート・アルバイトや派遣労働者の働き方を正しくないとする根拠はどこにもありません。障害者についても同じです。生まれつき障害のある人、病気や怪我によって後天的に障害を負ってしまった人が雇用において差別される理由はどこにもありません。
多様性を認めない国家・社会・企業は危ない
国家はどうか?
多様性を認めない国家の典型例に、戦時中の日本があります。大和魂絶対主義-それがどのような結果を導いたかについては、次の記事を参考にしてください。
社会はどうか?
多様性をを認めない社会の典型例に日本型雇用があります。高度経済成長期のもとで定着したに過ぎない日本型雇用が未だに唯一の正しい働き方とされ、「正規雇用」という呼称を付して誤った喧伝がなされています。しかし、労働法制上、終身雇用・年功序列・企業別労働組合の3点セットで特徴付けられる日本型雇用を正規と規定する根拠(条文)はどこにも存在しません。
日本型雇用は、今から半世紀以上前の高度経済成長期に成立した慣例に過ぎません。しかし、慣例や習わしは時代とともに変遷していきます。高度経済成長期と日本型雇用との関係は、江戸時代とちょんまげとの関係と同じです。高度経済成長期と比べて、経済動向・人口動態がすっかり様変わりした現代社会において、日本型雇用を肯定することは、ちょんまげで大都会の摩天楼を闊歩することに等しいのです。
企業はどうか?
企業についても同じです。企業活動においては、多様な人材が集まり、それぞれの個性が如何なく発揮されなければ、何のイノベーションも生まれません。
現在大きな社会問題となっているパワハラは、個の多様性を認めないことに端を発しています。パワハラは、ほぼ間違いなく、企業の上層部や上司の意向に反する者がターゲットとされます。しかしながら、企業の上層部や上司の言うことが絶対的に正しいとは限りません。冷静かつ客観的な分析に基づいた正しい意見でも、職位が下というだけでそれを強硬にねじ伏せるというのは、組織が衰退に向かっていることの何よりもの証です。
また、企業が、唯一無二の絶対的価値観を従業員全員に押し付け、全体主義的な体制を敷くようになったら、多様性が阻害された危険な組織と同等です。以下、個人の全ては全体に従属すべきという考え方に基づく全体主義的体制の具体例を下記に示します。
企業A(製造業)
朝礼において「…ヨシッ!」という得体のしれないスローガンの一斉唱和を強制する。
企業B(製造業)
極寒の真冬であっても、ポケットに手を突っ込んで歩いていないかを従業員同士互いに監視させ、密告制度を張り巡らせている。
企業C(製造業)
企業上層部が一堂に会する際、従業員用エレベータの従業員による使用が全面禁止され、階段での昇り降りが強制される。
障害者雇用制度の法律的な整備
障害者雇用に話を戻します。多様な人材の雇用促進の一環として、障害者の雇用安定のための法律が整備されています。それが、障害者の雇用の促進等に関する法律(障害者雇用促進法)です。これにより、障害者が社会の一員として、自立した職業生活を営めるよう、様々な施策が講じられています。具体的にどのような施策があるか見ていきます。
求人の申し込みにについて
障害者雇用促進法10条
公共職業安定所は、正当な理由がないにもかかわらず身体又は精神に一定の障害がないことを条件とする求人の申込みを受理しないことができる。
このように、ハローワークは、障害者を排除した求人を受け付けないことができるとされています。
障害者の雇用義務について
障害者雇用促進法43条第1項
事業主(常時雇用する労働者(以下単に「労働者」という。)を雇用する事業主をいい、国及び地方公共団体を除く。以下同じ。)は、厚生労働省令で定める雇用関係の変動がある場合には、その雇用する身体障害者又は知的障害者である労働者の数が、その雇用する労働者の数に障害者雇用率を乗じて得た数(その数に一人未満の端数があるときは、その端数は、切り捨てる。第四十六条第一項において「法定雇用障害者数」という。)以上であるようにしなければならない。
この法律の最も根幹を為す条項です。この規定に基づき、事業主には、一定の率以上の障害者を雇用する義務が課せられます。この率を障害者雇用率といいます。この条文は、国・地方公共団体等、都道府県等教育委員会以外の一般事業主について規定したものです。国・地方公共団体等、都道府県等教育委員会にも、それぞれ異なる率の障害者雇用率が規定されています。以下では、一般事業主の規定に基づいて話を進めます。
一般事業主の障害者雇用率
従来、一般事業主の障害者雇用率は2%でしたが、改正障害者雇用促進法の一部施行にともなって、平成30年4月1日から2.2%に引き上げられました。平成33年4月までにさらに0.1%引き上げられ、2.3%になります。2.3%に引き上げられる具体的な時期は未定ですが、今後労政審において議論が交わされることになります。
障害者の雇用義務を果たさなかった事業主はどうなるか
平成30年4月1日現在、一般事業主の障害者雇用率は2.2%のため、従業員数46人以上の企業に対し、1人以上の障害者の雇用義務が発生します。では、従業員数がちょうど46人の企業において、障害者を1人も雇用しなかったらどうなるかを考えます。
その場合、事業主は障害者雇用納付金の納付義務を負います。障害者雇用納付金の金額は、不足人数1人につき月額5万円です。ということは、従業員数46人の企業が障害者を1人も雇わなかったら、月額5万円の障害者雇用納付金を納付する義務を負います。従業員92人の企業の場合は、障害者を1人も雇わなかったら月額10万円、1人しか雇わなかったら月額5万円の障害者雇用納付金の納付義務を負います。
法定雇用率以上に障害者を雇用した事業主はどうなるか
では、従業員数46人の企業において、障害者を2人雇用したらどうなるかを考えます。
この場合は、月額2万7千円の障害者雇用調整金が支給されます。3人であれば、月額5万4千円です。このように、超過人数に応じて障害者雇用調整金が支給されます。従業員数92人の企業だったら、3人以上障害者を雇用した場合、超過人数1人につき、月額2万7千円の障害者雇用調整金が支給されます。
まとめ
平成30年4月1日から、改正障害者雇用促進法が一部施行され、障害者雇用率が引き上げられました。これにともない、障害者のより一層の雇用促進が図られることを期待したいと思います。そのような社会情勢の中、社会的影響力が大きいつんく♂が障害者の労働参加を促す曲を作った意義は大きいと思います。