はじめに
2ちゃんねる元管理人のひろゆき氏が、働き方改革をするとしたらどんなことをしたいかという問いに対し次のように回答しています。
ブラック企業で働く人が安心して辞められる仕組みを作りたい。
(参照元:『 BLOG サイボウズ式』)
ひろゆき氏がブラック企業を安心して辞められる仕組みの構築を望む理由
ひろゆき氏は、「ブラック企業を安心して辞められる仕組み」に関して次のように述べています。
生活の不安のために嫌な会社を辞められない人もいるようですが、そういう人が我慢したままだと、ブラック企業が生き残って、従業員にまともに給料を払ったり有休を認めたりしている会社が、競争力で負けてしまいます。
(参照元:『 BLOG サイボウズ式』)
これは、合成の誤謬のことを言っています。筆者も以前に当ブログでこのことに関し言及したことがあります。
合成の誤謬とは、「ミクロの視点では正しくても、それが合成されたマクロの視点では、意図しない結果が生じること」を意味します。上記の例で言えば、ミクロな視点とは、生活不安を解消するために嫌な会社であっても我慢する状態を意味します。しかし、そうすることが正しいと皆が思ってしまったら、マクロな視点では、それが合成の誤謬となってとんでもない事態を引き起こしてしまうのです。
例えば、ブラック企業に横行する典型的なものに、賃金不払い残業(サービス残業)があります。法律的には、サービス残業を労働者にさせた場合、労働基準法37条違反となり使用者が処罰されます。労働基準監督署に申告すれば、監督署は臨検を行い、違反事実が確認され次第、労働基準法違反で是正勧告します。
しかし、皆が、生活不安に陥ることを念頭に、労基署に申告することなく、サービス残業に甘んじてしまったらどうなるでしょうか。そのときは、きっちりと残業代を支払っている同業他社の公正な競争が阻害され、シェアがどんどん奪われていきます。ホワイト企業のシェアが奪われれば、業界全体にブラック労働がまん延していきます。そうすれば、ブラック労働がますます強化されます。すると、再び同業他社の公正な競争が阻害され、業界内に、さらに強化されたブラック労働がまん延するという負のスパイラルに陥ります。これが、合成の誤謬の典型例です。
つまり、生活不安の解消のために皆がブラック労働に甘んじれば、個々の心理が重ね合わされ、さらに強化されたブラック労働を引き起こしてしまうのです。
合成の誤謬から脱却するには
合成の誤謬から脱却するには、スタート時点の前提を否定すればよいのです。スタート時点の前提とは、生活不安の解消のためにサービス残業を我慢してしまうことを意味します。この前提を否定するとは、サービス残業を強いる会社を辞めてしまうことを意味します。
しかし、ここで重要な点があります。ブラック企業を一人で辞めても意味をなさないということです。なぜなら、ブラック労働とはそもそも、個々の不安心理が重ね合わされた結果、それが合成の誤謬となって表れた現象だったからです。したがって、合成の誤謬から脱却するためには、サービス残業を強いる会社を皆で辞めてしまうことが肝要です。その結果、ブラック企業は、人材獲得が難しくなることで自然淘汰されるか、労働環境を改めるかのどちらかに迫られます。
合成の誤謬から脱却した実例
と、ここまで話すと皆さんから次のような反論が返ってきそうです。「そんなにうまくいくかよ…」と。ところが、ブラック企業を皆で辞めていって、合成の誤謬から脱却した実例が存在します。牛丼チェーンすき家のワンオペ問題です。
今から2年くらい前に、すき家では、深夜にたった一人で店の切り盛りをさせて、あまりにも劣悪な労働条件のためにアルバイトが次々と辞めていったということがありました。その結果人手不足に陥り、「すき家」を運営するゼンショーホールディングスは、2015年3月期決算で111億円の赤字となりました。ゼンショーがワンオペを反省せずに劣悪な労働をアルバイトに強いたままだったら、おそらく今頃すき家は存在していないでしょう。
しかし、ゼンショーは次の2点を行い、ブラック労働を改めました。
- 深夜は複数勤務体制にして長時間労働を回避。
- アルバイトの時給を上げる。
それから1年後の2016年3月期決算で、ゼンショーホールディングスの営業利益は121億円の黒字となりました。これが合成の誤謬から脱却した典型例です。
雇用の流動化の必要性
それから、ひろゆき氏は次のようにも述べています。
辞めたい人が辞めやすい制度を整えることで、ヤバい会社を社会から駆逐し、きちんとした会社が残る構造に変えていかないと、”奴隷”的な勤務体系の会社がはびこり続けてしまいますから。
(参照元 BLOG サイボウズ式)
ひろゆき氏の言う「辞めたい人が辞めやすい制度」とは、雇用の流動化を意味しています。雇用の流動化を論じるには、正規雇用と非正規雇用との違いについて理解する必要があります。
すき家のワンオペ問題は、アルバイトすなわち非正規社員のあいだで起こった現象です。非正規社員はもともと雇用が流動的であるため、ワンオペ労働を皆で辞めてしまうことも比較的容易でした。結果として、合成の誤謬から脱却することにも繋がりました。つまり、合成の誤謬から脱却するためには、雇用を流動化させる必要があるのです。
では、正規社員についてはどうでしょうか。正規雇用とは、次のような条件をすべて満たす雇用形態のことを意味します。
- 期間の定めのない雇用(終身雇用)
- フルタイム
- 直接雇用
正規雇用の最大の特徴は、1番目の、期間の定めのない雇用です。俗にいう、終身雇用を意味します。終身雇用だったら安全安心で良いじゃないかと皆さんは思われるかもしれません。ところが、これはとんでもない誤解なのです。
アルバイトと正社員だったら、辞めるにあたって、どちらの方が生活不安に陥りやすいでしょうか。正社員の方が辞めるにあたってはるかに生活不安に陥りやすいと思います。逆にここが落とし穴なんです。
辞めるにあたって生活不安に陥りやすいと、皆が我慢する方を選択してしまいます。当然の帰結として、合成の誤謬に陥りやすくなります。すなわち、本来安全安心であるべきものが、雇用を硬直化させ、ひいては、ブラック労働を誘発しやすくしているのです。過労死を誘発するくらいの異常な長時間労働でも我慢してしまうというのが典型的な例でしょう。
では、正社員の雇用を流動化させるにはどうしたら良いでしょうか。答えはただ一つです。正社員たる大前提を否定するしかありません。すなわち、終身雇用を無くせば良いのです。
解雇の金銭解決について
筆者は、終身雇用を無くせばよいといっても、一方的な不当解雇を肯定しているわけではありません。あくまでも、解雇の際、十分な金銭補償が迅速になされるように、基準を明確化すべきと主張しています。
解雇の金銭解決制度は、現在でもいくつかありますが、それぞれ特徴があり、基準もばらばらです。例えば、民事訴訟の場合、解決金が高額化する傾向もありますが、その反面、解決までの期間が長期化する恐れもあります。一方、紛争調整委員会の「あっせん」の場合、迅速に解決することができる反面、解決金が低廉に終わる場合もあります。したがって筆者は、これらの制度を統一化し、迅速な解決を促すように金銭解雇の基準を明確化すべきと考えます。
さらに、解決金には、下限と上限を設けるべきです。なぜなら、下限が無ければ、労働者にとって使いにくく、上限が無ければ、使用者にとって使いにくい制度となるからです。すなわち、下限と上限の双方を設けなければ、紛争当事者のどちらか一方が制度を利用しにくくなるため、結局普及しません。新たな制度を普及させるには、使用者および労働者の双方にとって使いやすい制度でなければならないのです。
これにより、正規従業員に対しても、雇用の流動化が促進されます。そうすると、生活不安のために我慢する必要もなく、合成の誤謬からの脱却にも繋がります。まさにブラック企業対策として究極の方法といえるでしょう。
まとめ
以上のように、ブラック企業の発生原理は、皆の不安心理を逆手に取ったものです。これに対抗するためには、さらにこの逆手を取るしかありません。つまり、会社を辞めても生活不安に陥らないシステムを構築することです。
今まで、なぜそれができなかったかというと、会社を辞めても容易に雇ってもらえない、すなわち、硬直化した労働市場が形成されてきたからです。
全ては、終身雇用という雇用慣行に起因しています。したがって、終身雇用という雇用慣行を無くせば、雇用の流動化が促進され、ブラック企業を安心して辞めることのできる環境が整います。
そして、その環境整備に当たって、大前提となるのが、金銭解雇の基準を明確化することなのです。