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日本より前に年功序列賃金を採用する国が存在した

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はじめに

 前回の記事で、年功序列賃金は、ある特殊な状況でないと成り立たない賃金形態であり、現代では経済合理性が無いことについて述べました。 

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 その特殊な状況とは、高度経済成長期の日本のことです。しかし、日本よりも前に、年功序列賃金を採用していた国が存在していたのを皆さんはご存知でしょうか。

それはどこか?

 その国とは、アメリカ合衆国のことです。アメリカ合衆国にはかつて、「狂騒の20年代」という日本で言うところの高度経済成長期に匹敵するような時代が存在しました。20年代とは、1920年代のことです。この時代に、アメリカ合衆国は世界最大規模の経済的繁栄を不動のものとし、好景気を背景に年功序列賃金が次第に定着していきました。

狂騒の20年代とは

 狂騒の20年代の遠因は、第一次世界大戦にあると言われています。第一次世界大戦では、アメリカ合衆国からも多くの兵士が動員されました。しかし、第一次世界大戦の主戦場は欧州であったため、アメリカ合衆国が戦争による被害で大規模な経済的損失を被ることはありませんでした。戦争の終結に伴い多くの兵士たちが復員し、経済も戦時経済から平時経済へと移行しました。

 1910年代中ごろフォード社は、ベルトコンベアによるライン生産方式を導入し、自動車の大量生産を既に可能にしていました。1920年代になると、自動車は一般大衆の手に届くものになり、販売台数が急速に伸びていきました。それに伴い、全米各地にガソリンスタンドや高速道路などが普及していきました。また、全米各地に発電所、電話線網、上下水道といった社会インフラも次々と整備されていきました。

 まさに、高度経済成長期の日本にそっくりですね。

アメリカ合衆国の年功序列賃金

 こういった好景気を背景に、US SteelやGE社などの大企業では、勤続年数に応じた年功序列賃金や、企業内再配置によるレイオフ回避など、日本型雇用に類似した雇用システムが形成されていきました。しかし時代は移り変わり、アメリカの経済成長率が大きく低下した1970年代になって、この雇用システムが大きく見直さることになりました。

 1970年代になりアメリカの雇用システムが見直されるきっかけを作ったのは、当時、急速な経済成長を遂げていたあるアジアの一国です。その国とは、日本のことです。

アメリカ合衆国の世代別賃金カーブを眺めてみる

 下の図は、アメリカ合衆国の世代別賃金カーブです。

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 (出所:日本銀行調査統計局 資料(2014年))

 1916年~1925年生まれの人は、ほぼ年功序列賃金を達成しています。しかし、それ以後の世代になると、ある年齢を境にそれ以降の賃金カーブがフラットになるか、あるいは、最初から賃金カーブがフラットかのどちらかになります。これを注意深く眺めてみます。

 まず、1926年~1935年生まれの人は、40代以降、賃金がフラットになっています。仮に、45歳以降で賃金がフラットになると仮定すると、1926年~1935年生まれの人が45歳になるのは、1971年~1980年となり、ほぼ70年代に一致します。

 同様に、1936年~1945年生まれの人は、30代以降、賃金がフラットになっています。仮に、35歳以降で賃金がフラットになると仮定すると、1936年~1945年生まれの人が35歳になるのは、1971年~1980年となり、こちらもほぼ70年代に一致します。

 また、1946年~1955年生まれの人は、20代という早い段階から賃金がフラットになっています。すなわち、この年代に生まれた人は、年功序列賃金がほぼ消滅しています。1946年~1955年生まれの人に25歳という年齢を当てはめ、それ以降ずっと賃金がフラットになると仮定すると、こちらもまた1971年~1980年となり、ほぼ70年代に一致します。

 すなわち、アメリカでは1970年代の10年をかけて年功序列賃金を放棄したのです。

 70年代のアメリカにとって日本は、急速な経済発展を遂げるアジアの新興国でした。アメリカが年功序列賃金を放棄することは、日本の急速な経済発展のあおりを受け経済成長が鈍化したアメリカが採った防衛策だったと言えるでしょう。

日本はどうか?

 当時のアメリカと同じような状況が日本でも起きています。2000年代の日本と中国との関係です。下の図は、主要国の名目GDPの推移です。

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 (出所:IMF 2011 WEO Database)

 日本は、バブル崩壊後もしばらくGDPが伸び続けたものの、1995年以降長期低迷が続きました。1995年と言えば、生産年齢人口比率が最高値を示した年です。やはり、その後の、生産年齢人口比率の落ち込みがじわじわと響いてきているのではないでしょうか。

 さらに、2000年代に着目すると、この間、日本と中国のあいだで、GDPの差がどんどん縮まっていきました。特に、中国は、2005年から急速にGDPを増やし続けています。2010年に、中国はついに日本を追い抜き世界第2位の経済大国に躍り出ました。因みに、中国は、長幼の序を謳う儒教発祥の地でありながら、年功序列賃金を採用していません。

 一方、日本は、1970年代のアメリカを教訓にして、2000年代の10年間に、古い体質の雇用システムを改めたでしょうか。否、全然改めていません。その後も、中国のGDPは増え続け、日本は大きく水をあけられています。

アメリカはどうか?

 一方、GDP世界第1位のアメリカはどうでしょうか。1970年代には経済成長が一旦鈍化したものの、グラフにあるように、アメリカのGDPはリーマンショック時を除きほぼ単調に増加し続けています。70年代に迅速に古い雇用システムを改めたことが理由の一つとして考えられるでしょう。

 これにより、高い労働生産性が維持され、アメリカはGDPを伸ばし続けています。一方、日本の労働生産性は、アメリカの6割程度しかありません(OECD2015)。生産性カーブと賃金カーブとが一致しない年功序列賃金が、労働生産性向上の足かせとなり、ひいては、経済成長をも阻害しているのです。

年功序列賃金には別の弊害もある

 労働生産性向上という観点から、年功序列賃金は経済成長の阻害要因ですが、別の観点からこれを指摘することができます。その観点とは、流動的な労働市場です。

 企業に不採算事業が発生した場合、即座にその事業から撤退しないと、国際競争力が瞬く間に損なわれます。しかし、不採算事業からの撤退を難しくしているのもまた、年功序列賃金なのです。

 年功序列賃金は生産性が低下し始める中高年になって賃金を過払いし、定年時に最終的な賃金清算をするシステムのため、労働移動インセンティブが損なわれ、雇用の流動化を難しくしています。そのため、企業はスピーディーな組織変動に二の足を踏まざるを得ず、結果としてリストラクチュアリングを困難にし、不採算事業の滞留を招いているのです。液晶にこだわったシャープ、原子力事業にこだわった東芝が典型的な例でしょう。

 低生産性産業から成長産業へとスムースな労働移動が為されるシステムが社会全体として確立されていれば、シャープや東芝もあそこまで不採算事業を保有し続けることは無かったでしょう。すなわち、安定性を保障するはずであったものが、却って企業経営の圧迫を招き、ひいては危機的状況に陥ったのです。

まとめ

 1970年代に日本の急成長を前に、10年かけて年功序列賃金を改めたアメリカ。一方で、2000年代に入り、中国の急成長を眼前にしながら、年功序列賃金を一向に改めなかった日本。この差は、歴然としていますね。

 GDPで中国に追い抜かれた2010年代になっても、未だに年功序列賃金に固執する人たちは、一体どういう神経の持ち主なのでしょうか。自分たちが逃げ切れさえすれば、あとは野となれ山となれというスタンスでしょうか。

 しかし、逃げ切りを図ろうとする場所そのものが無くなってしまったら元も子もありません。