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時間外労働の上限規制と両立し得ない正体は何か

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はじめに

 2つの新聞の紙面上に、高度プロフェッショナル制度(高プロ)に関し全く意見の異なる社説が掲載されました。1つは、読売新聞、そしてもう1つは琉球新報です。とかく単一方向に揺らぎがちな日本のメディア言論空間にあって、多様な意見が交錯するのは健全な状態であるといえます。

そもそも高プロの表現の仕方から違う

 読売新聞は、高プロを「脱時間給制度」と表現しています。筆者の知るところ、高プロを脱時間給制度と表現しているのは、この他に日本経済新聞があります。一方、琉球新報は、高プロを「残業代ゼロ(法案)」と表現しています。読売新聞と日本経済新聞以外の多くのメディアがこの表現を使用しています。

 高プロの正式名称は、特定高度専門業務・成果型労働制です。特定高度専門業務・成果型労働制を「脱時間給」と「残業代ゼロ」のどちらの言葉を用いて表現するのがふさわしいのでしょうか。

特定高度専門業務・成果型労働制の定義

 労働政策審議会(会長:樋口 美雄 慶應義塾大学商学部教授)は、平成25年9月から労働条件分科会(分科会長:岩村 正彦 東京大学大学院法学政治学研究科教授)において今後の労働時間法制等の在り方について審議を重ねてきました。その結果、平成27年2月13日、結論に達し、厚生労働大臣に対し建議を行いました。この建議の内容に沿って考察します。

 建議報告書には、特定高度専門業務・成果型労働制の定義が次のように示されています。

一定の年収要件を満たし、職務の範囲が明確で高度な職業能力を有する労働者を対象として、長時間労働を防止するための措置を講じつつ、時間外・休日労働協定の締結や時間外・休日・深夜の割増賃金の支払義務等の適用を除外した新たな労働時間制度

 下線部の「時間外・休日労働協定の締結や時間外・休日・深夜の割増賃金の支払義務等の適用を除外した」という表現が特に重要です。

労働基準法は時間外・休日労働をどのように規定しているか

 俗にいう「残業」は、労働基準法において時間外労働といいます。時間外労働とは、労働基準法32条に規定する法定労働時間を超える労働を意味します。一方、休日労働とは、労働基準法35条に規定する法定休日における労働を意味します。

 行政官庁(労働基準監督署)に対して何も手続きを経ずに、使用者が労働者に対し時間外・休日労働をさせれば労働基準法違反になります。使用者は、過半数労働組合あるいは過半数代表者と時間外・休日労働について話し合い、書面による有効な協定を締結し、労働基準監督署に届け出ることによって始めて時間外・休日労働をさせることが認められます。この協定こそが、時間外・休日労働協定すなわち36協定です。

 36協定が有効となるには、細かな要件がいくつか課されます。例えば、雇用形態を問わずその事業所に直接雇用される労働者の過半数で組織される労働組合が協定に関与していなければ、有効な労使協定とはみなされません。このとき、管理監督者等は過半数の算定対象から除外されます。

 電通において、労働者の過半数で組織されない労働組合が36協定締結に関与していたことが発覚しました。電通の違法残業事件に対する捜査過程で東京地検が発見しました。 

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36協定の締結対象とならない労働者は現在も存在する

 36協定の締結にあたり、過半数要件の全労働者数から管理監督者等は除外されています。管理監督者等は、労働時間の算定方法が通常の労働者とは異なるからです。管理監督者等とは労働基準法41条第2号の適用を受ける労働者のことで、具体的には、経営者と一体的な立場にある管理職や機密の事務を取り扱う者(秘書等)などがいます。このような人たちは、法定労働時間を適用するになじまない人たちであり、時間外・休日労働協定の締結対象から除外されています。管理監督者等が夜遅くまで仕事をしたとしても、労働時間管理の対象から外されているため残業しているわけではありません。したがって、管理監督者等には、労働基準法37条に規定する時間外・休日労働の割増賃金すなわち残業代は支給されません。

 時間外労働の割増賃金が支給されない労働者は他にもいます。みなし労働時間制が適用されている労働者です。

 みなし労働時間制には次の3種類があります。

  1. 事業場外労働
  2. 専門業務型裁量労働制
  3. 企画業務型裁量労働制

これらの対象労働者になっている場合は、時間外・休日労働協定のうち、時間外労働に関する部分のみが適用除外とされます。したがって、みなし労働時間制の対象労働者には、時間外労働の割増賃金の支払い義務は発生しません。一方、法定休日に労働した場合は、休日労働の割増賃金の支払い義務は発生します。

 なお、1において事業場外労働と事業場内労働とが混在した場合、1日の労働時間が通算で8時間を超えれば、時間外労働の割増賃金が支給されます。詳しくは下記記事を参照ください。 

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時間外・休日労働協定まとめ

 以上をまとめると、労働者が時間外・休日労働協定の締結対象とされて始めて、残業という観念を容れる余地があるということです。したがって、当該協定の締結対象から外されていれば、残業という概念は存在しません。

 高プロの対象労働者は、時間外・休日労働協定の締結の適用除外となるため時間外労働や休日労働という概念が存在しません。時間外労働や休日労働という概念が存在しなければ、使用者に時間外・休日労働の割増賃金の支払い義務も発生しません。したがって、高プロを「残業代ゼロ」と表現するのは、法律的に言って間違いなのです。以上から、高プロを正しく表現しているのは、「読売」と「日経」だけであり、その他のマスコミは、法律的に間違った表現を使っていることになります。

琉球新報の社説について

 琉球新報の社説に次のような記述が見られました。

 残業規制を含む働き方改革関連法案とセットでの成立をもくろんでいる。水と油のような両法案を切り離し、過重労働や残業時間の規制を優先して徹底審議するよう強く求める(参照元:『琉球新報』2017.07.31)。

 文脈から、「水と油」とは、「時間外労働の上限規制」と「高度プロフェッショナル制度」のことを指していると思われます。「両法案を切り離し…」とありますが、ここに大きな誤解があるようです。どちらも、労働基準法改正案に盛り込まれており、前者は、労働基準法36条、後者は、労働時間の算定方法を規定する労働基準法41条を改正あるいは条項新設によって制度化されます。立法府において、同じ法律に盛り込まれる新制度を切り離し、個別具体的に審議する正当性はどこにもありません。

時間外労働の上限規制と高プロとは水と油でも何でもない

 時間外労働の上限規制と高度プロフェッショナル制度とは水と油ではありません。時間外労働の上限規制は、残業時間を短くすることが目的です。したがって、仮に高度プロフェッショナル制度によって残業時間が長くなるのであれば、水と油たりえます。

 しかし、先述の通り、そもそも高プロには残業という概念が存在しません。残業があるものと残業が無いものを比べて、両者が二律背反だと言っても仕方が無いのです。

残業時間が青天井とはどういうことか

 そもそも、時間外労働の上限規制を加えようとしているのは、これまで時間外労働が青天井になるように設定することが事実上容認されてきたからです。以下、青天井の本当の意味について考えます。

時間外労働の限度に関する基準について

 残業はそもそも労働基準法違反であり、36協定の締結によって免罰的効果が付与され、残業の法的根拠が発生します。しかし、どのくらいまで労働時間を延長することができるかについては、協定内容の如何に依ります。

 協定で定めることのできる延長時間の限度に関して、厚生労働省は、時間外労働の限度に関する基準(平成10年労働省告示第154号)を定めています。協定締結当事者は、この基準に適合するよう36協定の延長時間を定めなければならない(労働基準法36条第3項)とされています。

繁忙期における特別延長時間について

 しかし、業務量が特に著しいときは、この基準をも超えて延長時間を設定して良いことになっています。限度基準をも超える延長時間のことを特別延長時間といい、特別延長時間が設定された36協定を特別条項付き36協定といいます。現行の労働基準法においては、特別延長時間を何時間に設定してもよい、すなわち、上限無しになっています。これが「青天井」の本当の意味です。

 ここに、具体的な上限をあてはめ、特別延長時間にも規制を加えようとしているのが「時間外労働の上限規制」です。先般の政労使合意では、単月の時間外労働に関して、100時間未満とすることで落ち着きました。

「時間外労働の上限規制」と両立し得ない正体は何か

終身雇用を前提とした雇用調整について

 では、なぜ今まで上限なしの時間外労働が罷り通っていたのでしょうか?これは、これまでの日本社会の雇用調整のあり方と深く関係しています。

 日本型雇用慣行を特徴づけるものの一つに終身雇用制があります。終身雇用制では、基本的に労働者を解雇できません。この厳格な雇用保障の形成をサポートする役割を果たしてきたのが、解雇権濫用法理です。閑散期が訪れた場合でも、その理由のみでもって労働者を解雇することは解雇権濫用法理によって許されません。逆に、繁忙期が訪れたからと言って、正規従業員を雇用することも容易ではありません。なぜなら、再び閑散期が訪れたときに、容易に解雇できない余剰人員を大量に抱えることに繋がるからです。使用者はこの事態をあらかじめ想定し、必要最小限の内部労働市場の成員でもって、繁閑の差に対応しようとしているのです。

 したがって、人員の増減の柔軟性が担保されずに業務の繁閑に対応するためには、実務上、既存従業員の労働時間を長くしたり短くしたりするよりほかありません。例えば、閑散期に残業禁止命令を発令することで定時退社を促したり、繁忙期に残業命令を発令することで事実上青天井で働かせたりすることが考えられます。

時間外労働の上限規制と両立し得ないものの正体

 もし、終身雇用を維持したまま、時間労働の上限規制を一律に行ったらどうなるでしょうか。終身雇用を前提とする限り、立ちどころに労働供給がひっ迫し、労働力の需給バランスが一気に崩壊するでしょう。

 では逆に、終身雇用を維持したまま、時間外労働の上限規制を全く行わなかったらどうなるでしょうか。この場合、繁忙期において急激に増大した業務量を内部労働市場のみに頼らざるを得ず、正規従業員一人ひとりに過剰な負担がかかります。したがって、過労死の危険性も伴います。

 すなわち、時間外労働の上限規制と水と油なのは、高プロではなく終身雇用という雇用慣行なのです。

まとめ

 現行の事実上青天井の特別延長時間は、長時間労働を誘発し、ひいては過労死の危険性も伴うため、時間外労働の上限規制に反対する人はそう多くはないでしょう。筆者も、時間外労働に上限規制は必要であると考えます。しかし、連合が提案した月100時間未満という要件では不十分と考え、もっと規制を加えるべきと考えます。

 しかし、どのマスコミも、その実効性を難しくしている終身雇用制に言及しようとしません。上記みてきたように、日本型雇用慣行における雇用調整方法を分析すれば、終身雇用が長時間労働を誘発していることは明らかです。

 実際に、終身雇用を前提とする正社員が、それを前提としない非正社員と比べ、18倍も過労死に至る危険性が高いというデータもあります。

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 高度プロフェッショナル制度は、賃金が過払いの状態にある高給取りに自身の生産性相応分の給料を受け取ってもらうという制度です。すなわち、高度プロフェッショナル制度は、時間ではなく成果に応じた報酬体系に改めようとするもので、時間外労働とは何ら関係ありません。

 マスコミの多くが終身雇用の問題について何ら言及せず、敢えて高プロだけをやり玉に挙げようとしているのは何故でしょうか。

結局のところ、定年間際の中高年で、かつ、編集権を握る「デスク」が、生産性以上の高給が保障された状態を維持したまま定年まで何とか逃げ切り、後は野となれ山となれというスタンスで、記事を選択したり社説の方向性を決めたりしているといったところが現状ではないででしょうか。