Mesoscopic Systems

働くルールを理解してこれからの働き方について考えよう!

日本の会社員が世界で最も会社に愛着を抱いていないのはなぜか

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はじめに

 居酒屋などに行くと、自分の上司や会社に関して愚痴をこぼしているサラリーマンの姿を多く見かけます。自分が所属する会社であれば本来はもっと愛着を持ってしかるべきなのにどうしてこのようになってしまうのでしょうか。実は、このことは、日本の雇用慣例と深い関りがあるのです。

ゆでガエルとは

2匹のカエルを用意し、一方は熱湯に入れ、もう一方は緩やかに昇温する冷水に入れる。すると、前者は直ちに飛び跳ね脱出・生存するのに対し、後者は水温の上昇を知覚できずに死亡する

 後者のカエルをゆでガエルと言います。「居心地が良いなあ」と言いつつ漫然とぬるま湯に没入し、悦に浸っているうちに熱湯に至っていることの知覚が遅れ、気付いた頃にはもはやそこから脱出する能力を失ってしまったという状態を表現しています。徐々に進行する環境変化への対応の重要性を説くための警句で、多くはビジネスの世界で用いられます。 

解決金の上限設定について

 現行では、解雇の金銭解決において、明確な基準が存在しません。解雇の金銭解決において基準を曖昧にしたままでは、解決までに長期化が予想されます。紛争の長期化は、双方の紛争当事者にとって何のためにもならず、その間にも徐々に進行するビジネスの環境変化への対応を度外視していると言っても過言ではないでしょう。 

 経済同友会などが解決金の上限設定を提言しているのは、金銭解決の迅速化を図るためです。

 解雇の金銭解決を巡って敢えて基準を曖昧にし、裁判を長期化させることは、使用者にとってはバックペイが積み上がり、労働者にとっては労働不能期間が積みあがります。バックペイは、企業の生産活動に何ら寄与するものでもなく、産業競争力を低下させます。ひいては、訴訟に何ら関与しない他の従業員に対してまで悪影響が及ぼされる可能性があります。一方、労働者にとっては裁判の長期化によって、職業能力の低下が避けられません。さっさと金銭解決し、次の職を得るための準備金・支度金として解決金を活用し、そして第二の人生を早々に歩むべきでしょう。第一の人生でもなく第二の人生でもない、1.5の人生などという中途半端かつ曖昧な期間は、紛争当事者にとって不要なのです。

経済同友会の主張する金銭補償額の上限は妥当

 解決金5年分や10年分といったレアケースをデフォルトとし、上限を設定すべきでないとするのは、諸外国の実例を鑑みれば、非常識な考え方と言えるでしょう。こういう考え方が定着すると、グローバルで活躍する人材の育成が阻害されます。

 経済同友会は、「金銭補償額は、賃金の半年分から1年半分の範囲内とすべきである」と提言しています。筆者は、これを妥当な水準と判断します。

 経済同友会によると、労働生産性が高水準に位置するドイツの金銭解決制度は次のようになっています。

ドイツにおける解消判決制度では、原則として賃金 12 ヶ月分が上限となる(50歳以上・勤続15年以上の場合には、賃金15ヶ月分が上限。55歳以上・勤続20年以上の場合には、賃金18ヶ月分が上限)。また、次の職が見つかるまでの期間における能力向上の研修機会等を確保するための所得等を一定程度補償することも必要である。

 このように、ドイツでは、金銭解決における解決金の上限は、原則として賃金12か月分、どれだけ多く見積もっても賃金18ヶ月分となっています。また、ドイツでは、研修機会や所得補償など労働移動インセンティブも保障されています。これにより、労働生産性の低い斜陽産業から成長産業へのスムースな労働移動が促され、結果として、高い労働生産性を保持しています。

強大な人事権の圧力下で企業に終身従属するのは時代錯誤

 新卒時にたまたま入社した会社が40年勤務するに値する会社である保障はどれだけあるでしょうか。社会全体として成長軌道にあった高度経済成長期ならいざ知らず、企業の組織変動が激しい昨今、終身雇用の必然性がどのくらい優に存すると言えるでしょうか。

 職務内容や企業風土に合わず意欲を喪失してしまった労働者にとっては、スムースな労働移動の制度体系を整備するほうがその人のためです。それを、是が非でも終身雇用を前提に強大な人事権行使の下で労働者を一つの会社に従属させるのは、却って人生の徒労に終わってしまい、国全体としては労働生産性の低下に繋がります。

日本の会社員は世界で最も会社に愛着を抱いていない

 社員の会社に対する「愛着心」や「思い入れ」あるいは「仕事への情熱」を現す指標に、社員エンゲージメントというものがあります。

 日本の会社員の社員エンゲージメントは、タワーズワトソン社の調査で8年連続最下位、マーサー社の調査で世界22か国中最下位、ロバートハーフ社の調査で最下位となっています。すなわち、日本の会社員は、世界で最も会社に対して愛着を抱いていないのです。

 諸外国では労働移動が活発です。何社かを経験する中で、自分に適合する会社を見出し収斂していくことを鑑みれば、社員エンゲージメントが高くなるのは当然と言えば当然でしょう。しかし、日本では、終身雇用が前提となっているため労働市場が硬直化しています。したがって、会社に不満を抱きつつもやむなく留まっているのが現状であり、社員エンゲージメントが低くなるのもある意味自然な結果と言えるでしょう。

 新橋の赤ちょうちん界隈で上司の悪口を言いつつ発散しているリーマンの姿を目撃した時、このような現状の一端を垣間見ることができるでしょう。

解雇の金銭解決制度の最大の特長は何か

 金銭解雇の基準を明確化することは、これらの問題を解決する唯一の処方箋です。現状では、法的手段に依らなければ低廉な解決金に終わるか、法的手段に依れば訴訟期間が長期化し職業能力が低下するかのどちらかです。全ては、解雇の金銭解決の基準が不透明かつ曖昧なことに起因します。

 金銭解雇の基準を明確化すれば、相応の解決金が得られ、転職活動の準備金・支度金の用に供されるほか、一旦やる気を喪失した労働者が成長産業へとスムースに労働移動することによって、再び誇りを回復することができます。これにより、労働生産性の向上にも寄与します。

金銭解雇の基準が明確化されて困るのは誰か

 安西法律事務所の倉重弁護士は、東洋経済の記事の中で次のように述べています。

 最後に、鋭い反対意見を見せるのが、弁護士です(私もそうなのですが……)。弁護士の世界では、労働事件について「労働者側」「使用者側」で意見が分かれることが多いです。しかし、「解雇の金銭解決」論になりますと、労働者側だけでなく、使用者側も反対意見が多数派になります。なぜかというと、やはり解雇裁判という大きな仕事がなくなることを懸念している可能性もあるからでしょう。そのような考え方こそ、既得権益を守る姿勢にほかならないと筆者は考えます。

toyokeizai.net

 全くその通りだと筆者も思います。もう少し踏み込んで言うと、解雇裁判というビジネスの喪失でもっとも影響を受けるのは、支援労組や労働側の弁護士でしょう。

せめて下限の基準明確化くらい言ったらどうか

 解雇の金銭解決を巡っては、大企業正規従業員と中小企業正規従業員との間にダブルスタンダードが生じています。中小企業では、解雇権濫用法理を無視し、解決金すら支払ない一方的な解雇が横行しています。酷い場合には、即日解雇しておきながら解雇予告手当すら支払わないようなブラック企業も存在します。解雇予告手当の不払いに関しては、労働基準法違反として労働基準監督署が乗り出すことができますが、解決金に関しては労基署は関知できません。そのため、金銭解雇の解決金の基準を法的に明確化し、下限を設けることは、中小企業の従業員にとってメリットがあるのです。

 経済同友会は、解決金の下限を半年分とすべきと明言しています。経済同友会は、次のようにも述べています。 

 足元の問題として、悪質な不当解雇であっても、十分な補償金も得られないケースがあるという現状は、持続可能で健全な経済社会の構築という観点から、われわれも看過することはできない

 解雇無効時の金銭救済制度は、解決金を支払わないような低生産性企業等を市場から退出させ、産業・企業の新陳代謝を促進させることにもつながる。

 経営者団体たる経済同友会が、ブラック企業の経営姿勢を看過できないと批判しています。連合やその周辺が労働者の味方を標榜するのなら、せめて下限の基準明確化くらいは言及したらどうでしょうか。それとも、自分たちのビジネスに繋がらなければ、労働者が解決金ゼロに至っても放置という理念やスタンスなのでしょうか。

 筆者には、そういう理念やスタンスの持ち主が労働者のためになっているとはとても思えませんね。