- はじめに
- 一言でいうと、高プロとはどんな制度か
- そもそも残業代とは何か
- 高プロを残業代ゼロとする表現は間違っている
- 労働時間管理という概念をちゃんと理解しよう
- 高プロには長時間労働に至る素地が存在しない
- 自ら率先して睡眠時間を削る千日回峰行とは違う
- 結局はダラダラ残業パラダイスに安住したいだけ
- 高プロによって割を食わない労働者まで反対すると、墓穴を掘ることになる
- まとめ
はじめに
高度プロフェッショナル制度(高プロ)でまさかこんなになるとは筆者は予想もしていませんでした。なんと、労働組合のナショナルセンターである連合前に、連合の高プロ容認に反対する人たちのデモがありました。しかし、この人たちは高プロの内容をちゃんと理解して抗議活動をしているのでしょうか。
一言でいうと、高プロとはどんな制度か
高プロを一言で表現すると、生産性(成果)に見合わず給与が過払いの状態になっている高給取りに、自身の生産性に見合った給与を受け取ってもらうという制度と言うことができます。賃金形態の変更であって長時間労働とは全く関係ありません。高プロを長時間労働や過労死と結びつけて論点をすり替える人たちは、給料過払いのダラダラ残業パラダイスに安住したいだけです。高プロに「残業代ゼロ」という誤った印象を敢えて付すことからも類推できます。高プロと残業代ゼロとを関連付けることは、法律的に言って間違っています。
そもそも残業代とは何か
「残業代ゼロ」と言うのなら、そもそも残業代とは何かについて理解する必要があります。法律的に残業代は、時間外・休日労働の割増賃金のことを意味します。では、労働基準法上、何が時間外で何が休日なのでしょうか。
時間外とは
そもそも時間外の「外」とは、何の「外」のことなのでしょうか。次の条文をご覧ください。
労働基準法32条
使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。
2 使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。
このように、労働基準法は、週40時間・1日8時間の法定労働時間を定めています。法定労働時間を超える労働を時間外労働といいます。つまり、時間外の「外」は、法定労働時間の「外」という意味です。例えば、1日9時間労働した場合、1時間分が時間外労働です。1週間で言うと、週トータルで見て44時間労働した場合、4時間分が時間外労働となります。
労働基準法37条の規定によって、時間外労働をした場合、少なくとも25%増しの割増賃金が支払われなければならないことになっています。この割増賃金のことを俗に残業代と言います。
休日とは
労働基準法の言うところの休日は、必ずしも日曜日とは限りません。では、労働基準法の言う休日とはいったい何のことでしょうか。そこで、次の条文をご覧ください。
労働基準法35条
使用者は、労働者に対して、毎週少くとも一回の休日を与えなければならない。
2 前項の規定は、四週間を通じ四日以上の休日を与える使用者については適用しない。
このように、労働基準法35条第1項の規定により、使用者は少なくとも週一回の休日を与えなければならないことになっています。これを法定休日といいます。しかし、毎週規則正しく週一日の法定休日を与えなければならないかというとそうではなくて、同条第2項の規定により、4週間で4日以上であればOKとされています。これを変形休日制といいます。いずれにせよ、平均して週1日以上の休日を与えなければならないことには変わりありません。
法定休日における労働を休日労働といいます。休日労働をした場合、労働基準法37条の規定により、少なくとも35%増しの割増賃金が支払われなければならないことになっています。この場合の割増賃金も、俗にいう残業代の一種です。
高プロを残業代ゼロとする表現は間違っている
時間外労働や休日労働は、その労働者が労働時間管理の対象となっていることが前提となります。逆に言うと、労働時間管理の対象となっているからこそ、法定労働時間や法定休日というのが存在するのです。
一方、高プロは、労働者を労働時間管理の対象から外すという制度です。したがって、法定労働時間や法定休日という概念がそもそもありません。これに伴い、残業という概念もありません。残業という概念がなければ残業代という概念もありません。
残業代ゼロというのは、残業という概念が存在するにもかかわらず残業代が支払われない、いわゆる賃金不払い残業を意味します。したがって、高プロを残業代ゼロと表現するのは間違いで、高プロには残業という概念がそもそも存在しないというのが正しい法解釈です。
労働時間管理という概念をちゃんと理解しよう
皆さんが、始業時刻9:00、休憩時間12:00~13:00、終業時刻18:00(所定労働時間8時間)という会社に勤めているとします。ここで、もし、私用のため16:00に退勤したらどうなるでしょうか?ここでは簡単のため、年次有給休暇を行使しないと仮定します。
16:00に退勤するということは、その日は、1日6時間しか働いていないということです。1日6時間というのは、所定労働時間8時間に比して、2時間少ない労働時間です。労働時間管理の対象ということは、労働時間に応じて賃金が支払われていることを同時に意味します。したがって、早退した日に、所定労働時間8時間に到達できなかった2時間分は給与から差っ引かれることになります。これをノーワーク・ノーペイの原則といいます。
一方、同じ会社に勤める高プロの対象者が、皆と同じく9:00に出勤して、16:00に退勤したらどうなるでしょうか?この場合は、例えその日の労働時間が6時間でも賃金は減りません。なぜなら、労働時間に応じて賃金が支払われていないからです。
高プロには長時間労働に至る素地が存在しない
時間外勤務命令について考える
これだけ長時間労働の問題が声高に言われながら、過労による健康障害の事例が後を絶たないのは、使用者によって長時間にわたる時間外勤務命令(黙示のものも含む)が発令されているからです。使用者による明示的な時間外勤務命令を拒否したことに基づく解雇を有効とした裁判例も存在します。労働時間管理を基調とし、命令に逆らえないような職場風土の方がはるかに問題なのです。
一方、高プロの場合、業務遂行の手段や労働時間管理が全て労働者の裁量に委ねられています。完全裁量労働制と言い換えることもできるでしょう。このような場合、使用者は高プロの対象者に時間外勤務命令を発令することはできません。
対象業務について考える
そもそも、高プロの対象業務として想定されるのは、研究開発職などの業務に就いている人たちです。したがって、労働時間に応じて成果を生み出すことのできる工場労働者や定型業務を行う人たちの業務まで対象にはなっていません。
一方、研究開発職に代表されるように、高プロ対象業務においては、自らが発出したアイディアや企画が即利益に結びつくとは限りません。したがって、そのような業務に就いている労働者を、労働時間管理の対象から外し、成果に基づいた報酬体系にしようとしているだけです。
ここで、イメージを膨らませるために大学などの研究機関に目を転じてみましょう。これらの研究機関に属する研究者に残業代が出るという話は聞いたことがありません。なぜなら、そもそも労働時間管理に適さないからです。理論物理学者が頭の中で考えている時間全てを労働時間管理の対象とみなせと言われてもそれは無理でしょう。
理論物理学者とまではいかなくとも、近年は企業においても仕事内容が高度化しクリエイティビティが発揮される職種が多くなったため、従来の時間軸に比例した報酬体系がそぐわなくなってきているのです。
自ら率先して睡眠時間を削る千日回峰行とは違う
長時間労働と健康障害との因果関係のうち、最大の要因として挙げられるのは、睡眠不足です。これは、医学的見地からも明らかになっています。
ところで、比叡山延暦寺の修行に、千日回峰行というものがあります。この修行の中で、最も過酷とされるのが、9日間、断食、断水、不眠、不臥で比叡山中の明王堂にこもるという「堂入り」という修行です。
このように、仏教のなにがしか高尚な修行をしているのであれば話は別ですが、時間管理を自らの裁量に委ねられている労働者が、仕事上の理由で、率先して睡眠時間を取らないことがあり得るでしょうか。万が一そのようなことがあるとするならば、その人は、労働時間の管理体制が杜撰と見なされ、少なくとも高プロの対象者にはならないはずです。
結局はダラダラ残業パラダイスに安住したいだけ
高プロに反対している人は自らが置かれている賃金体系がどのようなものかちゃんと理解した上で反対しているのでしょうか。高プロで一番割を食うのは、年功序列賃金制のもとで、自身の労働生産性以上の給与を受け取っている人、すなわち給与が過払いの状態になっている人たちです。
年功序列賃金制のもとでは、生産性カーブと賃金カーブとが一致しません。両曲線の交点に位置する損益分岐点より高年齢側に属する労働者(中高年労働者)は、自身の生産性以上の賃金を受け取っています。そもそも、年功序列賃金制は、労働時間に応じて賃金が支払われることを前提としているため、これら、中高年労働者にとっては、労働投入をすればするほどお得になるという賃金体系になっているのです。この状態を中高年ダラダラ残業パラダイスと定義します。
もし、高プロが導入され、脱時間給となり成果に応じて賃金が支払われるようになると、中高年ダラダラ残業パラダイスが崩壊します。なぜなら、過大に歪められた賃金カーブが再構築され、生産性カーブと一致するように引き直されるからです。ここで、年功序列賃金における生産性カーブと賃金カーブの模式図を示します。
高プロによって割を食わない労働者まで反対すると、墓穴を掘ることになる
したがって、生産性相応分あるいはそれ以下の賃金しか受け取っていない労働者までもが無為にこれに反対すると墓穴を掘ることになります。以下具体的に考えてみましょう。
若年労働者の場合
高プロの導入によってもっとも福音がもたらされるのは、年功序列賃金制のもとで働く若年労働者です。
ここで、損益分岐点より若年側の年齢層に属する労働者を若年労働者と定義します。先ほどの、賃金カーブと、生産性カーブに目を転じてみてください(上図参照)。年功序列賃金のもとで若年労働者は、自身の生産性より低い賃金しか受け取っていません。高プロが導入されずに、相変わらず労働時間管理を基調とした年功序列賃金制が温存されたらどうなるでしょうか。当然のことながら、お得な賃金体系の下で中高年労働者のダラダラ残業が横行することになります。
しかし、人件費の総量は毎年決まっています。中高年の生産性以上の給与の過払い分をどこかから調達してこなければなりません。そのうち、一番ターゲットとされるのが、自身の生産性より低い賃金しか受け取っていない若年労働者です。したがって、中高年がダラダラと残業すればするほど、その過払い分を調達するために、若年労働者は長時間過密労働に陥るような仕組みになっているのです。すなわち、年功序列賃金は、中高年も若年層も長時間労働に陥りやすい性質を持っているのです。
下の図は、日本銀行の推計による、大企業製造業における生産性カーブと賃金カーブの結果です。
中小企業労働者の場合
上記に述べたのは、年功序列賃金の賃金カーブの歪みが顕著な大企業の場合です。では、中小企業の場合はどうでしょうか?
日本銀行の推計によると、中小企業製造業の場合は、賃金カーブの歪みが大企業ほど顕著ではなく、生産性カーブにほぼ重なることがわかっています。
中小企業の場合、中高年労働者に過払い給与がほとんど生じないため、若年労働者から過払い分の原資を調達する理由も存在しません。したがって、中小企業労働者が高プロに反対する理由はないのです。
非正規労働者の場合
非正規労働者は、年功序列賃金とは全く無縁の存在です。年齢にかかわりなく、常に生産性カーブが賃金カーブを上回るように設定されています。つまり、非正規労働者の場合、自身の生産性よりも常に低い賃金しか受け取っていません。成果に応じて賃金が支払われた方が非正規労働者にとっても好都合なのではないでしょうか。
年収要件緩和について
高プロに反対している人たちの中に、1075万円という年収要件が緩和されるのではないかと懸念を示す人たちがいます。確かに、給料が過払い状態になっている人たちにとっては、懸念材料の一つになり得るでしょう。そこで、実際に年収要件が緩和された場合にどうなるかについて考えます。ただし、成果に応じて賃金が支払われるべき高プロの対象業務に就いていることを前提とします。
仮に、損益分岐点に属する人の給与が年収700万円として、年収700万円まで高プロの年収要件が緩和されたとします。このときは、年功序列賃金制のもとで手厚く保護されてきた全ての労働者の賃金過払いの状態が解消されます。言い換えると、中高年労働者の生産性カーブと賃金カーブがぴったりと重なることになり、成果型報酬が実現します。これに伴い、企業は、中高年の過払い給与の原資調達から解放されることになります。したがって、若年労働者にも生産性相応分の給与が支払われることになり、世代全体を通して完全成果型報酬が実現します。ちょうど、賃金カーブにそれほどの歪みがない中小企業と同じように、大企業においても、年齢にかかわりなく成果に応じた給与が支払われることに繋がります。
まとめ
皆さんは、高度プロフェッショナルと聞いて、最初に誰を頭に思い浮かべるでしょうか?筆者は、高度プロフェッショナルと聞いて、まず「イチロー」を頭に思い浮かべます。皆さんご存知の通り、イチローは米大リーグチーム「マーリンズ」に所属するメジャーリーガーです。すかさずこういう反論が返ってきそうです。「イチローは労働者じゃないだろ」と。
米国で、日本の労働基準法に当たるのが、連邦労働法 (公正労働基準法)と呼ばれるものです。連邦労働法のもとでは、メジャーリーガーは労働者とされています。労災も適用されます。皆さん意外だと思いませんか?あれだけ自己責任が徹底された米国のほうが、野球選手に関しては、日本よりもセーフティーネットが行き届いています。しかし、メジャーリーガーが労働時間に応じてではなく成果に応じて報酬が支払われていることはよく知られている通りです。
イチローが、練習時間に応じて報酬を支払えと言うでしょうか?あるいは、チームの在籍期間に応じて報酬を支払えと言うでしょうか?イチローには、打率・打点などの成績やチームへの貢献度などあくまでも成果に応じて報酬が支払われています。
世論調査機関の中央調査社は7月21日、人気スポーツに関する全国調査結果を発表しました。「最も好きなスポーツ選手」は、昨年米大リーグ通算3000安打を達成したマーリンズのイチローが2年連続で1位となりました(参照元:『時事通信』)。 ひたすら成果を出し続けようと常にひたむきなイチローの姿が多くの人々に愛され、「最も好きなスポーツ選手」に2年連続で選ばれるに至っているのではないでしょうか。