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働くルールを理解してこれからの働き方について考えよう!

出川哲朗の水素を充填させてもらえませんか?という番組は作れない

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はじめに

 風の立場に立ってものを考えてもらいたいですね。

 トヨタ自動車などは12日、横浜市の風力発電所で起こした電気で水を分解して水素を製造する実証事業を、13日から本格的に始めると発表(参照元:『時事通信』)。 

提灯記事とは

 マスコミ用語に「提灯記事」という言葉があります。ウィキペディアでは次のように解説されています。 

 提灯記事(ちょうちんきじ)とは、取材や批評の対象である団体・企業・商品或いは個人の意図を汲み取り、持ち上げるために書かれた雑誌・新聞などの記事に対する呼称。 

水蒸気改質とは

 トヨタが水を電気分解して水素を得ようとしているのは、燃料電池車の燃料に必要だからです。

 一般的に、工業的に水素を得る方法としては、水蒸気改質という方法があります。これは、炭化水素を高温下で、水蒸気と接触反応を起こさせ、一酸化炭素と水素に分解する方法です。しかし、不随反応として、生成した一酸化炭素が水蒸気と反応し、二酸化炭素と水素が生成します。結局のところ、水素を得るのに、温室効果ガスの二酸化炭素が生成されてしまうため、エコカーの燃料を生成する方法としては本末転倒です。

Well to Wheel (W to W)とは

 確かに、燃料電池車は、燃料の水素を燃料電池セルで酸素と反応させて発生した電気を動力とするため、走行中は温室効果ガスである二酸化炭素を発生しません。しかし、あくまでこれは走行中での話です。

 真の環境性能を推し量るには、燃料(水素)を得る段階(Well)から走行(Wheel)までの全過程を考慮に入れなければなりません。Well to Wheel (W to W)とは、化石燃料を吸い上げてから車輪を動かすためのCO2排出量はいったいどのくらいかを推し量る概念です。 

燃料電池車には無駄が多い

 燃料電池車は燃費性能において電気自動車に劣ると言われています。なぜこのようなことになるのでしょう。それは、燃料の水素を扱うのに無駄が多すぎるからです。

 まず、オフサイト型で水素を生成し車の車輪を回すまでには、

  1. 水素生成工場で水素を生成
  2. 水素運搬車に水素を充填
  3. 水素ステーションまで水素を運搬
  4. 水素ステーションへ水素を充填
  5. 燃料電池車水素タンクへ水素を充填
  6. 燃料電池車の燃料電池セルで発電
  7. 得られた電気を動力にモーター回転

の工程が必要です。

 一方、電気自動車の場合、

  1. 2次電池に電気を充電
  2. 得られた電気を動力にモーター回転

です。

 また、現在全国に、水素ステーションはほとんど存在しません。そのため、水素インフラ整備のために、莫大な建設資材と資金が必要です。既存インフラで十分対応可能な電気自動車に比べれば、これらも無駄なエネルギーです。

「出川哲朗の水素を充填させてもらえませんか?」という番組は作れない

 皆さんは、「出川哲朗の充電させてもらえませんか?」(テレビ東京)という番組はご存知でしょうか。この番組は、出川哲朗らが電動バイクに乗って行く先々で人々に声を掛けながらバッテリー充電をお願いし、目的地を目指すという旅番組です。民家・店舗・飲食店・博物館などありとあらゆるところに声かけをし、充電させてもらっているようです。

 もし、燃料電池バイクを用いて番組を制作したらどうなるでしょうか。おそらく、初回から、出川が「ヤバイよ!ヤバイよ!」と言って、すぐに根を上げてしまうでしょう。なぜなら水素を充填するところなど、殆どどこにも存在しないからです。

電気で水素を得るのは本末転倒

 先述の通り、工業的に水素を得るには、結局化石燃料を由来とし、そして二酸化炭素が発生してしまいます。二酸化炭素を発生させずに水素を得る方法として、水を電気分解する方法があります。皆さんも、中学校の理科の実験でやりましたよね。しかし、燃料電池車の燃料としての水素を得る方法としては、これは最悪の方法です。なぜなら、水素を得るのに直接、電気を使っているからです。その電気を直接、電気自動車に充電したほうが、はるかに効率が良いのです。こんなこと、専門家でなくとも素人でもわかりますよね。一生懸命体を張って電気を生み出した、風の立場に立って考えましょう。

温室効果ガス低減コストに着目したスタンフォード大学らの研究成果

 もちろん専門家によるちゃんとした研究もあります。2016年11月、スタンフォード大学とミュンヘン工科大学らの共同研究チームが、ある研究成果を学術誌「Energy」に公表しました。この研究成果によって、電気自動車の優位性が決定的になりました。

japanese.engadget.com

 研究成果によると、あらゆる観点から見て、電気自動車(EV)を選択した方が燃料電池車よりもクルマから排出される温室効果ガスを低コストで削減できることが明らかになりました。また、燃料電池車は電気自動車に比べて2倍の電気エネルギーが必要といいます。この論文が公表されたのを知ってか知らずしてか、ちょうど同じ月にトヨタがあれだけ避けてきた電気自動車の開発にも乗り出すと発表しました。 

www.mesoscopical.com

皆さんはケータイやスマホに水素を用いたいですか?

 皆さんは、ケータイやスマホの充電にコンセントやUSB電源を用いますよね。これを燃料電池式に置き換えたらどうなるかについて考えてみます。

 このときは、水素が充填されたカートリッジが必要となります。そして、カートリッジの水素が切れたら、ちょうど、カセットガスコンロ用のガスボンベと同じように、いちいち購入しに行かなければならないことになります。いちいち買いに行くのが面倒くさいということならば、自分で水素を生成しなければなりません。そのときは、結局、電気エネルギーを使って水を電気分解しなければならないことになります。そして、発生した水素をカートリッジに充填することになります。しかし、ケータイやスマホを使用するために、誰がこんな面倒くさいことをするでしょうか。

 燃料電池車は、上記のプロセスを、非常に大掛かりにしたようなものなのです。

まとめ

 日本では、東京オリンピック(1964年)を契機として、高速道路が拡張され、各地で一般道路も舗装化され、ガソリンスタンドが普及していきました。

 2020年、オリンピックが再び東京で開催されることになりました。しかし、もはや大規模なインフラ整備を必要とする第2のモータリゼーションはもう起きません。既存インフラを有効活用し、なるべく低コストで温室効果ガスを削減することこそ真のエコなのではないでしょうか。

 世の趨勢も顧みず、高度経済成長期の成功体験にしがみつき、自分たちの都合で世の中を改変させていこうとするのは驕り高ぶりです。 それはもはや、エコどころかエゴと言うべきに他ならないのです。