はじめに
高プロについて詳しくは、下記記事を参照ください。
年功序列賃金を理解すれば高プロの本質が見えてくる
年功序列賃金とは
仕事をすることによって、何らかの付加価値(成果)が生み出されますが、付加価値を労働投入量で割ったものが労働生産性です。労働投入量は、労働者一人当たりで見た場合、労働時間に一致します。年齢を横軸にして労働生産性をプロットしたものが生産性カーブです。生産性カーブは、ある年齢でピークを示し、次のような形となります。
一方、年齢を横軸にして賃金をプロットしたものが賃金カーブです。例えばこんな感じです。
もし、成果に応じて賃金が支払われていれば、次のように生産性カーブと賃金カーブはぴったり重なるはずです。
しかし、年功序列賃金制では、賃金カーブが歪んでいるため両者は重なりません。両者の関係は次のようになっています。
上の図を見ると、若年労働者は、生産性を下回る賃金しか受け取っていません。一方、中高年労働者は生産性を上回る賃金を受け取っています。そして、中高年労働者の過払い分の給料は、若年労働者の労働生産性と賃金との差分を原資としています。これが年功序列賃金の本質です。
年功序列賃金制とは、勤続年数に応じて賃金が上昇していく制度ではないのです。(実際に、賃金カーブは、上に凸の曲線になっています。)この事実を踏まえると、高プロの本質が見えてきます。
もし高プロが導入されたら
CASE1:高プロ対象者が年間1075万円未満の付加価値しか生み出さなかった場合
高プロ対象者には、1075万円以上という年収要件が課されています。そこで、年収1200万円の労働者Aを考えます。もし、Aが高プロの対象業務に従事していれば、高プロに組み込まれる可能性があります。このときAは、労働時間管理の対象から外され、完全裁量労働に移行します。1年経過し、Aが生み出した付加価値が生産性のみから勘案して年収1000万円相当だったとします。このとき、成果で報酬が支払われる仕組みなので、1000万円を超える給料は支払われません。したがって、年収1075万円を下回り、高プロの対象から外され、再び労働時間管理の対象となります。しかし、だらだらと生活残業を再開すれば、年収が1075万円以上になり、再び高プロの対象になります。
CASE2:高プロ対象者が年間1075万円以上の付加価値を生み出した場合
この場合は、野球の選手と同じく完全成果型報酬の世界になります。野球の選手は、練習時間にかかわらず、チームへの貢献度などによって報酬が決定されます。したがって、高プロ対象者も、会社への貢献度によって、労働時間にかかわりなく、報酬が上下します。
CASE1とCASE2に共通して言えること
CASE1とCASE2において言えることは次の通りです。
- 高プロ対象者である限り、生産性を上回る賃金を受け取ることはできないこと
- どれだけだらだらと生活残業をしても、年収1075万円以上にはならないこと
上記2つの意味するところは、これまで、どれだけ年功序列賃金によって手厚い保護を受けてきた労働者であっても、労働時間管理の対象となり生産性以上の賃金を受け取れるのは、年収1075万円までということです(但し、高プロ対象業務に就いている場合)。
もっとも、これは、自身の生産性より多くの賃金を受け取っている中高年労働者のみに言えることです。損益分岐点(40歳くらい)より低い年齢層に属する若年労働者は、年功序列賃金のもとでは、自身の生産性より低い賃金しか受け取っていないため、上記のことは全く当てはまりません。
年功序列賃金制では長時間労働に陥る
逆に高プロが導入されず、年功序列賃金制のもとでどうなるか考えてみましょう。このときは、労働時間に応じて賃金が支払われるため、中高年による生活残業というモラルハザードが横行するでしょう。
しかし、人件費の総量は決まっています。したがって、中高年の生活残業が横行すればするほど、それだけ多くの過払い分の原資をどこかから調達しなければなりません。もちろん、調達先としては、賃金に比べて労働生産性の高い若年労働者がターゲットとされます。すなわち、年功序列賃金制の場合、中高年が早く帰らない限り、若年労働者も残業を強いられ、こき使われる羽目に陥るのです。
年齢構成のバランスが崩れるとどうなるのか
このように、年功序列賃金制は、長時間労働に陥りやすい構造的要因を本質的に有しています。それに加え、企業の年齢構成バランスが崩れると、さらに事態を悪化させます。
総務省の試算によると、今後、生産年齢人口比率が低下の一途を辿ることが予想されています。
(出所:総務省『日本の人口推移』)
当然のことながら、企業には若い労働者が入ってこなくなります。この事態に目を背け続け、年功序列賃金制を維持しようとすると、1人の若年労働者が支えるべき中高年労働者の数が上昇し続けることに繋がります。すなわち、年功序列賃金制のもとでは、従業員の平均年齢が高くなればなるほど、若年労働者に対する負担が大きくなるのです。
年功序列賃金の黄金則
年功序列賃金の黄金則
中高年労働者の賃金過払い分の原資=Σ(若年労働者の労働生産性―若年労働者の賃金)×若年労働者の労働時間
ここで、労働生産性>賃金である労働者を若年労働者、労働生産性≦賃金である労働者を中高年労働者と定義します。ここでいう賃金とは、労働生産性と単位を揃えないといけないので、時間当たりの賃金単価を意味します。記号Σは若年労働者に対し総和を取るという意味です。また、労働生産性=賃金となる年齢を損益分岐点と定義します。
日本銀行は、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」と経済産業省「企業活動基本調査」から、製造大企業の損益分岐点を40歳前後と試算しています(下図参照)。
左辺を最大化するには、上式より次の3つの方法が考えられます。
- 若年労働者の労働生産性を高める。☞若年労働者をこき使う。
- 若年労働者の賃金を下げる。
- 若年労働者の労働時間を長くする。☞長時間労働
今後の人口動態の変化によって、中高年労働者>>若年労働者となれば、左辺が肥大化し、若年労働者は大きな負担を強いられることになります。このとき、上記3つの方法がより強化されるのは明らかです。このように、年功序列賃金制は、若年労働者が低賃金でこき使われ、長時間労働に陥りやすい元凶だったのです。したがって、日本社会において長時間労働の体質を根本から改めるには、年功序列賃金制を撤廃するしかないのです。
年功序列賃金はいつ回収できるかもしれぬ制度
年功序列賃金を破綻から回避するためには、損益分岐点を後ろにずらして調整することも考えられます。これは、損益分岐点を高年齢側にシフトさせ、若年労働者:中高年労働者=1:1とするためです。必然的に、賃金カーブを変形させることが伴います。
すなわち、若い人たちが「今さえ我慢すれば…」と思っても、今度はいつ自分たちが生産性以上の賃金を受け取れる日が訪れるか予測が付きません。今は、損益分岐点が40歳位前後ですが、いずれ50歳前後まで後にずらされるかもしれません。詳細は、下記記事を参照ください。
まとめ
朝日新聞の社説などは、高プロは長時間労働の温床になるという誤った言説を唱えています。であるならば、労働時間管理の下で過労死が続出している現状はいったいどのように説明するのでしょうか。むしろ、終身雇用の名のもとに使用者による無限定の人事権を容認し、労働時間管理において、個人の裁量の余地がほとんど残されていないことの方が余程問題なのではないでしょうか。
中高年のダラダラ残業、中高年の過払い賃金の原資調達のために若年労働者をこき使うこと、これらは長時間労働の温床です。すなわち、終身雇用・年功序列賃金を無くさない限り、日本は長時間労働の体質から抜け出すことができません。
一流の野球選手やサッカー選手であれば、体を壊すほどの練習はしません。また、うつ病になるくらい長時間に及ぶ練習もしません。体調管理も含めて、最高のパフォーマンスを出せる選手こそ、高度プロフェッショナルなのです。