はじめに
まず、次のような問いを考えてみます。
なぜ年功序列賃金制の下では若者がこき使われ、中高年にソリティア上司が蔓延るのか?
この問いの答えを探るには、まず年功序列賃金制の本質を理解する必要があります。皆さんは、年功序列賃金制のことを「勤続年数に応じてエスカレーター式に賃金が上昇していく制度」だと思っていませんか。しかしながらこれは事実と異なります。ここに年功序列賃金制の本質が隠されているのです。
年功序列賃金制の本質とは
本来、賃金というものは、会社にどれだけ貢献したかに応じて支払われるべきものです。
- 会社に500万円の付加価値をもたらしたのに、300万円の賃金しかもらっていない
- 会社に500万円の付加価値しかもたらしていないのに、700万円の賃金をもらっている
もし、こんなことが罷り通っていたら、不合理だと思いませんか。しかし、日本では、この不合理が堂々と罷り通っています。それが、年功序列賃金制と言う賃金制度です。以下、もう少し詳しく説明します。
生産性カーブについて
「会社にどれだけ貢献したか」を表す指標に労働生産性があります。労働生産性とは、労働によってもたらされた付加価値を労働投入量で割ったものです。労働者の年齢を横軸として、労働生産性を描いた曲線のことを生産性カーブといいます。一般的に労働生産性は、ある年齢まで上昇し、ピークに達したら、以降単調に低下していきます。つまり、生産性カーブは下図のような曲線を描きます。
賃金カーブについて
労働者の年齢を横軸として、賃金を描いた曲線を賃金カーブといいます。皆さんは、年功序列賃金制のもとでは、勤続年数に応じて単調に賃金が上昇していき、退職時にピークに達すると思っていませんか。しかし、実際にはそうなりません。
賃金カーブも生産性カーブと同様、ある年齢まで上昇し、ピークに達したら、以降単調に低下していきます。つまり、下図のような曲線を描きます。
生産性カーブと賃金カーブとの関係について
生産性カーブと賃金カーブとがぴったりと重なれば、どの年齢においても過不足なく賃金が支払われていることを意味するため、互いに不合理は生じません。これを成果型報酬といいます。例えばこんな感じです。
しかし、大企業を中心として多くの企業で採用される年功序列賃金制では、わざわざ賃金カーブを変形させ、両者に過不足が生じるように意図的な操作がなされています。例えばこんな感じです。
上図で、2つの曲線が交わる点を、損益分岐点といいます。損益分岐点においては、ちょうど、生産性に応じて賃金が支払われています。しかし、損益分岐点より若い年齢に属する労働者(以下、若年労働者という。)は、自身の生産性より低い賃金しかもらっていません。一方、損益分岐点より高年齢側に属する労働者(以下、中高年労働者という。)は、自身の生産性よりも高い賃金が支払われています。言わば、賃金において過払いの状態が発生していると言えるでしょう。
では、中高年労働者の過払い分の賃金は、いったいどこから調達したのでしょうか。中高年の過払い分は、現在の若年労働者の生産性と賃金との差分から調達しています。わかりやすく言うと、現在の中高年ローパーおじさんが悠然とソリティアをやっていられるのは、現在の若年労働者が賃金以上の生産性をはじき出しているからなのです。これが年功序列賃金制の本質です。つまり、年功序列賃金は、勤続年数に正比例して賃金が上昇していくことでも何でもありません。
賃金から生産性を引いたものが勤続年数に応じて単調増加することだったのです。
標題の問いについて考えてみる
ここまで考察すれば、標題の問いに対する答えが見えてきます。
若者に着目して考える
まず、前半の問いの「なぜ若者がこき使われるか」について考えます。
生産性カーブと賃金カーブとの乖離を推定する場合、生涯の付加価値総額と生涯賃金とが等しくなるように規格化してから比較検討がなされなければなりません。しかしながら、これはあくまでも、一人の労働者に着目した場合です。
先述の通り、年功序列賃金制のもとでは、現在の中高年労働者の高賃金を現在の若年労働者の低賃金で調整しています。では、もし、中高年労働者の年齢構成比率が半数を上回ったらどうなるでしょうか。この場合、年功序列賃金が維持できず破綻してしまいます。したがって、このときは、若年労働者の生産性と賃金との差分をさらに広げるしかありません。
これが、若者がこき使われる最大の要因です(*下図参照)。
中高年に着目して考える
次に、後半の問いの、「なぜ、年功序列賃金の下では、中高年にソリティア上司が蔓延るのか?」について考えます。
先述の通り、中高年の高額な賃金は、若年労働者をこき使い賃金を過少に支払うことで成立しています。しかし、若年労働者不足により、中高年労働者に過払いされている賃金を補うことができなかったら、中高年労働者の賃金水準を下げざるを得なくなります。その結果、やる気を失った中高年労働者が、自身の生産性を低調に操作した結果発生したのが、いわゆるローパーおじさん・ソリティア上司なのです(*下図参照)。
若者・中高年双方に着目して考える
これまでは、賃金や生産性、すなわち縦軸に着目して論じてきましたが、横軸すなわち年齢に着目して論じることもできます。企業内のアンバランスな年齢構成の下で、それでもなお年功序列賃金制を維持するためには、賃金カーブを横軸(正方向)に沿って、平行移動させてしまうことも考えられます。言い換えると、損益分岐点を高年齢側にシフトさせるというやり方です。若者にとって、この改変が最も影響を受けると思います。
将来受益者となるべき若年労働者は、この改変によって、回収できる時期が遅れるだけでなく、負担が増え、回収できる分も減ります(*下図参照)。
生産年齢人口比率の低下によって、若年労働者の流入があまり見込めなければ、若年労働者と中高年労働者の比率が等しくなるよう、損益分岐点を高年齢側にシフトさせることは今後避けられないでしょう。
まとめ
以上より、年功序列賃金制とは、若年労働者が、やる気のないおじさんに囲まれながら、低賃金で散々こき使われ、なおかつ、その負担分を将来いつ回収できるかがわからない賃金制度を意味します。
一方、成果型報酬では、どの世代においても労働生産性(成果)に応じて賃金が支払われるため、互いに過不足が生じません。
下の図は、日本銀行が、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」と経済産業省「企業活動基本調査」から、実証分析をおこない、生産性と賃金との関係をグラフ化したものです。
大企業製造業の場合
中堅・中小企業の製造業の場合
成果型報酬であれば、年齢構成如何に関わらず両曲線は一致しますが、年功序列賃金制では年齢構成の変化に呼応して賃金曲線を変形せざるを得なくなります。少子高齢化の進展によって、年功序列賃金制は持続可能性に乏しく、いずれ破綻することになるでしょう。
若者がこき使われたり、中高年がソリティアに邁進することを回避するためには、年功序列賃金制を早く改めて、成果型報酬を導入するより他に手立てはないのです。