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電通違法残業事件:幹部が起訴されていたら何%の確率で有罪となっていたか

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はじめに

 電通の違法残業事件で、東京地検が労働基準法違反の罪で法人としての電通を略式起訴しました。一方、東京労働局から書類送検されていた幹部らについては、東京地検は起訴猶予の処分を下しました。今後の最大の焦点は、東京地検からの略式起訴を受け東京簡裁が「略式不相当」の判断を下すか否かです。仮に、簡裁が「略式不相当」とした場合、通常の公開形式による裁判が開かれることになり、電通の山本社長は、法人の代表者として、裁判に出廷しなければならないことになります。

幹部が起訴猶予となったことについて考える

 毎日新聞は、検察官の話も交えながら、電通幹部が不起訴処分になったことについて、次のように解説しています。 

■解説

個人の責任追及に限界

 電通の違法残業事件で、検察は同社幹部ら個人は起訴猶予とした。

(中略)

 検察幹部は「日本の労働環境を考えると、責めを負うのは個人ではなく、違法残業を許容している企業風土であるべきだ」と言う。

(中略)

 そうした中、上司や役員の刑事責任を問うには「部下に違法なことをさせている」という認識の立証が必要となる。日本では多くの企業で長時間残業が常態化しており、電通役員らにも違法性の認識は薄かったとみられる。個人の責任追及には元々限界があった。だが、刑事事件としては軽微な形で決着したとはいえ、長時間労働を前提とする企業風土は改善を強く迫られている

 行政や企業は、社員が死を選ぶような労働現場を許さないという決意を共有すべきだ。

(出典:『毎日新聞』2017.07.06

もし幹部が起訴されていたら?

 刑事訴訟法において推定無罪の原則と言うものがあります。これは、検察官が被告人の有罪を証明しない限り、裁判において無罪判決が下されるというものです。一方、被告人は自分が無罪であることの証明を要しません。すなわち、推定無罪の原則は、刑事裁判における立証責任の所在が検察官にあることを示しています。そのため、裁判で無罪となる可能性が少しでも残されていれば、就業規則などにおける懲戒事由に該当しないため、懲戒解雇はできません。もう少し遡って書類送検段階でも同じことが言えます。

 電通事件のように、個人を書類送検したとしても、検察が起訴するとは限りません。検察が起訴をしなければ、被疑者の有罪率は0%です。したがって、書類送検段階でも、就業規則上の懲戒事由には該当せず、従業員を懲戒解雇できません。

 従業員を懲戒解雇できるのは、裁判で従業員の有罪が確定した時のみです。したがって、今回の不起訴処分によって、少なくとも高橋まつりさんの上司の懲戒解雇の可能性は0になりました。では、もし、幹部が起訴をされていた場合はどのようになっていたでしょうか?

労働基準関係諸法令違反の罪で検察が起訴した場合の有罪率について

 平成17年~26年の10年間に労働基準関係諸法令違反の罪で、検察が起訴(略式起訴含む)したのは、8243人です。労働基準関係諸法令とは、労働基準法・最低賃金法・労働安全衛生法など労働基準監督官が取り扱う法律のことです。

 有罪・無罪の内訳は次の通りです(出所:厚生労働省労働基準局『平成26年労働基準監督年報』)。

  • 有罪:8239人
  • 無罪:4人

 以上より、有罪率は99.95%です。したがって、もし、検察が起訴をしていたら、99.95%の確率で有罪となるはずだったのです。

やはり個人追求の壁は厚かったのか?

 これだけ高確率の有罪率となると、検察が起訴に踏み切るには相当の裏付けが必要になります。検察は、上司が部下に対してしたことの違法性の認識に乏しかったため起訴猶予としたとしています。これは、上司が違法性を認識していて、それを部下に対してあからさまに強制しない限り、個人としての刑事責任を追及できないことを意味しています。

 毎日新聞は、検察幹部の話として、「日本の労働環境を考えると、責めを負うのは個人ではなく、違法残業を許容している企業風土であるべきだ」と報じています。であれば、長時間労働の解決への近道は、「部下に違法残業を行わせたとき、上司個人としての刑事責任が追及されるように企業風土を変えていくこと」だと筆者は考えます。以下、この点について考えます。

企業風土を変えるには

 企業風土を変え、上司に違法性を認識させるにはどのようにしたらよいでしょうか。

残業は基本的に禁止すべき

 特段の事情がない限り残業は基本的に禁止にすべきと考えます。どうしても定時終業時刻に仕事が終わりそうになければ、定時間際に上司に書面やオンライン上で申請をし、上司による残業の承認が必要です。

部下自身もどこからが違法な長時間労働に当たるのかその延長限度を知るべし

 いくら、上司に承認してもらえたからと言って、36協定で取り決めた延長限度を超えるような時間外労働を申請してはいけません。したがって、第一義的には、36協定の内容を知る必要があります。

 「使用者はその事業所に直接雇用される全ての従業員に36協定の内容を周知徹底しなければならない」と法律で規定されています。もし、延長時間を知ることができない教えてくれないそもそも36協定が存在しない36協定が無効となっている場合は、残業する法的根拠がありませんので、定時に帰宅しましょう。

 36協定の内容を調べたところ、労働者に延長させることのできる時間が1か月50時間と記載されていたとします。このとき、その月の時間外労働がちょうど50時間に達したら、それ以降は月が改まるまで、1分たりとも残業申請をしてはいけません。

残業時間が限度時間に到達したらどんなに忙しくても定時に帰宅すべし

 忙しいということが、違法な長時間労働を行っても良いことの免罪符にはなりません。一部、「残業時間の上限規制は無茶ぶり」と称して、違法な残業を教唆する風潮がありますが、こういうプロパガンダに乗ってはいけません。

 したがって、例え上司に命令されたとしても、36協定で取り決めた残業時間の延長限度を超える時間外労働には「法的根拠は無い」と言って拒否すべきです。万が一、現場の空気感でこれに乗ってしまうと、後になって「違法性の認識がなかった」・「部下も認めたから」などとシラを切られるのは確実です。

まとめ

 上記のように企業風土を整備すれば、違法残業を激減させることができるでしょう。しかし、それでもなお、上司が違法残業を強要し残業させた場合、どうしたらよいでしょうか。今度は確実に上司に「違法性の認識があった」ことになります。 その場合は、違法残業を強要した上司は検察から起訴され、99.95%の確率で、その会社からいなくなりますから安心しましょう。