Mesoscopic Systems

働くルールを理解してこれからの働き方について考えよう!

若年労働者が単線エスカレーターに乗っても下りしか存在しない

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はじめに

 次の記事には、素晴らしい内容が含まれています。

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 ソリティア上司・ローパーおじさんの発生要因、その背景にある日本型雇用の問題点を見事に洗い出しています。同記事は、東京大学の中原准教授とアスリートの為末大さんの対談形式となっています。その内容は、日本型雇用の問題点を見事に指摘するものですが、筆者が最も注目したのは、次の記述です。

中原:

 若い会社員の人たちは、このまま単線エスカレーターに乗っていても、下り坂になって昔と同じように賃金が支払われない可能性が高いのに、同じパフォーマンスを求められるのは割に合わないと考えます。もうごまかしようのないところまで来ているんですね。

 さらに、これからの人生は、「組織のなかで過ごす人生(組織人生)」よりも、「自分の仕事人生(組織によらず仕事をしていきながら暮らす人生)」が長くなることが予想される。

(参照元:『東洋経済オンライン』2017.07.05

 ここでいう単線エスカレーターとは、年功序列賃金を意味しています。そこで今回は、年功序列賃金について深く掘り下げます。

生産性カーブと賃金カーブが一致しない年功序列賃金

 生産性カーブとは労働者の年齢を横軸として労働生産性を描いた曲線のことを意味します。一般的に言って、生産性カーブはある年齢までは単調増加を示しますが、ピークを示した後、単調に減少していきます。すなわち、生産性カーブは上に凸の曲線です。本来ならば、生産性カーブに呼応するように賃金が決定されるべきですが、日本ではそうなっていません。年功序列賃金制が強固に生き残っているからです。

 年功序列賃金制とは、若年労働者の賃金を生産性に比して低めに設定し、中高年労働者の賃金を生産性に比して高めに設定することによって過不足を清算するという賃金制度を意味します。この賃金構造を、「若い頃に給料の一部を会社に預けておいて中高年になってそれを取り戻す」という意味に解釈すれば、社内預金によく似たシステムと言えますが、その性質上、社内預金と根本的に異なる点があります。

 社内預金であれば、労働者が貯蓄金の返還請求をした時は、遅滞なくそれを変換しなければならないと法律で定められています(労働基準法18条第5項)。したがって、社内預金であれば、転職しても今まで会社に預けていた分を取り損ねることはありません。しかしながら、年功序列賃金では、転職したら勤続年数がリセットされ過少分の精算ができなくなってしまいます。よって、不当な身柄拘束に繋がるものとして労働基準法が禁止する強制貯金に近い性質を帯びたものと理解できます。

労働基準法が禁止する強制労働とは

 労働基準法に次のような規定があります。

労働基準法5条

使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。

 この条文はいわゆる強制労働の禁止を規定しています。使用者がこの規定に違反した場合、労働基準法では最も重い罰則の、一年以上十年以下の懲役又は二十万円以上三百万円以下の罰金に処せられます。この規定は、日本国憲法の次の条文を踏まえたものです。

日本国憲法18条

何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

 労働基準法は、次の3つを強制労働に該当するものとして禁止しています。

  1. 賠償予定の禁止
  2. 前借金相殺の禁止
  3. 強制貯金の禁止

 以下、それぞれについて考えます。

①賠償予定の禁止

労働基準法16条

使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

 賠償予定を伴う労働契約については、兵庫県姫路市の「わんずまざー保育園」で問題になったことがあります。

 兵庫県姫路市の「わんずまざー保育園」(小幡育子園長)が、保育士に「遅刻で罰金1万円」など不当な労働条件を課していたことが、同市の調査で分かった。

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 このような労働契約は、不当な身柄拘束に繋がる恐れがあり、労働基準法で禁止されています。

②前借金相殺の禁止

 以前、牛丼チェーンの吉野家の奨学金制度が強制労働に当たるかどうかについて考えたことがあります。

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吉野家の奨学金制度について

  • 高校生アルバイトから希望者を募り、大学入学後吉野家の店舗で週3時間以上アルバイトをすることが、当該奨学金の貸与の条件。
  • 大学卒業後吉野家に入社し、4年間勤務すれば、返済が免除される。
  • 在学中にアルバイトを辞めたり、入社後4年間続かなかった場合は、それまでに貸与された奨学金を全額返済する必要がある。

  結論を言うと、この制度は強制労働に該当しません。しかし、奨学金を完済するまで吉野家に必ず勤務しなければならないようなルールであれば、強制労働に該当する可能性があります。 

③強制貯金の禁止

労働基準法18条

使用者は、労働契約に附随して貯蓄の契約をさせ、又は貯蓄金を管理する契約をしてはならない。

 「労働契約に付随して」とは、貯金をすることが労働契約の締結や存続の条件となっていることをいいます。平たく言うと、「貯蓄の契約をしない限り雇ってもらえない」・「貯蓄を解約すれば、解雇される」というような労働契約です。このようなことは、労働基準法で禁止されています。しかし、労働者の任意になす預貯金を使用者が委託を受けて管理することは、差し支えないとされています。

年功序列賃金と強制貯金との類似性を考えてみる

 年功序列賃金制における賃金カーブは、その会社の労働者に一律に適用されます。すなわち、労働契約締結時に、労働者と個別に決定されるものではありません。言わば、強制的に決められています。初任給がみな同じ額からスタートという点がまさしくこれを具現化しています。つまり、ある人は初任給を高めに設定する代わりに中高年で回収できる額を少なめに設定し、またある人は、初任給を低めに設定する代わりに中高年で回収できる額を多めに設定するというオプションは認められません。

 また、勤続年数に応じて賃金カーブが一律に決められているので、会社を辞めてしまったら全てリセットされます。すなわち、若い頃低賃金で我慢していた分を、中高年で回収するということができなくなってしまいます。そもそも年功序列賃金は、高度経済成長期に熟練労働者を囲い込むために企業が考え出した雇用慣行です。当初の発想そのものが身分的拘束を伴うものだったのです。

 年功序列賃金は、中高年にパーフォーマンスが低下することに備えて、掛け捨て型の保険に強制的に加入させられていると言ったほうがより適切かもしれません。つまり、年功序列賃金制とは、中高年に生産性が低下することを保険事故として、パフォーマンスの下がり具合に応じて徐々に保険金が支払われるような制度を意味するのです。

年功序列賃金制と年金制度との類似性

 高度経済成長期のように企業の成長が著しかった頃は、賃金カーブもうなぎ上りでした。したがって、若い頃低賃金で甘んじても、中高年になって容易にそれを回収することができました。しかし、企業の成長がそれほど見込めないような現代では、事情が全く異なります。

 企業業績が悪化したり、成長が望めなければ、賃金カーブの傾きを小さくせざるを得なくなります。これは、現実に起こっている現象です。ところが、生産性カーブは、時代が移り変わっても変わるものではありません。つまり、若い人が高生産性なのも、中高年が低生産性なのも、今も昔も変わりません。しかし、賃金カーブの傾きだけが変わってしまったら、若い頃会社に預ける分が肥大化して、逆に、中高年になって回収できる分が縮小します。これが、年功序列賃金が崩壊に向かっていることの本質です。

 この現象は企業内の年齢構成を鑑みれば容易に理解できます。かつてのように、企業の成長が著しく、生産年齢人口が増加傾向にあった時代背景であれば、年功序列賃金制を維持する絶対的なアドバンテージがありました。なぜなら、企業の年齢構成を若年層にシフトすることができ、その分、人件費の総体を低く抑えることができたからです。

 しかし、少子化等の影響により若年労働者の労働参加があまり見込めなければ、企業内年齢構成が高年齢側にシフトすることはある意味自然現象です。こうなってしまうと、賃金カーブを限りなく横軸に平行になるよう近づけなければ年功序列賃金を維持できなくなることは明らかでしょう。つまり、現代社会において年功序列賃金制は、破綻しかかっている保険屋に、掛け捨て型の保険を掛けているようなものなのです。

まとめ

 年功序列賃金制は、その受け入れが入社の条件であり(つまり強制)、しかも身分的拘束を伴う賃金体系です。かつて何ら疑問を持つことなくなく同制度が受け入れられていたのは、賃金カーブの傾きが著しかったからでしょう。しかし、今では、賃金カーブの傾きが小さくなり、よほど長期的スパンに立脚しないと回収できなくなっています。これが、辞めるに辞められない状況を生み出しており、労働市場を硬直化させるという悪循環を形成しています。近年、大きな社会問題となっている長時間労働・パワハラ・職場いじめの問題にも、この状況が深く関与していることは間違いないでしょう。

 ここで、憲法18条の条文を再掲します。

憲法18条(抄)

何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。

 低成長・少子化の現在、若年労働者にとって年功序列賃金は憲法の理念に反した賃金体系になりつつあるのです。