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懲戒の威嚇の下に愛社精神を押し付ける労組:何のために存在するのか?

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はじめに

 前回は、解雇の威嚇の下に加入を強制する労組について考察しました。 

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 前回の考察により、企業別労働組合が抱える問題点として、ユニオン・ショップ協定による弊害が浮かび上がってきました。朝日新聞(『朝日新聞デジタル』2017.07.02)は、ヤマト運輸労働組合を題材に、企業別労働組合が抱えるもう一つの問題点を指摘しています。今回は、そのもう一つの問題点について考えます。

懲戒の威嚇の下に残業代請求を諦めさせる労組

どういう場合が賃金不払い残業に該当するのか

 ヤマト運輸が、セールスドライバーらに未払い残業代の支給を決定したことは皆さんの記憶に新しい事と思います。会社が未払い残業代の支給を決定したということは、賃金不払い残業の事実があったことを会社が認めたということです。それを受け、社内実態調査が始まったとのことですが、「過去2年間にサービス残業があれば、裏づけの証拠を示してほしい」と言われたドライバーがいるようです。つまり、実際にサービス残業の実態があったかどうかについて、社員側に証拠の提出を求めています。

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 ところで、サービス残業という言葉がよく使われますが、より正確には「賃金不払い残業」といいます。賃金不払い残業とは、割増賃金の支払いがなされずに行われた時間外労働を意味します。

 その一方で、所定労働時間内に終わらせることができる業務量でありながら使用者の制止を振り切って労働者が時間外労働を行った場合、労働時間と解することはできないとされています(神代学園ミューズ音楽院事件 東京高判平17.3.30)。したがって、この場合は、割増賃金が支払いがなされていなくても、賃金不払い残業とは言いません。

 ヤマト運輸の場合、とても所定労働時間内に終わる業務量でなかったことは誰の目にも明らかです。この場合、使用者が明示的に残業命令を発令せずとも、実質的に残業命令があったものとみなされます。これを、黙示の残業命令と言います。

労働時間が適切になされていない場合どうしたら良いか

 そもそも使用者には、労働者の労働時間を把握する義務がありますが、ヤマト運輸ではそれが適切になされていませんでした。このような場合になされた時間外労働をどのように取り扱ったらよいか参考となる裁判例があります。スタジオツインク事件(東京地判平23.10.31)です。

 そもそも、時間外手当等の請求においては、労働者が主張・立証責任を負うものとされています。一方で、労働時間を管理すべき使用者が適切に積極否認ないし間接反証を行うことが期待されているという側面も同時に存在します。使用者にそれができないのであれば、合理的な推計方法により労働時間を算定することが許される場合もあると東京地裁は判示しています。したがって、ドライバーに自ら証拠を持ってこいと言うのはお門違いではありませんが、その推計に異議があるのならば、使用者が本来容易に提出できるはずの労働時間管理に関する資料の提出をもって反証する必要があるのです。

自己申告制によって労働時間を把握していた場合はどうなるか

 ヤマト運輸では、業務量の多さのため、休憩時間に仕事をしていた事例も多々あったようです。また、「帰宅時間になるとタイムカードを押すが、その後に残って仕事をしたり、休日に出勤してもタイムカードなど押さず、休んだことにして仕事をしたりすることもある」という事例もあったといいます(参照元:『j-cast.com』2017.03.24)。

 厚生労働省は、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置 に関するガイドライン」を策定し、適正な労働時間把握をするように使用者に対し周知徹底しています。 本ガイドラインによると、次のような記述があるのがわかります。

 自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて、必要に応じて実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること。

 特に、入退場記録やパソコンの使用時間の記録など、事業場内にいた時間の分かるデータを有している場合に、労働者からの自己申告により把握した労働時間と当該データで分かった事業場内にいた時間との間に著しい乖離が生じているときには、実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること。

 このように、自己申告によって把握した労働時間が実態と大きくかけ離れている場合、入退場記録やパソコンの使用時間の記録といった事業場内にいた時間の分かるデータに基づいて実態調査を実施し、所要の補正をしなければならないことになっています。

ヤマトの企業別労組委員長が発した耳を疑うような言葉

 請求できるのなら請求しようという愛社精神の無い社員が続出している。(参照元:『朝日新聞デジタル』2017.07.02

 4月28日午後、ヤマト運輸の北海道内の支店長会議で、労組の道内支部委員長が、未払い残業代の全社的な実態調査についてこう「苦言」を呈したそうです。しかし、ヤマト運輸の一連の問題は、使用者が労働時間把握を懈怠し曖昧になっていたことに端を発しています。先述の通り、従業員が請求した残業時間に異議があるのなら、使用者自らが保有する労働時間管理に関する資料の提出をもって反証すべきでしょう。そして、それができないのであれば、東京地裁が判示するように、合理的な推計方法により労働時間を算定すべきです。

 にもかかわらず、労組幹部が労働時間把握の全責任を労働者に帰し、請求自体を愛社精神が無いことと位置づけるのは言語道断と言えるでしょう。何でもかんでも愛社精神と関連付け、社員に均一性・同質性を求めることこそがパワハラを生む土壌となっているのです。

ヤマトの企業別労組委員長が発したさらに耳を疑うような言葉

 さらに、同労組委員長は、次のように耳を疑う言葉を発しています。

 (裏付けのない残業代の請求)が続くと、懲戒の対象となるので注意してほしい。(参照元:『朝日新聞デジタル』2017.07.02

 先述したように、適正な労働時間把握は使用者の責務です。また、懲戒などの人事権は使用者が発動すべき専権事項です。それを労組がほのめかすということは、企業別労働組合と使用者とが一心同体であることの証です。これでは、賃金不払い残業に異を唱えると、懲戒だの解雇だのと脅しをかけるブラック企業とほとんど同じ体質です。

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御用組合と化していない労組も中にはある

 朝日新聞(『朝日新聞デジタル』2017.07.02)は、その方向性を見失わず働き方の改善に取り組む労組も紹介しています。その一つが、都庁職員労組衛生局支部という労組です。東京都立神経病院に勤務する看護師に対し、労組役員が月1度、「超勤(超過勤務)パトロール」をする様子を同記事は伝えています。 

御用組合との違いは何か

 いわゆる個人加盟方式の労組は、そもそも企業別労組ではないため、ユニオン・ショップ協定を使用者と締結する余地がそもそもありません。したがって、使用者と一体化して御用組合と化す観念がないと言えるでしょう。

 都庁職員労組衛生局支部の場合は、看護師の労働市場が流動的であることに起因するところが大きいと思います。田中ら(2015)は、200床以上の病院39施設に勤務する看護師を対象として、看護師の転職に関しての調査を実施しました(出所:『日本看護研究学会雑誌』 Vol. 38 No. 2  13-22)。同調査によると、看護師の平均年齢は37.0±9.1歳,平均経験年数は14.4±9.1年で、1回以上転職を経験している看護師は49.9%という結果でした。ユニオン・ショップ制に基づいて閉鎖性の高い内部労働市場が形成されていれば、正規従業員の半数が転職経験者というところは少ないのではないでしょうか。

まとめ

 多くの問題点が指摘される日本型雇用は、主として次の3つの要素から成り立っています。

  1. 終身雇用
  2. 年功序列賃金
  3. 企業別労働組合

 そしてこれらは、三位一体となっています。したがって、企業別労働組合は、終身雇用・年功序列賃金を堅持することが目的化しており、長時間労働・賃金不払い残業・パワハラその他個別労働紛争については関知しません。このことが、長時間労働によってうつ病を発症した社員に対する冷たい対応や、懲戒をちらつかせ残業代請求を諦めさせることに繋がっています。

 時間外労働の上限規制で、連合が過労死ライン寸前の月100時間未満を提案したことも、日本型雇用を何とか死守したいとする彼らの意思の現れなのです。