- はじめに
- タイムカードのフライング打刻は書類送検に値する
- パソコン起動・終了イベントログについて
- 残業禁止命令について
- 事業場外労働について
- 会社へのアクセスを物理的に遮断することについて
- 働く人ひとりひとりの意識改革が最も重要
はじめに
週プレが次のような記事を記載しました。
隠れ残業についていろいろと例を挙げ、考察を加えています。この記事の趣旨は、これらが抜け穴になっているとするものですが、実はそうではありません。現行法でもある程度は対処できます。一つ一つ検証したいと思います。
タイムカードのフライング打刻は書類送検に値する
残業前にタイムカードを打刻させるなどの違法行為を社員に強いるのは朝飯前。(参照元:『週プレ』)
週プレも、犯罪を助長するような表現は止めた方がよいと思います。タイムカードのフライング打刻という違法行為を強制されたのなら、それを拒否して残業するか、そもそも残業しないかの二者択一でしょう。朝飯前でもなんでもなく、使用者がタイムカードのフライング打刻を強制し、書類送検されたケースもあります。
パソコン起動・終了イベントログについて
労基署(労働基準監督署)への駆け込みを防止するために、パソコンの起動~終了時刻を自動的に消去するシステムを導入している“ハイテク系ブラック企業”もあるというから驚きだ。(参照元:『週プレ』)
こういうブラック企業があるとは筆者も驚きですね。そもそも、パソコン起動・終了のイベントログを消去することに何ら合理的理由がありません。このようなことをする企業は、正真正銘のブラック企業と言えるでしょう。唯一の対処方法は、イベントログを自分自身で保存するくらいですが、それもできなければ一切残業を控えるべきです。下記の記事は、パソコン起動・終了イベントログの保存方法を解説しています。
残業禁止命令について
大手メーカーの営業職を務める30代男性は「”残業するな”とか“早く帰れ”と上司がうるさいので、帰宅後に仕事しています。場所が変わっただけですね」と溜息をつく。(参照元:『週プレ』)
残業禁止命令に反して行われた時間外労働がはたして賃金算定の対象となる労働時間にあたるかどうかを争った裁判例があります。神代学園ミューズ音楽院事件(東京高判平成17.3.30)です。有効な残業禁止命令となり得るには、
- 定時に仕事を終わらせることができる業務量かどうか
- 定時に終わりそうにない場合、残業禁止命令を受けていない労働者に残務を引き継ぐことができる配慮がなされているかどうか
の2点が論点になります。
とても定時に終わりそうにない過重業務が与えられ、それでも「残業するな」・「早く帰れ」というのであれば、この30代男性の言う通り、場所が変わっただけです。
事業場外労働について
例えば、日帰り大阪出張の場合、片道で2時間、往復で4時間の移動時間は勤務時間に入れてはいけないんですね。そのため日帰り出張から帰って、会社で夜遅くまで仕事をしても4時間分がさっ引かれているので、その日はほとんど残業していないことになる。(参照元:『週プレ』)
これは、労働基準法違反です。以前、本サイトの記事でも述べましたが、出張や外回り営業の場合、労働時間の算定が難しいので、事業場外労働という労働時間制度が適用されます(労働基準法38条の2)。
では、週プレ記事のケースに即して事業場外労働ついて説明します。例えば、仮に日帰り大阪出張に必要な時間を6時間とします。これを「通常必要時間」といいます。「通常必要時間」は、事業場外労働に係る業務の遂行に通常必要とされる時間のことです。大阪までの移動時間(4時間)を「通常必要時間」から差っ引くことはできません。なぜなら、移動時間を考慮せずに大阪での業務を遂行できないからです。
次に、朝から日帰り大阪出張に行って、出張を終えて会社で引き続き仕事をし、その仕事が終業時刻を超えて夜遅くにまで及んだと仮定します。この場合の労働時間の算定方法は次の通りです。
その会社の所定労働時間を8時間とし、大阪出張から帰って引き続き4時間事業場内で仕事をしたと仮定します。この場合、その日の労働時間は次のように算定されます。
労働時間=通常必要時間(6時間)+事業場内労働(4時間)=10時間
したがって、この日の時間外労働は2時間となります。よって、2時間分の時間外労働手当が支払われていなければ、労働基準法違反となります。 つまり、出張にかかった往復時間4時間分を差っ引き、時間外労働の割増賃金を支給しないというのは、労働基準法違反になるのです。
会社へのアクセスを物理的に遮断することについて
ここでさらに新たな問題が立ち上がってくる。スマートフォンを使った隠れ残業、“スマ残”である。(参照元:『週プレ』)
スマ残とは新しい言葉ですね。会社から供与されたスマホを携帯していて、逐一使用者から(メールを含む)指示を受けながら仕事をしているのであれば、それは労働時間に算入されます。
株式会社アイキューブドシステムズが開発した「ワークスマート」は、スマホによる拘束から解放する有効な手立てと言えるでしょう。同アプリのように使用者による指揮命令系統から物理的に遮断するシステムは、残業抑制のために有効な手立てとなります。
会社のスマホだけでなく、会社の端末から物理的に遮断するサービスも現れています。富士通エフサスが開発した、「IDリンク・マネージャー 長時間残業抑止」です。
同システムは、残業申請をしない限り、終業時刻に自席の端末を強制的にシャットダウンするというサービスです。残業申請をした場合でも、延長時間を超えれば強制的に端末をシャットダウンする設定にもなっています。上記のように物理的アクセスをシャットダウンするという考え方は、今後、残業抑止のために有効な手立てとなっていくでしょう。
働く人ひとりひとりの意識改革が最も重要
働き方改革は、法律やシステムによって達成されるものではなく、働く人(そして雇用主)ひとりひとりの意識改革が必要となるのではないだろうか。(参照元:『週プレ』)
筆者も全く同感です。法律やシステムで規制する前に、なぜ日本社会が残業依存体質になってしまったのかを考える必要があります。残業依存体質と終身雇用制とは深い関りがあります。そもそも終身雇用制の根幹は、長期雇用を前提とするメンバーシップ制、すなわち、内部労働市場をベースとする雇用調整にあります。したがって、終身雇用制では、繁忙期が到来した際、既存の正規従業員の労働時間を長くすることで雇用調整が図られなければなりません。雇用を流動化し成長産業へとスムーズな労働移動がなされないから、既存従業員に過重負担がかかるのです。つまり、終身雇用制と長時間労働とは表裏一体の関係にあるのです。