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労基署は長時間労働による心理的負荷をどのように定量化しているのか

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はじめに

 長野県内のヤマト運輸営業所で従業員の男性がパワハラを受け自殺したとして、遺族が約9500万円の損害賠償を求め提訴しました。

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 先月28日、長野地裁で第1回口頭弁論が開かれ、ヤマト運輸は全面的に争う姿勢を示しました。

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 平成25年10月には、電子関連機器製造のイビデンでもパワハラ自殺がありました。

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 男性は平成25年4月ごろから当時の上司から繰り返し暴言を受けていたといいます。同年4~10月の男性の残業時間は、最大で月141時間。平成28年1月、大垣労働基準監督署はパワハラの心理的負荷は強く男性が適応障害を発症していたとして、男性の自殺を労災と認定しました。遺族は労災認定を受け同月提訴に踏み切りましたが、同年3月10日、イビデンは請求を全面的に認め、訴訟は即日終結しました。

パワハラの行為類型

 「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」による「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」では、パワハラの行為類型として次の6つを挙げています。

①暴行・傷害(身体的な攻撃)

②脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)

③隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)

④業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)

⑤業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)

⑥私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)

 報道の限り、イビデンの事案は少なくとも②に該当する可能性があります。

心理的負荷による精神障害の認定基準について

 そもそも労基署は、どのようにしてパワハラによる心理的負荷を評価するのでしょうか。心理的負荷による精神障害の労災請求事案については、平成23年12月26日付け基発 1226第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準」(以下「認定基準」という。)に基づいて業務上外の判断がなされます。この認定基準に基づき、パワハラがどのようにして労災と認定されるのかについて考えます。

労働基準法における対象疾病

 業務上の疾病については、事故による疾病(災害性の傷病)のほかに、長期間にわたり有害作用に晒されることによって発病する疾病(職業性の疾病)があります。労働者が職業性の疾病にり患した場合、その発生に足る十分な作業内容・作業環境等が認められれば業務上として取り扱います。職業性疾病は、労働基準法施行規則別表第1の2に限定列挙されています。これを対象疾病といいます。

 このうち心理的負荷によるものは、

九 人の生命にかかわる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病

です。

心理的負荷による精神障害の認定要件

 次の3つの要件全てを満たしたとき、業務上として取り扱われます。

  1.  対象疾病を発病していること。
  2.  対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること。
  3.  業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと。

 このように、発病前6か月の間に業務による強い心理的負荷がかかり、対象疾病を発病したら業務上と認定されます。心理的負荷による対象疾病とは、主としてICD-10(国際疾病分類第10版)のF2からF4に分類される精神障害(うつ病など)とされています。精神障害が業務上によるものかどうかを判断する際、上記2の認定要件すなわち発病前半年間にどれくらい強い仕事上のストレスが加わっていたかが重要になってきます。

仕事上のストレスの判断基準

 仕事上のストレスがどれくらい加わっていたかについては、「業務による心理的負荷評価表」に基づいて判断されます。その結果、心理的負荷の総合評価が「」と判断されれば、上記第2の認定要件を満たすものとします。

業務による心理的負荷評価表について

 「業務による心理的負荷評価表」では、仕事上で起こり得る「特別な出来事」と「特別な出来事以外」の2つに大別しています。「特別な出来事」に遭遇した場合、無条件に総合評価が「強」と認定されます。

特別な出来事とは

 特別な出来事には大きく分けて次の2つがあります。

  1. 心理的負荷が極度のもの
  2. 極度の長時間労働

 1については、例えば生死をさまようような業務上の病気やケガをしたなどがあります。2については、発病直前の1か月におおむね160時間を超えるような、又はこれに満たない期間にこれと同程度の(例えば3週間におおむね120時間以上の)時間外労働を行った場合が該当します。

特別な出来事以外とは

 「業務による心理的負荷評価表」には、特別な出来事以外に、36種類の出来事の類型が限定列挙されています。個別の事例をなるべく近い類型にあてはめ、心理的負荷の強度を評価します。

パワハラの場合

 例えば、上司からひどいいじめ(パワハラ)を受けたとします。この場合、「業務による心理的負荷評価表」の類型29に該当します。下図は、「業務による心理的負荷評価表」の類型29の部分をピックアップしたものです。

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 総合評価の視点や、弱・中・強と判断する具体例が示されています。上司が部下に人格否定につながる発言を繰り返したり、治療を要するような暴行を加えた場合、「強」と判断されます。また、「中」程度のパワハラでも、出来事の前後いずれかにおいて、月100時間程度の時間外労働が認められる場合は、「強」と判断されます。「弱」程度のパワハラでも、出来事の前後双方において、月100時間程度の恒常的時間外労働が認められる場合は、「強」と判断されます。その他には、仕事の裁量性の欠如や職場の協力性のなさも総合評価の判断において勘案されます。

長時間労働の場合

 「業務による心理的負荷評価表」には、時間外労働そのものを出来事の類型にした箇所があります。類型16「1か月に80時間以上の時間外労働を行った」です。下図にあるように、

  1. 発症直前の連続した2か月間におおむね月120時間以上の時間外労働を行った場合
  2. 発症直前の連続した3か月間におおむね月100時間以上の時間外労働を行った場合

が「強」と判断されます。

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業務量が急激に増加した場合 

 業務量が急激に増加したため、長時間労働を余儀なくされた場合も、心理的負荷の類型に該当します。この場合、「業務による心理的負荷評価表」の類型15に該当します。下図にあるように、例えば、仕事量が倍以上に増加し、月の時間外労働がおおむね100時間以上となる場合、心理的負荷が「強」と判断されます。

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パワハラと長時間労働まとめ

 以上をまとめます。仮に、何ら個人的な事由が認められないのにうつ病などの精神障害を発症したとします。

パワハラの有無に関係なくその事実だけをもって労災が認定される場合

  1. 発症直前の1か月間におおむね月160時間を超える時間外労働
  2. 発症直前の連続した2か月間におおむね月120時間以上の時間外労働
  3. 発症直前の連続した3か月間におおむね月100時間以上の時間外労働
  4. 仕事量が倍以上に増加したため月100時間以上の時間外労働を余儀なくされた場合

パワハラの強度と長時間労働との関係

  1. パワハラの発生前後に月100時間程度の時間外労働が認められる場合⇒パワハラの強度に関係なく労災が認定されます。
  2. パワハラの発生前あるいは発生後のいずれかに月100時間程度の時間外労働が認められる場合⇒パワハラの強度が「中」以上の場合労災が認定されます。
  3. パワハラの強度が「強」の場合⇒時間外労働の程度に関係なく労災が認定されます。

 長時間労働は、心身の疲労を増幅させストレス対応能力が低下するため、このような仕組みになっているのです。

長時間労働はちょっとしたストレスでも過労自殺に至る危険性を孕んでいる

 ICD-10(国際疾病分類第10版)のF2からF4に分類される精神障害では、行為選択能力や自殺を思いとどまらせる抑制力が著しく阻害されると言われています。長時間労働は個体側の脆弱性を増大させ、心理的な負荷が小さくても発病に至りやすくなります。すなわち、長時間労働はちょっとしたストレスがトリガーとなって過労自殺に至る危険性を孕んでいるのです。

電通・ヤマト・イビデンそれぞれの例について考えてみる

電通のケース

 高橋さんの場合、2015年10月9日から1カ月間の時間外労働は約105時間で、その前の1カ月間の約40時間から2.5倍以上に増えていました。東京労働局三田労働基準監督署は、高橋さんがうつ病を発症したのは仕事量の著しい増加により残業時間が急増したためとして、労災を認定しました。なお同署は、パワハラと高橋さんのうつ病の発症との因果関係には判断を下しませんでした。

ヤマトのケース

 ヤマト運輸のケースでは、自殺した男性に長時間労働の事実があったかどうかは明らかになっていません。しかし、上司による人格否定の言動等が明らかになっており、労災が認定されています。

イビデンのケース 

 イビデンのケースは、その両方です。イビデンでは、100時間以上の時間外労働に加え「30分立たされる」・「バカヤロー」などと通常の指導の範囲を超えるイビり等が上司によってなされていました。大垣労基署は、指導の範囲を逸脱した上司の叱責と長時間労働が原因で、男性が適応障害を発症したとして労災を認定しました。

まとめ 

以上みてきたように、長時間労働は精神障害の発症と隣り合わせです。長時間労働を我慢する理由は全くありません。これに、パワハラ等の心理的負荷が加わると、さらにその危険性が高まります。パワハラを我慢する理由も全くありません。したがって、精神障害を発症する前に現状に我慢せずに速やかにその職場を離れなければならないのです。