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是正勧告段階で厚生労働省のブラック企業リストに掲載させる方法

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はじめに

 平成29年5月10日より厚生労働省本省は、全国の労働局で別々に公表していた労働基準関係法令違反に係る事案を1つのリスト(ブラック企業リスト)にまとめ、ホームページに掲載しています。今後は、送検事案が発生するごとにブラック企業をリストアップし、同省ホームページでブラック企業の企業名が毎月公表されることになります。

労働基準関係法令違反による書類送検までの流れ

 労働基準関係法令違反による書類送検までの流れはおおよそ次の通りです。

  1. 事業場に対し定期監督・申告監督を実施する。
  2. 監督実施事業場に法違反の事実が確認されれば、労働基準監督官が是正勧告をおこなう。
  3. 是正勧告にも拘わらず、事業主が法違反の是正を行わない場合は、立件し、逮捕などの強制捜査をおこない検察庁へ送致する。

 重大労働災害などにおいて、極めて悪質な法違反が確認された場合、監督署は2の手続きを踏むことなく、即刻書類送検を行うこともあります。しかし、このようなケースは極めて稀です。

 平成29年5月10日、トラックの運転手に違法な長時間労働(36協定違反の長時間労働)をさせたとして、柏労働基準監督署が関東西部運輸と同社社長を千葉地検松戸支部に書類送検しました(参照元:『毎日新聞』2017.05.11)。 同社は昨年、同署から是正勧告を受けていたにもかかわらず改善しなかったといいます。是正勧告に従わなかったために書類送検された典型例です。

局長指導とは

 平成20年3月、厚生労働省は都道府県労働局長あての通達文の中で、送検事案の他に局長指導事案についてもホームページで企業名を公表することを表明しました。局長指導とは、中小企業に該当しない企業において違法な長時間労働が確認された際に、是正勧告の段階で都道府県労働局長が企業の経営トップに対して行う行政指導のことを言います。今後、局長指導を受けた企業は、ブラック企業リストにリストアップされ厚生労働省ホームページで社名公表されます。是正勧告の段階でというのが画期的です。

なぜ是正勧告段階でリストアップされることが画期的なのか

 平成27年中に定期監督及び申告監督等により何らかの法違反が認められた事業場は、107,816 事業場です。このうち、平成27年中に、労働基準監督官が司法処分として検察庁に送致した件数は、966件と全体の1%にも満たない数字です。つまりこれまでは、何らかの法違反によって是正勧告を受けた事業場の99%以上が、公表されないままになっていました。しかし今回、中小企業に該当しない企業が労働時間関係違反に係る是正勧告を受けた場合、一定の要件を満たせば企業名を公表し厚労省のホームページに掲載することになりました。送検事案に比べ社名公表のハードルが一段と低くなるため、今回の措置は非常に画期的と言えるでしょう。

中小企業の定義

 局長指導の対象となるのは中小企業に該当しない企業です。中小企業基本法第2条第1項において、中小企業の定義がなされています。 (1)資本金の額または出資の総額(2)常時使用する労働者数のいずれかが、下記の表で定められた要件を満たせば、その企業は中小企業ということになります。逆に、いずれの要件にも該当しなければ、中小企業に該当しない企業ということになります。

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例:資本金5億円、従業員数500人の製造業

⇒中小企業に該当しない企業

具体的にどのような場合に社名公表されるのか

 では、具体的にどのような違法長時間労働を労働者に行わせたら、是正勧告段階で厚労省のブラック企業リストにリストアップされ社名公表されるのかについて説明します。

 概ね1年程度の期間に2箇所以上の事業場でCASE1またはCASE2の要件を満たした中小企業に該当しない企業が、社名公表の対象となります。

 CASE1:

1事業場で10人以上又は当該事業場の4分の1以上の労働者について、次の①と②の双方を満たした場合

①1か月当たり80時間を超える時間外・休日労働を行わせた。

②労働時間関係の法令違反による是正勧告を受けた。

CASE2:

過労死の労災支給決定がなされた被災労働者について、次の①と②の双方を満たした場合

①1か月当たり80時間を超える時間外・休日労働を行わせた。

②労働時間関係の法令違反による是正勧告を受けた。

局長指導による社名公表の本質的な意義とは

 CASE1に関しては、自分自身はもちろんのこと、同僚や先輩後輩の労働時間の状況を見渡せばすぐに判断できます。ある事業所で、月80時間超の時間外・休日労働をしている従業員が10人いる時点で、まずは①を満たします。先日の記事で、大企業正社員の労働時間がもっとも長いということについて書きました。

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 上記記事では、企業規模に応じて過労死ラインを超える従業員の割合が高くなるというデータをグラフ化しました。データによると、従業員数301人以上の企業では、月100時間以上残業している従業員の割合が10.6%もあります。つまり、大規模事業所においては多くの場合、①に該当することになります。

 問題は、②の労働時間関係法令の違反があるかどうかです。局長指導の本質的な意義とは、中小企業に該当しない企業(いわゆる大企業)が組織的に違法長時間労働を行わせたとき、送検を待たずに、是正勧告段階で社名が公表されることです。

労働時間関係法令の違反とは

 局長指導の対象となるのは、労働時間関係の法令違反によって是正勧告を受けたときです。対象となる違反法条は具体的に次の通りです。

労働基準法第32条(労働時間)、35条(休日労働)又は37条(割増賃金)

 以下、順に見ていきます。

1.労働基準法32条(労働時間)

 同条は、1日8時間・週40時間以内の法定労働時間について定めた条文です。労使間で36協定を締結することによって、法定労働時間を超える労働(いわゆる残業のこと)をさせても同条に違反しないという免罰的効果が与えられています。しかし、36協定で定めた延長時間をも超えて時間外・休日労働をさせた場合、労働基準法32条違反となります。下記記事は、36協定で届け出た延長時間を上回る時間外・休日労働をさせられた際の対処方法を記載しています。

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2.労働基準法35条(休日労働)

 同条は、毎週少なくとも1回または4週間に4日以上与えられる法定休日について定めた条文です。法定休日すら与えられず、長期間にわたって連続勤務がなされれば、同条違反となります。下記の記事は、労働基準法の休日規定に関する詳細を解説しています。ぜひ参考ください。

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3.労働基準法37条(割増賃金)

 同条は、「使用者が時間外・休日・深夜に労働させた場合、割増賃金を支払わなければならない」と規定しています。したがって、残業代がびた一文出ない・残業代として割り増し分が計上されていないなどの場合、同条違反になります。下記の記事は、時間外・休日労働の割増率の仕組みについて解説しています。ぜひ参考ください。

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 これらのことに思い当たる節があったら、証拠資料を添えて監督署に直行してください。監督署が臨検し、1年以内に複数事業所において②労働時間関係法令の違反が発覚し、かつ①を満たした時点で、その会社はアウトです。その会社が中小企業でなければ、社名が公表されます。

まとめ

 労働基準関係法令の違反によって書類送検される企業はブラック企業中のブラック企業といって過言ではないでしょう。すなわち、送検事案は数あるブラック企業のうちの氷山の一角です。これまでは、その送検事案ですら社名公表されない場合もありました。それを考えれば、一歩前進したとも言えるでしょう。

 しかし、ブラック企業の撲滅のためには、監督署から是正勧告を受けた企業の社名をいかに公表するかが重要となります。是正勧告であれば、法令違反の証拠を揃え監督署に申告することによって、労働者が直接関与できます。局長指導の制度を活用し、重厚なブラック企業リストを作り上げていけば、違法長時間労働が根絶されるものと期待できます。