Mesoscopic Systems

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横須賀市:部下が帰るまで上司が見届けるという謎のシステム

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新聞を読むときはリテラシーを身に付けよう!

 「横須賀市が、職員の残業時間を減らそうとある試みを行ったところ、残業を2割減らすことに成功した」と朝日新聞が報じました。ある試みとは、「帰るまで見守る月間」と呼ばれるものです。市は昨年10月に、部下が全員帰るまで課長らが(居)残り、残業の状況を確認する試みを実施しました。その結果、当該月の残業時間は前年比2割弱減少し、「見守る月間」が終わったあとの昨年11月~今年3月も、5カ月連続で残業時間が前年を下回ったといいます。

 この新聞報道何か変だと思いませんか?

 記事によると、「見守る月間」だけでなく「見守る月間」が終わったあとの5か月間の残業時間も前年を下回ったといいます。ということは、「見守る月間」の試みと残業時間を減らす効果とは何ら因果関係が存在しなかったということになります。

そもそも大の大人を「見守る」とはいかがなものか

 大辞林 第三版では、「見守る」を次のように、解説しています。

みまもる【見守る】

( 動ラ五[四] )

①目をはなさないで見る。間違いや事故がないようにと、気をつけて見る。 「子供の成長を-・る」

②じっと見つめる。注意深く見る。熟視する。 「成り行きを-・る」

 ①のように、大の大人を「見守る」というのは、あまり適切な表現方法とは筆者には思えません。②にしても、上司が部下を「じっと見つめる」というのは気持ち悪いですよね。「見守る」というより、「見張る」とか「監視する」と言ったほうが適切でしょう。

労働者が帰るまで労働者が帰れないという構造は自己矛盾

 課長であれ係長以下の部下であれ、労働基準法上の労働者であることには変わりありません。唯一違うのは、労働基準法41条の管理監督者の適用を受けるか否かという点です。通常の場合、課長以上の職位にある労働者は管理監督者の適用を受け、労働時間管理の対象外です。民間企業に限らず、地方公務員法の適用を受ける市の職員でも同じです。

 「見守る月間」という制度の下では、部下が全員帰らない限り、課長は、例え自分の業務が終了していたとしても、帰れないということになります。これでは、長時間労働の問題の解消とは逆行していることになります。残業時間が2割減ったというのは、係長以下管理職でない労働者の残業時間を定量的に分析したものです。長時間労働の問題に真摯に取り組むのであれば、課長以上も含め全ての労働者の労働時間を減らす必要があるでしょう。

帰宅時間が上下関係に従属していることの方がむしろ問題

 当然のことですが、帰宅時間とは自分の業務が終了した時です。したがって、長時間労働の解決のためには、次の2点が重要となります。

  1. 長時間労働に陥らないように業務を分散化・効率化する。
  2. 帰宅時間と上下関係とを切り離す。

業務の分散化・効率化について

 いくら上司が「見守ろう」と、自分の業務が終了していなければ帰りたくても帰れません。問題は、長時間労働に陥らないようにするために、一人当たりの業務を、分散化・効率化することです。この点については本サイトで既に指摘しています。

www.mesoscopical.com

 一人当たりの業務量を減らすためには、人を雇用し業務量を分散するか、機械化の導入などによって無駄な業務を減らし生産性を向上するしかありません。しかし日本では、長期雇用を前提としているために、内部労働市場で雇用調整を図る傾向があります。したがって、担当業務内容の範囲が不明確かつ無限定であり、基幹業務を大きく逸脱した業務に多くの時間が割かれる場合もあります。これが、帰宅時間を遅くする方向に作用していることは明らかでしょう。

帰宅時間と上限関係について

 今回の記事の主題は2についてです。一橋大学の小野浩教授は、日本社会が長時間労働に陥りやすい原因として、日本型雇用独特の「集団意識と上下関係」を挙げています(小野浩『日本労働研究雑誌』No.677, 21.)。早く帰るのには皆に申し訳ないとする「付き合い残業」の問題は、日本社会に深く根付く集団意識の典型的な例だと同教授は指摘しています。

 これに対し欧米では、生産性が低く労働投入量の割に成果の少ない労働者は評価されません。欧米では、成果や生産性が適切に評価される労働市場が定着しており、「残業時間が長い」とか「努力している」というシグナルだけでは無価値と判断されるからです。したがって、労働時間だけが長く、成果の少ない労働者は評価されない仕組みを導入すれば、上司が見守るまでもないのです。

日本社会はインプット重視社会

 小野教授は、日本社会が「インプット重視社会」であることが長時間労働に陥りやすい原因であり、その背景には年功序列型賃金があることも指摘しています。年功序列型賃金とは、勤続年数に応じて自動的に賃金が上昇していく仕組みであり、日本型雇用の根幹をなしています。同教授は、年功序列型賃金を次のように評しています。

(年功序列型賃金は、)結果や成果よりも、企業に対するコミットメント、忠誠心といったインプットが評価される仕組みだ。

 現在部下の労働時間を管理している管理監督者は、その成果とは関係なく企業に対し忠実に労働投入をしてきた結果出世した人です。そういう人たちが、部下を評価する際、自らの方法論や価値観に基づくのは自明の理でしょう。

長時間労働を解消するための処方箋

 上記をまとめると、長時間労働を解消するための処方箋が自ずと見えてきます。下記にそれらを列挙します。 

①人を雇用し、一人当たりの業務量を分散化する。

②担当業務の範囲を明確化し、分業の体制を確立する。

③機械化を導入する。

④年功序列賃金制度を改め、成果型報酬の仕組みを導入する。

⑤「ただ頑張っているだけ」・「残業時間が長いだけ」というシグナリングを人事評価の対象から外し無価値化する。

 ③の機械化の導入は別ですが、終身雇用制が①②④⑤の実現を阻んでいます。

まとめ

 企業の利益の源泉となっている労働者一人当たりの付加価値は、次のように定式化できます。

労働者一人当たりの付加価値=労働者一人当たりの労働時間×労働生産性

 この式を一見すると、労働時間を増やせばそれに伴って、労働者一人当たりの付加価値が増大するように見えます。それは、労働生産性が労働時間に拘わらず一定であると仮定した場合です。しかし、現実にはそうはなりません。

 OECD統計(2015)によると、労働者一人当たりの年間総労働時間と労働生産性とは負の相関があることがわかっています。したがって、労働時間を増やしても、それに伴って労働生産性が低下してしまったら、付加価値の増大効果はあまり見込めないのです。むしろ、労働生産性を積極的に向上させた方が、効果が期待できるのです。残業中に部下が上司に見守られ(睨まれ)ては、労働生産性が低下し、ちっとも帰宅できないのです。