Mesoscopic Systems

働くルールを理解してこれからの働き方について考えよう!

労働生産性の低いブラック企業を保護する理由はない

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日刊ゲンダイの記事について

 日刊ゲンダイに次のような記事が掲載されました。

www.nikkan-gendai.com

 内容は、おおむね現政権による「働き方改革」を批判するものです。しかし、なぜ幻に終わるのかという点において、ゲンダイの主張には論拠が不明確な点が多くあります。「働き方改革が幻に終わる」理由を敢えて挙げるとするならば、繁忙期における時間外労働の上限を過労死ラインすれすれに規定してしまったことを筆者は真っ先に挙げます。

 雇用を流動化すれば、業務の繁閑に柔軟に対応できるようになり、必然的に長時間労働が解消されていきます。長時間労働の問題を本質的に解決するためには、労働市場を硬直化させている日本型雇用慣行にもメスを入れなければ意味がないのです。

 ゲンダイは、「働き方改革が幻に終わる」理由として人手不足を挙げています。ゲンダイは、日本型雇用の構造的な問題点について何ら言及することなく、長時間労働の原因を人手不足に短絡的に帰着しています。そして、「人員を確保できないままに長時間労働を抑制すれば中小企業の倒産に拍車がかかり、働き方改革は幻に終わる」とゲンダイの記事は結論付けています。

労働生産性とは何なのか

 中小であれ大手であれ、違法な長時間労働が横行しているなど労働条件が劣悪な企業には、人は集まってきません。ここに、労働条件を決定付ける上で非常に重要な指標があります。労働生産性です。

 労働生産性とは、労働者がどれだけ効率的に成果を生み出したかを指標化したもので、次式によって定義されます。

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 特に、各国の労働生産性を比較するときなどは、成果となる付加価値額としてGDPを用います。このときの労働生産性を特別に、付加価値労働生産性といいます。下記では、付加価値労働生産性のことを単に労働生産性ということにします。

 そもそも、労働生産性を向上させるということは、企業の利益拡大に直結し、ひいては労働者の賃金上昇の原資ともなります。したがって、労働生産性を上げれば、必然的に労働条件が良くなります。

 ここでは簡単のため、機械化や業務効率化の生産性への寄与に変化がないと仮定します。もし、労働者が労働時間に応じて付加価値を生み出すことができれば、次式により、労働生産性は一定値をとります。

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 このとき、理論上は労働者が投入した労働時間に関わりなく労働生産性は変わらないことになります。しかし、労働生産性とはそれほど単純な性質のものなのでしょうか。

OECDの統計がブラック企業のビジネスモデルを完全否定していた

 豊かな発想や斬新的なアイディアは潜在的阻害要因が少ない時に生じやすいことが心理学の研究から明らかにされています。長時間労働による睡眠不足や疲労の蓄積等は潜在的な阻害要因となる可能性があります。特に、豊かな発想や斬新的なアイディアを必要とするホワイトカラーにおいて、この潜在的な阻害要因が如実に表れます。労働時間に応じて付加価値を生み出すことができるとされているブルーカラーにおいても、8時間交代制を導入するなどして労働時間管理を徹底しなければ、疲労が蓄積し労働生産性が低下していきます。

 ここに、OECDの統計に興味深いデータがあります。下図は、労働者の年間総労働時間と労働者一人の時間当たりGDPとをOECD加盟各国で比較したものです。

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 (出所:小野浩(2016)『日本労働研究雑誌』No.677, 17. )

 図から明らかなように、労働者一人当たりの年間総労働時間と時間当たりの労働生産性とは負の相関があることがわかります。2015年のデータで、労働時間の一番長いメキシコの労働生産性が20.2購買力平価換算米ドルであるのに対し、労働時間の一番短いドイツの労働生産性が65.5購買力平価換算米ドルと、実に3倍以上の開きがあります。因みに、年間総労働時間が1700時間強の日本の時間当たり労働生産性は42.1購買力平価換算米ドルとなっており、ドイツの7割にも及びません。

上記を踏まえ、日刊ゲンダイの記事を検証する

 日刊ゲンダイの記事に次のような記述があります。 

長時間労働を解消するために無理して社員を増やしたら、さらに収益力が下がる悪循環に陥ってしまう。

 これは、全くの誤りです。先述した通り、労働者の年間総労働時間が長い国ほど労働生産性が低い傾向があります。したがって、労働生産性を高めるためには、労働者の労働時間を短くしなければなりません。しかし、おそらく次のような反論が返ってくるでしょう。「そんなことをしたら、とても仕事が回らない」と。

 現在の仕事がちゃんと回るようにするためには、2つの方法があります。

  1. 労働投入量を不変とする。
  2. 労働者の効率改善に向けた努力、経営者の経営効率の改善などをする。

 では、上記1,2についてそれぞれ考えます。

労働投入量を不変とすることについて 

 労働投入量とは、労働者数に労働者一人当たりの労働時間を乗じたものです。したがって、労働者一人当たりの労働時間を減らした上で労働投入量を不変とするためには、労働者を新たに確保しなければなりません。ヤマト運輸がこの方式を選択しました。先日、ヤマト運輸が9200人の人員補充計画を表明しました。

www.news24.jp

 これまで、ヤマト運輸では、急増する荷物に対応しきれず現場が疲弊しており、さらに時間外労働の割増賃金も適切に支払われていませんでした。ヤマト運輸をめぐっては過労自殺による訴訟も起きています。

www.mesoscopical.com 

 適切に人員確保がなされれば、一人当たりの業務量が分散することで労働環境も改善され、労働生産性への寄与が期待できるでしょう。

効率改善について

 2については、無駄な業務の削減や機械化の導入によって対処することができます。配達業務で言えばドローンの導入なども考えられます。ドローンの導入については海外で既に実例があります。昨年11月には、ニュージーランドでドミノピザがドローンを使ったピザの宅配サービスを始めました。


[NEWS] ドミノピザがドローンでピザ宅配を開始 ニュージーランドで

 一方、クロネコヤマトでは、将来の自動運転化時代の到来を見据え、ロボネコヤマトと呼ばれる電気自動車を用いたオンディマンド配送サービスを4月17日に開始しました。

internet.watch.impress.co.jp

 将来的には、これが人手不足解消に有効に寄与するかもしれません。同じく人員不足が盛んに言われている小売業界においては、全国のスーパーマーケット・コンビニなどでICタグによるセルフレジを導入することも有効な策として考えられるでしょう。

まとめ

 以上のように、長時間労働を改善せずに労働生産性を上げることはできません。労働生産性を上げるには、人を雇うか機械化の導入などによって業務を分散化・効率化するしかありません。明らかに少ない人員で従業員を長時間労働に追い込み、劣悪な労働条件で業務を回すというやり方は、ブラック企業のビジネスモデルそのものです。また、「無理して社員を増やしたらさらに収益力が下がる悪循環に陥ってしまう」と短絡的に捉えることもまた、ブラック企業のビジネスモデルそのものです。ブラック企業のビジネスモデルを容認してまで、生産性の低い企業を保護する理由はどこにもないのです。