はじめに
1300年以上の歴史と伝統を誇る岐阜長良川鵜飼で、昨年、水難事故が発生しました。岐阜労基署は、危険防止措置を怠ったとして、鵜匠を労働安全衛生法違反容疑で書類送検しました。
事件の概要
書類送検された企業:
長良川鵜飼 鵜匠(個人事業主)
(岐阜県岐阜市)
≪平成28年8月16日送検≫
平成28年5月23日夜、長良川鵜飼で漁の実演中に鵜が逃亡。
鵜匠と船頭は鵜飼終了後に逃亡した鵜の捜索を始める。
船頭が鵜を捕まえようとする際、舟から転落し水死。
事故当時、鵜舟には救命道具が備え付けられていなかった。
そのため、岐阜労基署は危険防止措置を怠っていたとして、個人事業主の鵜匠を書類送検した。
(違反法条:労働安全衛生法21条)
(参照元:『労働新聞社』)
事業主の講ずべき危険防止措置について
機械・物・エネルギーによる危険防止措置
労働安全衛生法20条は、機械等や爆発・発火・引火性の物、電気・熱その他エネルギーによる危険を防止するための事業主が講ずべき措置を規定しています。これらによる危険防止措置を怠っていたとして労働安全衛生法20条違反で事業主が書類送検された事例をこれまでにいくつか紹介しました。
爆発・発火・引火性の物による危険防止措置を怠った例
機械・設備による危険防止措置を怠った例
作業方法・場所に係る危険防止措置
一方、労働安全衛生法21条は次のように規定しています。
労働安全衛生法21条
事業者は、掘削、採石、荷役、伐木等の業務における作業方法から生ずる危険を防止するため必要な措置を講じなければならない。
2 事業者は、労働者が墜落するおそれのある場所、土砂等が崩壊するおそれのある場所等に係る危険を防止するため必要な措置を講じなければならない。
法20条では、設備や物やエネルギーによる危険防止措置を規定しているのに対し、法21条では、作業方法や場所に係る危険防止措置について規定しています。
長良川の場合はどうか
長良川の場合、川の水を物質としてみた場合何ら危険はありませんが、作業方法如何によっては長良川が危険な場所となりえます。例えば、同じ長良川でも河原を散策している分には危険性が低いですが、川の真ん中は危険な場所です。今回のように、舟を繰り出しながら鵜を捜索するという作業は墜落の危険性を伴います。
労働安全衛生規則に墜落等による危険の防止についてさらに詳しい定めがあります。
労働安全衛生規則532条
事業者は、水上の丸太材、網羽、いかだ、櫓又は櫂を用いて運転する舟等の上で作業を行なう場合において、当該作業に従事する労働者が水中に転落することによりおぼれるおそれのあるときは、当該作業を行なう場所に浮袋その他の救命具を備えること、当該作業を行なう場所の附近に救命のための舟を配置すること等救命のため必要な措置を講じなければならない。
この規定により、動力によらない舟であっても、事業者は、浮袋その他の救命具を備えるよう義務付けられています。労基署が送検に踏み切ったのは、鵜の捜索を水中に転落することによりおぼれるおそれのあるときと見なしたからでしょう。
その後、岐阜地検は労働安全衛生法違反の罪で略式起訴し、岐阜簡裁が罰金20万円の略式命令を出しました。鵜匠の男性は罰金を納付し事件の終結を見ました。事故後、長良川鵜飼では、鵜舟に救命胴衣を備えるようになりました(参照元:『毎日新聞』2017.04.22)。
長良川鵜飼について
以前、長良川鵜飼を紹介するテレビ番組で、鵜匠は宮内庁の職員であるようなことを言っていた記憶がありました。ところが、新聞報道では、鵜匠が個人事業主の扱いになっていたので、詳細を調べてみました。
長良川鵜飼には、観光鵜飼と御料鵜飼の2つがあるそうです。御料鵜飼というのは、皇室に献上するための鮎を捕るために行われる特別な漁のことをいい、シーズン中に8回しか行われません。鵜匠は、御料鵜飼のときのみ宮内庁式部職鵜匠として漁を行います。しかし、今回は、観光鵜飼の終了後に起きた事故ですので、鵜匠は個人事業主の扱いということになります(参照元:ぎふ長良川鵜飼)。
まとめ
岐阜市の長良川鵜飼には、6人の宮内庁式部職鵜匠がいます。4月20日、水難事故後休業していた杉山市三郎鵜匠(76)が復帰を表明しました。ぜひ、安全管理をしっかりしていただきたいと思います
と書きながら、逃げた鵜は今頃どこで何をしているのだろうと想像を巡らしていました。