はじめに
個人全てを不起訴処分というのは時系列から言って誤報ではないでしょうか。今回の電通の書類送検に関しては、行為者たる個人も書類送検されています(参照元:厚生労働省 大阪労働局発表 平成29年4月25日)。産経新聞の報道があったのは昨日で、電通が書類送検されたのも昨日です。検察庁は同人を即日不起訴処分とはしていないはずです。
記事は、「電通に関しては、国策といわれても仕方がないだろう」とする検察幹部の話を伝えています。国策捜査とは、権力者の意向に従い捜査当局が恣意的な捜査に着手することを意味しますが、電通に対する捜査は国策ではありません。過重労働の社会的関心の高まりから、違法長時間労働の捜査は国民の多くが望んでいます。
両罰規定について
産経の記事は、一つの重要な側面に着目しています。それは、労働事件において大企業の上層部を行為者として処罰することがいかに難しいかということです。行為者として処罰するには、違法性の認識があったかどうかが問われます。ところが、違法性の認識を立証することが極めて困難なのです。
労働基準法に次のような規定があります。
労働基準法121条
この法律の違反行為をした者が、当該事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為した代理人、使用人その他の従業者である場合においては、事業主に対しても各本条の罰金刑を科する。ただし、事業主(事業主が法人である場合においてはその代表者、事業主が営業に関し成年者と同一の行為能力を有しない未成年者又は成年被後見人である場合においてはその法定代理人(法定代理人が法人であるときは、その代表者)を事業主とする。次項において同じ。)が違反の防止に必要な措置をした場合においては、この限りでない。
2 事業主が違反の計画を知りその防止に必要な措置を講じなかつた場合、違反行為を知り、その是正に必要な措置を講じなかつた場合又は違反を教唆した場合においては、事業主も行為者として罰する。
この規定を両罰規定と言います。
第1項について
第1項は、いわゆる事業主処罰規定について書かれた条文です。つまり、労働基準法違反の行為者が、事業主のために行為した代理人、使用人その他の従業者である場合においては、事業主に対しても罰則が適用されるというものです。報道で、「法人としての電通を書類送検」などと言っているのは、この条項に基づいています。
同条項ただし書きにあるように、法人としての刑事責任を追及するには、法人の代表者が違反防止措置を行ったかどうかが論点になります。電通の山本敏博社長は「社員の勤務管理が不十分だった」と法人としての責任を認める説明をしていることがわかりました。朝日新聞の報道によると、山本社長は36協定違反の違法長時間労働があったことを認め「もっと取るべき対策があった」と話しているそうです。したがってこの場合、同条第1項の規定にしたがって、電通の刑事処分が検討されることになります。
第2項について
事業主(事業主が法人の場合はその代表者)が違反事実に対して違法性の認識があり、必要な防止措置や是正措置を講じなかったり、違反を教唆した場合、事業主も行為者として罰せられます。例えば、電通の場合、36協定違反の違法長時間労働が行われていることを社長が知りつつもそれを黙認していたり、その実行を決意せしめていた場合、社長が36協定違反の違法長時間労働を具体的に指示・命令していなくても行為者と同じ罰則が適用されます。
しかし、 「部下が勝手にやったことだから」と言って知らぬ存ぜぬを押し通されたら、この立証は非常に難しくなります。事業主に限らず、行為者がどこまでの範囲にまで及んでいたかという問題でも同様です。
違法長時間労働の行為者が直属の上司なのか、さらにその直近上位たる上司なのか、その判別は非常に難しいのです。事業主との距離が近い中小零細企業においては事業主に対し行為者としての両罰規定が適用されることがあるかもしれませんが、指揮命令系統が大規模かつ複雑な大企業において、事業主や上層部を行為者として処罰するということは非常に困難なのです。
大阪労働局は、平成29年4月25日、株式会社電通とほか1名を労働基準法違反の容疑で、大阪地方検察庁に書類送検しましたが、罪条は同法121条第1項のみで、同条第2項の適用はありませんでした。つまり、それだけ、事業主を行為者として罰することは非常に困難なのです。
まとめ
報道の通り、電通の山本社長が法人としての罪を認めたのであればそれは当然のことでしょう。なぜならば、電通は労働基準監督署による是正勧告を何度も受けていたからです。これでは、法人としての責任追及を免れないでしょう。
また、高橋まつりさんの過労自死が労災認定されてから、今回の一連の電通事件が報道されるようになりましたが、これだけ大きな問題になったのには理由があります。それは、電通が同じことを繰り返したからです。
電通では、高橋まつりさんの場合と同じように、過去にも新入社員の過労自死が発生しています。平成3年8月27日のことです。遺族が提訴し、最高裁まで争われ、同社が遺族に1億6800万円の賠償金を支払うことで結審しました。電通は同じことを繰り返した以上、口先だけの反省では検察官にも裁判官にも通じないでしょう。