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いなげやの労災認定:月100時間未満の残業規制で過労死は防げない

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はじめに

 2017年4月17日、月100時間未満の時間外労働で労基署が過労死認定したことが報じられました。報道をまとめます。

  1.  平成26年6月、スーパー「いなげや」で働く男性社員(当時42歳)が脳梗塞のため亡くなった。
  2. 男性の時間外労働は、発症前4か月間の平均で75時間53分。
  3. 1か月最大では96時間35分(月100時間未満)
  4. 亡くなった男性は、タイムカードを打刻したあとも仕事を続けていた。
  5. 発症前1か月間では、タイムカード終業打刻時間と店を出た退館時間の間に1日平均2時間41分もの乖離が見られた。
  6. 入退館の記録や同僚の証言で勤務時間以外にもサービス残業の実態が浮き彫りとなり、過労による労災が認められた。
  7. サービス残業を、行政がみずから労働時間として推認したというのは新しく、注目すべき判断。
  8. いなげやは、別の店舗でも平成15年に当時27歳の男性社員が過労のため自殺。

使用者は、労働時間の正確な把握を徹底すべき

 厚生労働省は、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を策定し、使用者に労働者の労働時間を正確に把握するよう呼び掛けています。

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 しかし、いなげやではそれが行われていませんでした。本ガイドラインにおいては、タイムカードによる労働時間の把握について次のように記述されています。

タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること。

 いなげやの場合、入退館記録とタイムカードの記録において1日平均2時間41分という著しい乖離がみられ、適正に記録していたとは言えません。下記のように、使用者が労働者にタイムカードの定時一斉打刻を指示し、書類送検されたという事例もあります。

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 したがって、このような指示を受けた場合絶対に拒否をしましょう。ましてや、まだ業務が終了していないのに、自分から忖度してタイムカードをフライング打刻するのはやめましょう。使用者から業務用のパソコンを供与されている場合は、念のため自分でパソコン使用時間の記録をファイルとして保存しておくことも良い方策です。業種や職種によって異なりますが、VDT作業を主体とする人には有効な策と言えるでしょう。下記にこの点について記述した記事を示します。 

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行政による新しい判断

 今回、タイムカードの記録と過労死ラインとを一律に照合するのではなく、同僚の証言や入退館記録をもとにサービス残業を推認し、過労死ラインを下回る場合でも過労死認定をするというのは、行政として新しい判断です。

 過労死ラインを下回っていることを理由に労基署が過労死認定を行わなかったため、遺族が国を相手取り裁判に至った事例はこれまでにもありました。下記は、トヨタおよびトヨタ系列企業に勤める従業員が過労死した件で、いずれも国が労災認定を行わなかったため、遺族が国を相手取り裁判を起こした事例を紹介しています。いずれも遺族側が勝訴し、裁判所は過重業務による労災を認定しています。 

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 長時間労働の問題が大きな社会問題となっていることを受け、裁判所はこれを重く見たのでしょう。今回のいなげやの過労死認定が前例となって、今後もこの新しい行政判断が定着しいくことは確実なものと思われます。

「時間外労働の上限月100時間未満」という結論について

 先日の残業時間の上限規制を巡る労使の話し合いでは、経団連が「月100時間以下」、連合が「月100時間未満」をそれぞれ主張し平行線でした。最終的には首相が「月100時間未満」を選択し、政労使で決着しました。

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 こうして平成29年3月28日、政府の働き方改革実行計画に時間外労働の上限時間「月100時間未満」が盛り込まれてました(働き方改革実行計画(12ページ)働き方改革実現会議決定)。しかし、名古屋高裁や名古屋地裁の裁判例および今回のいなげやの過労死認定事例から明らかなように、月100時間未満でも十分に過労死が起こり得ます。すなわち残業時間の上限規制において、最初から月100時間で線引きし、それ「以下」にするかそれ「未満」にするかというアジェンダ設定そのものが間違っていたのです。

 時間外労働の上限規制に関して、過労死認定ラインぎりぎりで議論を進めるということは、サービス残業の問題を全く考慮していないことに等しいのです。

まとめ

 連合が労働者代表を標榜するのであれば、労働者の総意を集約し代弁するべきです。連合が「月100時間は到底あり得ない数字」と形式上は反発しながらも、結局は「月100時間未満」で大幅譲歩したことがいかに欺瞞に満ちていたかがわかります。