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はたして吉野家の奨学金制度は強制労働にあたるか??

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はじめに 

 牛丼チェーンの吉野家が、アルバイトを対象に、大学の入学金や授業料を貸与する奨学金制度を創設する方針を明らかにしました。2018年4月に入学する高校生アルバイトから希望者を募り、大学入学後吉野家の店舗で週3時間以上アルバイトをすることが、当該奨学金の貸与の条件だそうです。大学卒業後吉野家に入社し、4年間勤務すれば、返済が免除される仕組みになっています。

 吉野家によると、学費の捻出が難しい若者を支援すると同時に、人材確保にもつなげるとのことです。なお、在学中にアルバイトを辞めたり、入社後4年間続かなかった場合は、それまでに貸与された奨学金を全額返済する必要があります。

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 インターネット上では、称賛の声が出る一方で、「辞めるに辞められない状態を招くのでは」と危険性を訴える声もでています。果たして、この制度をどのように捉えたらよいでしょうか。

前借金相殺の禁止とは

 労働基準法に、前借金相殺の禁止を規定する条文があります。 

労働基準法17条

使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。

 「前借金相殺」とは、使用者と労働者との間になされた金銭貸借に関して、労働者が負っている前借金を労働者の賃金債権と相殺することを言います。すなわち、前借金相殺の下では結局のところ、労働者が労働することにより借金を返済していく形になります。

 こうした労働形態は戦前に多く見受けられましたが、戦後になりこうした前近代的な人身売買的制度を排除するために、法17条が設けられました。「前借金相殺の禁止」に該当するか否かについては、これまでにいくつかの裁判例があります。

日新製鋼事件について

 これは、使用者と労働者の合意の上でなされた住宅ローンに関する賃金債権による相殺が、労働基準法17条で禁止する前借金相殺にあたるか否かを争った裁判です。最高裁判所は、労働者の自由意思に基づくものと認められるような場合には、適法であると判断しました。(日新製鋼事件 最二小判平2.11.26)。今回の、吉野家の奨学金のケースはこの裁判例に最も近いと思われます。

 判決によれば、住宅資金の融資に関しては労基法17条の立法趣旨から考えると、

労働者の申し出に基づき労働者の便宜のためのものであり、かつ、貸付金額や貸付期間が妥当なものであり、かつ、返済前の退職の自由が確保されている

という要件を満たし、労働者の身分的拘束を伴わないことが明白な場合には、同条違反にはならないとされています。

 つまり、今回のケースで言えば

  1. 奨学金が労働者の自由意思に基づくものである
  2. 奨学金の貸付金額や貸付期間が妥当
  3. 奨学金返済前の退職の自由が確保されている

という3つの要件全てを満たすかどうかが論点になります。すなわち、上記1~3のどれか一つでも満たさなければ、前借金相殺になります。

吉野家のケースを考える

 上記1~3の要件を今回の吉野家のケースに当てはめて考えてみます。しかし、以下は、あくまで筆者の見解です。

 1については、奨学金の貸与を受けるためには吉野家に必ず入社しなければならないとはどこにも書かれておらず、この点において既に自由意思が確保されています。

 2については、修学上の便宜を図るためのもので、また、貸付金額は、大学の入学金や授業料相当分、貸付期間は大学在学中と妥当です。

 3については、仮に4年間働けば返済を免除するものであって、4年間必ず働かなければならないという身分的拘束を伴うものではなさそうです。

 したがって、上記1~3の全てを満たし、吉野家の奨学金は前借金相殺には該当しません。

 これに対し、もし今回の奨学金制度が、貸与を受ける以上は必ず吉野家に入社し4年間の労働をもってその弁済が完了する性質を帯びたものであれば、前借金相殺に該当する可能性があります。この場合の労働は、労働基準法5条で禁止する強制労働に該当する可能性があります。

 したがって、表題に対する筆者の見解は、「吉野家の奨学金制度は強制労働にはあたらない」です。

まとめ

 キャリコネニュースによると、吉野家の広報担当者は、今回の奨学金制度について、

奨学金を借りている学生は増え続けています。そうした学生さんたちのお手伝いをするために今回の奨学金制度の導入を決定しました

とコメントしているとのことです。筆者も、先の見解から、今回の奨学金制度は、善意でなされたものと解釈します。

 それよりも、国(正確には日本学生支援機構)の奨学金制度が学生ローンと化してしまっていることや、日本の大学の授業料が他国と比べて異常に高いことのほうが問題だと思います。因みにスウェーデンでは、給付型奨学金も充実しており学費も無料です。

  筆者は、文部科学省の官僚が吉牛の店舗で「並・玉(ぎょく)・汁だく」とか言っている姿をあまり見たくないですね。