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過労死白書:正社員が過労死に至る確率は非正社員の約18倍

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過労死白書とは

 平成26年11月1日、過労死等防止対策推進法(以下法という。)が施行されました。この法律は、過労死等の防止のための対策を推進し、健康で充実して働き続けることのできる社会の実現に寄与することを目的として制定されました。 法6条に次のように書かれています。

法6条

政府は、毎年、国会に、我が国における過労死等の概要及び政府が過労死等の防止のために講じた施策の状況に関する報告書を提出しなければならない。

 この条文に基づき毎年国会に提出されるのが、過労死等防止対策白書(通称:過労死白書)のことです。 過労死白書では、過労死の労災補償状況といったデータなどが報告されています。過労死白書は、他に、過労死防止のための対策の実施状況なども報告しています。

年間総実労働時間の推移

 第1-1図は、年間総実労働時間の推移を表すグラフです。 

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(出所:平成28年過労死等防止対策白書)

 年間総実労働時間は年々右肩下がりの傾向を示し、平成2年に比べて平成27年の総実労働時間は約15%も下がっています。そのため、「長時間労働っていうけど27年前の平成2年に比べたら改善しているじゃないの?」と思われがちです。そこで、次のグラフをご覧ください。

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(出所:平成28年過労死等防止対策白書)

 第1-2図は、就業形態別年間総実労働時間及びパートタイム労働者比率の推移を表すグラフです。パートタイム労働者の比率は年々右肩上がりの傾向を示し、平成27年の比率は、平成5年の比率の倍以上です。総実労働時間は、パートタイム労働者においては漸減しているのに対し、一般労働者においては、平成5年から平成27年までの22年間ほとんど変化していません。すなわち、パートタイム労働者の比率の上昇が年間総実労働時間を押し下げる要因となっているのです。

 また、この図でいう一般労働者はいわゆるフルタイムの労働者のことを指し、正社員のみならず契約社員・派遣社員といった非正社員も含まれます。したがって、正社員の年間総実労働時間は一般労働者の年間総実労働時間よりさらに多いものと推測されます。

過労死の定義

 ところで、この法律では過労死の定義がなされています。

法2条

この法律において「過労死等」とは、業務における過重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡若しくは業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡又はこれらの脳血管疾患若しくは心臓疾患若しくは精神障害をいう。

  すなわち過労死とは、

  1. 業務上の過重な負荷による脳血管疾患を原因とする死亡
  2. 業務上の過重な負荷による心臓疾患を原因とする死亡
  3. 業務上の強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡

の3つのことです。

 過労死が認定されると、労働者災害補償保険法の規定にしたがって補償がなされます。上記のうち、1及び2と3とでは類型が異なります。そこで、ここからはそれぞれの類型におけて労災補償状況を見ていきたいと思います。

脳・心臓疾患を原因とする過労死に係る労災補償の状況

 次の表は、脳・心臓疾患の就業形態別の決定及び支給決定件数を表しています。

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(出所:平成28年過労死等防止対策白書) 

 特別加入者等とは、本来労災保険に関与しない労働者以外の者を言います。例えば、中小企業の経営者がこれに該当します。 以下、平成27年度の脳・心臓疾患を原因とする過労死による労災保険支給決定件数について考えます。

 表から明らかなように、契約社員・派遣労働者・パート・アルバイトを非正社員としてひとまとめにすると、当該支給決定件数は2件です。一方、正社員の場合は92件で、非正社員の46倍です。但し、正社員と非正社員の割合が異なるので単純には比較できません。平成27年度における非正社員の割合は37.5%です。これを考慮すると、労災支給決定ベースで、正社員が脳・心臓疾患を原因とする過労死に至る確率は、非正社員の約28倍です。正社員が非正社員に比べて、長時間労働によって疲弊している状態がデータからも立証された形となっています。

精神障害を原因とする過労自死に係る労災補償の状況

 では、業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡(過労自死)について考えます。以下、平成27年度の過労自死による労災保険支給決定件数について考えます。

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(出所:平成28年過労死等防止対策白書)

 表によると、非正社員は4件です。一方、正社員の場合は87件で、非正社員の約22倍です。先ほどと同様、正規・非正規の比率を考慮すると、労災支給決定ベースで正社員が過労自死に至る確率は、非正社員の約13倍です。

脳・心臓疾患の場合と精神障害の場合を合算するとどうか

 では、両者を合算して考えてみましょう。平成27年度の労災支給決定件数は非正社員の場合6件です。一方、正社員の場合179件で、非正社員の約30倍です。正規・非正規の比率を考慮すると、労災支給決定ベースで、正社員が過労死に至る確率は、非正社員の約18倍となります。 正社員の場合、配置転換や過度な責任の発生等、過重な負荷や強い心理的負荷がかかる要因が様々考えられますが、何と言っても、長時間労働が最も大きい要因として考えられるでしょう。

 最近の医学的知見からは、時間外労働が月45時間を超えると、超過した労働時間に反比例する形で、睡眠時間が短くなることが指摘されています。特に、1日5時間未満の睡眠時間では、業務による疲労の蓄積が起こりやすくなり、これらの健康障害の発症リスクが高まるとされています。

なぜ正社員は長時間労働になりがちなのか

 これほどまでに危険性が指摘されているにもかかわらず、正社員が長時間労働に陥りやすいのは、正社員が定年までの雇用が保障される代わりに、使用者が正社員に対し広範な人事権を行使できるからです。

 これは、内部労働市場の成長過程にあった高度成長期に、労使が協調して決めていった雇用慣行です。内部労働市場とは自社が直接雇用する正規従業員すなわち正社員のことを指します。広範な人事裁量権の中の1つに残業があります。大企業の場合、解雇規制が非常に強いので、繁忙期が訪れた際でも正社員を柔軟に雇用することができません。このため使用者は、内部労働市場の労働時間で雇用調整を図るよりほかはありません。したがって、正社員は長期雇用を前提とするため、長時間労働に至りやすい傾向があるのです。

 一方、非正社員はどうでしょうか。非正社員は、定年までの雇用が保障されていません。したがって、使用者は、非正社員に対し限定的な人事権しか行使できません。このため、非正社員には仕事内容・勤務地・労働時間等をあらかじめ明確にしなければならず、そもそも長時間労働に至るような素地が存在しません。

 雇用形態の違いという観点において、労働時間のダブルスタンダードが存在するのです。終身雇用という古い雇用慣行を継続している限り、長時間労働を抑制するための何の効果も期待できません。むしろ、雇用を流動化したほうがはるかに長時間労働の解決に繋がるのです。

福井県若狭町の新任教諭だった嶋田友生さんの過労自殺について

 嶋田さんは4年間の臨時職員を経て2014年4月に、正規の中学校教諭として採用されました。ところが、赴任直後の4~6月に月128~161時間の時間外勤務があり、10月に自殺しました。地方公務員災害補償基金福井県支部は昨年9月長時間労働による精神疾患が自殺の原因だとして、公務災害と認定しました。(参照元:『福井新聞』

 嶋田さんは、4年間の臨時職員を経て正規の教諭に採用されました。しかし、正規の教諭に採用された途端、長時間労働に悩み、わずか半年で自ら死を選んでしまいました。この場合においても、諸悪の根源は終身雇用という雇用慣例にあります。終身雇用は、非正社員のみならず、正社員にも有害でしかありません。非正社員にとっては同一労働同一賃金を阻害する要因として、正社員にとっては過労死リスクを高める要因として、終身雇用の悪弊が立ちはだかっています。嶋田さんは、終身雇用の弊害を非正規の立場と正規の立場の両方で経験してしまったのです。

 今回過労死白書のデータから、終身雇用が過労死リスクを高める要因として働いていることがわかりました。過労死リスクを高めてまで終身雇用に固執する理由はどこにあるのでしょうか。