- はじめに
- 合成の誤謬と貯蓄のパラドックス
- 合成の誤謬をブラック企業問題に置き換えて考えてみる
- ブラック企業と判断したらどうすればよいのか
- 負のスパイラルから脱却した数少ない実例
- 皆で我慢すれば業界全体にブラック労働が蔓延する
はじめに
今から3年前にブラック企業問題について書かれた新聞記事があります。
このように3年前から新聞等で声高に言われているのに、ブラック企業問題はちっとも改善されていないですよね。これはいったいなぜなのでしょう。
前回では、ブラック企業問題が一向に改善されない理由として、
- 入社前にブラック企業かどうかの予見が難しいこと
- 行政の監督体制が不十分なこと
- われわれ働く者自身に労働法の知識が不足していること
の3点を挙げました。
その他に、もう一つ忘れてはならない理由があります。
合成の誤謬と貯蓄のパラドックス
皆さんは、合成の誤謬という言葉を聞いたことがあるでしょうか。少し聞きなれない言葉ですね。ひょっとして経済学を勉強した方なら知っているかもしれません。
合成の誤謬
「ミクロの視点では正しいことでも、それが合成されたマクロ(集計量)の世界では、必ずしも意図しない結果が生じることを指す経済学の用語」
合成の誤謬の代表例に、「貯蓄のパラドックス」というのがあります。簡単に説明すると、「所得の余剰分を将来の安心のためにみんなが貯蓄をしたら、却って企業の業績が下がり所得が減ってしまった」といったところです。筆者は、ブラック企業の蔓延が「貯蓄のパラドックス」に非常に類似していると思うのです。
合成の誤謬をブラック企業問題に置き換えて考えてみる
合成の誤謬の定義において、ミクロを働く人ひとりひとり、マクロを労働市場全体に置き換えて考えてみます。ブラック企業においては、連日連夜長時間労働でしかも残業代も出ず、働く人は心身が疲弊しきっていますよね。そんな状態で、働く人が能力を如何なく発揮できているとは思えません。本来はもっと発揮出来るはずなのに、その能力を自分の中に貯めこまざるを得ないのです。
「そうはいってもこのご時世、仕方が無いからやっぱりここで我慢しよう…」とみんなが思ってしまったらどうなるでしょうか。そうなったら、ますますブラック企業の経営者の思うつぼです。彼らはもっと不条理なことを押し付けてくるでしょう。
あるいは、「みんな遅くまでサビ残頑張っているし、俺だけ帰るのはちょっと…」と言って同調圧力に屈したらどうなるでしょう。ブラック企業経営者はますます、社会的には通用しないローカルルールを編み出し、長時間労働やサビ残がおかしいということを考えさせないよう洗脳してくるでしょう。残業代が出ないのにもかかわらず定時に帰るのが難しいという妙な空気も、皆が思考停止に陥っていることの証です。でも決して同僚たちが悪いのではありません。遵法意識もなくサビ残当たり前という変な空気を醸成する経営者が悪いのです。
「何かおかしいと思っても何となく職場の空気に流されて我慢してしまう」…これこそがブラック企業問題が一向に改善されない最大の理由なのです。
ブラック企業と判断したらどうすればよいのか
ブラック企業と判断したら、即座に辞めてしまえばよいのです。でもおそらくこういう反論が返ってくるでしょう。「そう簡単に言うなよ。そんなに容易く転職先は見つからないよ…」と。確かにその通りです。決して間違ってはいません。ただしそれは、みんなが劣悪な労働条件で我慢しているのにもかかわらず自分一人が辞めた時の話です。皆さんが持っている潜在的能力を発揮する機会が停滞している状態です。能力が然るべきところに活かされないのだから非常に勿体ないですよね。
能力が発揮できず貯め込まざるを得ない状態をマクロで見れば、経済活動の停滞や労働市場の縮小化を招きます。このようにして負のスパイラルが形成され、ますます皆さんは劣悪な条件でも我慢せざるを得なくなってしまうのです。では、この負のスパイラルを断ち切るにはどうしたら良いか。
ブラック企業と判断したら、みんなで辞めてしまえばよいのです。
一人ではなくみんなでというところが重要です。
負のスパイラルから脱却した数少ない実例
今から2年くらい前に、深夜であるにもかかわらずたった一人で店の切り盛りをさせて、あまりにも劣悪な労働条件のためにアルバイト店員が次々と辞めていったことがありました。牛丼チェーンすき家の「ワンオペ問題」です。その結果人手不足に陥り、「すき家」を運営するゼンショーホールディングスは、2015年3月期決算で111億円の赤字となりました。
ところがそれから1年後の2016年3月期決算で、ゼンショーホールディングスの営業利益が121億円の黒字というV字回復を果たしたのです。
この間、ゼンショーは次のようなことを行いました。
- 深夜は複数勤務体制にして長時間労働を回避
- アルバイトの時給を上げる
労働条件の改善が企業としての業績回復にもつながったのです。もし、あのときみんながワンオペでも辞めずに我慢して働いていたらどうなっていたでしょうか。2017年の現在でも、深夜すき家に牛丼を食べに行ったら、お茶出しから牛丼盛り・料金精算・食器洗いその他すべてを、アルバイト一人が当時の時給のままで対応していたことでしょう。 このように、何かおかしいと思ったら変な空気に流されず、皆で辞めてしまうことが大切なのです。
皆で我慢すれば業界全体にブラック労働が蔓延する
労働条件もちゃんと整備して給料を支払っているホワイトな同業他社にとって、ブラック企業は迷惑な存在です。ブラック企業は公正な市場競争をしているとは言えないからです。牛丼チェーンを例にとります。
もし、A社がワンオペ、B社が複数人体制と取っていたとします。時給は同じと仮定します。当然、A社はB社より牛丼の価格を低く設定するでしょう。その後どうなるのでしょうか。次の二つが考えられます。
- B社のシェアが奪われ、A社の店舗がどんどん増える
- B社も価格競争に負けまいとA社と同じくワンオペを導入する
どちらの場合も、ワンオペが業界全体に蔓延していきます。
このようにブラック企業の問題は、「仕事を奪われたら怖い」という個々の心理が重ね合わせられた結果、合成の誤謬となって表れた社会問題だったのです。