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なぜ賃金不払いは労働基準法違反でなく最低賃金法違反になるのか

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はじめに

 今回は、「送検事例をもとに、ブラック企業を検証しその対策を考える」の第18回目です。

 平成29年11月30日、久留米労働基準監督署は、労働者に賃金を支払わなかったとして、㈲久留米日日新聞社(福岡県久留米市)と同社社主を最低賃金法4条違反の容疑で福岡地検久留米支部に書類送検しました。

事件の概要

書類送検された企業:

㈲久留米日日新聞社(福岡県久留米市)

≪平成29年11月30日送検≫

  • 同社は平成29年4~6月、労働者1人に対して定期賃金計28万7640円を支払わなかった。
  • 同社は経営不振に陥っており、同年5月25日号をもって定期刊行物「久留米日日新聞」は休刊している。

(違反法条:最低賃金法4条)

(参照元:『労働新聞社』 https://www.rodo.co.jp/column/33027/

最低賃金の効力について

 本件は、倒産しかかっている新聞社が労働者一人に対し定期賃金を支払わなかったとする、いわゆる賃金未払いの事例です。

 ところが、違反法条は最低賃金法4条となっています。

 そこで、次の条文をご覧ください。

最低賃金法4条第1項

使用者は、最低賃金の適用を受ける労働者に対し、その最低賃金額以上の賃金を支払わなければならない。

 このように使用者は最低賃金額以上の賃金を支払わなければなりません。しかし、ここでいう「賃金」に算入されないものがあります。

 最低賃金法4条第3項にその定めがあります。

最低賃金法4条第3項

次に掲げる賃金は、前二項に規定する賃金に算入しない。
一 一月をこえない期間ごとに支払われる賃金以外の賃金で厚生労働省令で定めるもの
二 通常の労働時間又は労働日の賃金以外の賃金で厚生労働省令で定めるもの
三 当該最低賃金において算入しないことを定める賃金

 つまり、ボーナスと時間外・休日・深夜労働の割増賃金(いわゆる残業代)は対象外です。最低賃金の算入対象となるのは、総支給額から所定外賃金(ボーナスや割増賃金)を除外した賃金(所定内賃金)です。

 では、使用者が所定内賃金を全く支払わなかったらどうなるでしょうか?

 この場合は、所定内賃金が形式的に0円になり、労働者に適用される最低賃金を下回ることになります。したがって、使用者は最低賃金法4条違反の罪に問われます。因みにこの場合、最低賃金法40条の規定により、使用者は50万円以下の罰金に処せられます。 

一定期日払いの原則について

 一方、労働基準法には「一定期日払いの原則」というものがあります。

 次の条文をご覧ください。

労働基準法24条第2項

賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金については、この限りでない。

 このように、賃金は毎月1回以上、一定の期日を定めて支払わなければなりません。ただし、臨時のものやボーナスは対象外です。ここでいうところの「賃金」には、所定内賃金のほかに時間外・休日・深夜労働の割増賃金(いわゆる残業代)も対象として含まれることに注意が必要です。

 したがって、使用者が所定内賃金を支払わなかった場合、使用者は労働基準法24条違反の罪にも問われます。因みにこの場合、労働基準法120条の規定により、使用者は30万円以下の罰金に処せられます。

違反法条が競合した場合どうなるか?

 このように、使用者が所定内賃金を全く支払わなかった(賃金不払い)の場合、最低賃金法4条第1項にも労働基準法24条第2項にも違反することになります。この場合の刑事的効力は、より重い罰則の違反法条に及びます。

 したがって、賃金不払いを行った使用者は、最低賃金法4条違反となるのです。

最低賃金について

 最低賃金には、地域別最低賃金特定最低賃金の2種類があります。

地域別最低賃金について

 地域別最低賃金は、全国47都道府県ごとに定められている最低賃金です。

 政府諮問機関の中央最低賃金審議会が毎年度策定する目安を参考としながら、各地方最低賃金審議会で調査・審議し、最終的には都道府県労働局長が地域別最低賃金を決定します。例年、10月初め頃順次発効されます。

 下のリンクは、平成29年度の地域別最低賃金の改定状況です。全国加重平均額は848円で、前年度より25円上回りました。また、最高額は東京都の958円、最低額は福岡県を除く九州6県と沖縄県の737円でした。

www.mhlw.go.jp

特定最低賃金について

 特定最低賃金は、特定の産業について設定されている最低賃金です。
 関係労使の申出に基づき最低賃金審議会の調査審議を経て、同審議会が地域別最低賃金よりも金額水準の高い最低賃金を定めることが必要と認めた産業について設定されています。

 下のリンクは、特定最低賃金の全国一覧です。

www2.mhlw.go.jp

 多くは、毎年12月中に順次改定され発効する予定ですが、東京都や神奈川県のように、特定最低賃金がずいぶん前から変わっていないところもあります。

2以上の最低賃金の適用を受ける場合

 地域別最低賃金は、全国あまねく決定されているために、国内事業場において使用される全ての労働者に適用されます。一方、特定最低賃金は、特定の職業に就いている労働者のみに適用されます。

 労働者が、地域別最低賃金と特定最低賃金の2種類の適用を受けるときは、高いほうの最低賃金が適用されます。

使用者が特定最低賃金以上の賃金を支払わなかった場合

 先ほどは、使用者が所定内賃金を全く支払わなかったため、最低賃金法違反の容疑で書類送検されたという事例です。

 使用者が地域別最低賃金に達しない賃金を支払っていた場合も、賃金不払いと同様に最低賃金法違反の罪に問われます。

 では、使用者が、地域別最低賃金以上ではあるが特定最低賃金に達しない賃金を支払っていた場合はどうなるでしょうか?

 この場合、使用者は最低賃金法4条違反ではなく、労働基準法24条違反に問われます。

 労働基準法24条第1項には、賃金の全額払いの原則というものがあります。これは、1月分の賃金を分割してあるいは一部を控除して支払うことは許されず、ちゃんと全額を支払わなければならないとする原則です。

 使用者が特定最低賃金を支払わなかった場合、刑事的な効力は最低賃金法ではなく、労働基準法に及ぶような仕組みになっているのです。したがってこの場合、使用者は労働基準法120条の規定により、使用者は30万円以下の罰金に処せられます。

まとめ

 使用者が、所定内賃金すら全く支払わない場合は、より罰則が重い最低賃金法違反に問われます。また、使用者が、地域別最低賃金に達しない賃金を支払っていた場合は最低賃金法違反、地域別最低賃金以上ではあるものの特定最低賃金に達しない賃金を支払っていた場合は労働基準法違反に問われます。

 厚生労働省が公表している労働基準関係法令違反に係る公表事案(いわゆるブラック企業リスト)では、賃金不払いの事例が多数見られます。

 新聞社も、賃金不払いをはじめブラック企業問題をもっと大きく報道すれば、発行部数が上がって経営不振から脱却することができたのかもしれません。