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ブラック企業の労働条件は美しくない:エステ業界のブラック労働

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はじめに

 産経新聞が、エステ業界に蔓延するブラック労働の現状について報道しています。下記は、その事実を伝える記事です。

www.sankei.com

 記事は、「エステティックサロンさくら」の事例を詳細に報道しています。残業代支払いを求めエステティシャン7人が「エステティックサロンさくら」の運営会社を相手取り提訴しました。まさしく典型的なブラック企業の事例です。

「会社の法律は俺だ」と言っても労基法には勝てない

 今年8月10日ごろ、「エステティックサロンさくら」代官山店に現れたベルフェムの佐々木徹会長は、従業員約10人を前に、強い口調で話し始めた。当時、会社は銀座店(閉店)のエステティシャンに残業代を支払っていないことなどが労働基準法に違反するとして、品川労働基準監督署から是正勧告を受けていた。

(参照元:『産経新聞』2017.12.07

 このとき、佐々木会長は次のような言葉を発したと記事に示されています。

「会社の法律は俺だって思ってるから」

(参照元:『産経新聞』2017.12.07

会社の法律とは何か

 次の条文をご覧ください。

労働基準法89条

常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。

一 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項

二 賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項

三 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)

三の二 退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項

四 臨時の賃金等(退職手当を除く。)及び最低賃金額の定めをする場合においては、これに関する事項

五 労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項

六 安全及び衛生に関する定めをする場合においては、これに関する事項

七 職業訓練に関する定めをする場合においては、これに関する事項

八 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する定めをする場合においては、これに関する事項

九 表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項

十 前各号に掲げるもののほか、当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項

 このように、常時10人以上の労働者を使用する使用者は、就業規則を作成し、行政官庁(労働基準監督署)に届け出なければなりません。就業規則とは、従業員の労働条件と就業上遵守すべき服務規律を定型的に定めたものを意味します。

 職場の規律や秩序を維持するために、労働者には、就業規則の遵守が要請されます。逆に言うと、労働者は就業規則を遵守している限り、使用者から恣意的な制裁を受けることはありません。

 他方において使用者は、就業規則に定める労働条件を保障しなければなりません。

 このように、就業規則は、「会社の法律」と言えるものです。

絶対的必要記載事項と相対的必要記載事項

 ところで、労働基準法89条の一から三まで(赤で示した部分)を、絶対的必要記載事項といいます。使用者は、就業規則に必ずこれを記載しなければなりません。

 一方、三の二から十までを、相対的必要記載事項といいます。使用者は、定めをする場合は必ずこれを記載しなければなりません。

就業規則の作成手続について

 就業規則を作成するのは使用者ですが、むやみ勝手に作成してよいものではありません。ちゃんとした手続きを踏まなければ、監督署に就業規則として認めてもらえないのです。

 就業規則の作成手続については、労働基準法90条に記載があります。 

労働基準法90条

使用者は、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない。

2 使用者は、前条の規定により届出をなすについて、前項の意見を記した書面を添付しなければならない。

 このように、就業規則の作成にあたっては、使用者は、過半数労働組合または過半数代表者の意見を聴取しなければならないことになっています。そして、届け出の際には、その意見を記した書面(意見書)を添付することが必要です。意見書には、過半数労働組合または過半数代表者の署名捺印が必要です。

 したがって、使用者が従業員にお伺いを立てずに就業規則を勝手に届け出ることはできません。

 一旦届け出た就業規則を変更する場合も同様です。代表者から就業規則の変更内容について意見聴取し、意見書を添付して変更後の就業規則を監督署に遅滞なく届け出ることが必要です。

 なお、就業規則の届出・変更の際、意見書の添付が必要ですが、同意を得ることまでは必要とされていません。

 しかし、いくら同意を得る必要が無いと言っても、どんな就業規則を作成しても良いものなのでしょうか。次に、その点について解説します。

法令違反の就業規則について

 次の条文をご覧ください。

労働基準法92条

就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。

2 行政官庁は、法令又は労働協約に牴触する就業規則の変更を命ずることができる。

 ここでいう「法令」とは、労働基準法をはじめとする強行法規を意味します。したがって、労働基準法に違反する規定が盛り込まれた就業規則は無効とされ、労働基準監督署は、就業規則の変更命令を発することができます。

 例えば、就業規則に「時間外労働の割増賃金についてはこれを支給しない」と記載されていたら、労働基準法に違反する内容が盛り込まれています。したがってその就業規則は直ちに無効とされ、労働基準監督署は、変更を命ずることができます。

 ましてや、使用者が口頭で、「会社の法律は俺だ。だから残業代は出ない。」などと言っても、全く許されないことは言うまでもないでしょう。

求人詐欺について

 産経新聞の記事には、「エステティックサロンさくら」で行われた求人詐欺の様子が克明に記されています。

求人内容:

「実働8時間」「月給23万円プラス諸手当」

実際:

「午前9時~午後9時ごろまでの長時間労働」

「休憩も十分に取れない」

「残業代は一切支払われず」

(参照元:『産経新聞』2017.12.07

 求人内容に問題があります。まず、「実働」が何を意味しているのかわかりません。

 職業安定法は、労働者の募集を行う者は、始業及び終業の時刻、休憩時間などを明記しなければならないと規定しています。始業から終業までの時間から休憩時間を差し引いた時間を、所定労働時間といいます。したがって、求人は、所定労働時間がわかるような内容になっていなければなりません。

 「プラス諸手当」という表現も曖昧過ぎます。

「風邪で1日休んだら、4万円近く引かれてしまった」について

 産経新聞によると、「月給が23万円を超えることもほぼなかったのに、風邪で1日休んだら、4万円近く引かれてしまった」(元エステティシャン)とあります。

 確かに、年次有給休暇を行使しない限り、風邪で仕事を1日休めば、1日相当分の賃金が給料から差し引かれます。これを、ノーワーク・ノーペイの原則といいます。

 しかしながら、4万円近く引かれるのは高すぎないでしょうか。月給が23万円で、1日休んで4万円近く引かれるとすれば、月間の所定労働日数が6日程度になってしまいます。月給制で月所定労働日数が6日程度なんてまさかないでしょう。

固定残業代制について

 会社側は「残業は固定残業代だった」と主張したが、従業員はそうした条件を一切知らされていなかったという。

(参照元:『産経新聞』2017.12.07

 ブラック企業が使う典型的な手口ですね。固定残業代制を企業が導入すること自体は法律で禁止されていませんが、その運用には厳格なルールがあります。それをまとめると以下の3つになります。 

  1. 割増賃金相当部分とそれ以外の賃金部分と明確に区分すること
  2. 何時間分の時間外労働に相当する手当なのかを明確にすること
  3. 時間外労働が固定残業代の算定基礎となる時間数を超えた場合、その超えた時間数について、法定の計算方式に従い、割増賃金を別途支給すること

 産経新聞の報道によると、求人内容のうち賃金については「月給23万円プラス諸手当」と記載されていたとのことです。上記原則1により、固定残業代を導入する際は、割増賃金相当部分はそれ以外と明確に区分されていなければなりません。また、上記原則2により、固定残業代が何時間分の時間外労働に相当する手当なのかを明確にしなければなりません。

 したがって、月給23万円の中に固定残業代を含ませるのであれば、求人内容に固定残業代の存在を伏せたままどんぶり勘定で賃金を記載するのは厳禁です。正しくは、「月給23万円(但し〇〇時間の時間外労働に相当する固定残業代を含む。)」のように固定残業代の存在がわかるように記載しなければなりません。さらに、上記原則3により、「時間外労働が〇〇時間を超えた場合は、超過時間に相当する残業代を別途支給」といった記載も必要です。

 求人票の他に、採用した労働者に明示する内定通知書や労働契約締結時の労働契約書にも同様の記載が必要です。

 現に働いている従業員ですらそれを知らなかったというのはもってのほかです。

やりがい搾取に引っかからないようにしよう

 産経新聞の記事は、2人のエステティシャンの談を記載しています。

20代エステティシャン:

 休憩が取れないことがすばらしいとされていた。お客さまがそれだけ入っているということだから。

(参照元:『産経新聞』2017.12.07

 忙しいお店であろうと、休憩が取れないというのは、使用者の人員配置や管理体制に問題があります。

 労働基準法は、労働時間が6時間を超えれば、使用者は労働者に休憩を付与しなければならないと規定しています。具体的には、労働時間が、6時間を超え8時間以下の場合は少なくとも45分8時間以上の場合は少なくとも1時間の休憩を付与しなければならないことになっています。

20代元エステティシャン:

 技術を学んでいる、教えてもらっているという意識が強く、(厳しい労働環境について)そういうものだと思っていた。

(参照元:『産経新聞』2017.12.07

 確かに、技術習得の過程においては、厳しい面も存在するでしょう。しかし、技術を習得できることが労働基準法違反の労働環境に耐えなければならない理由にはなりません。

 労働基準法は次のような訓示的規定を設け、技術習得を名目にした労働者の酷使を禁止しています。使用者はもちろんのこと、何らかの技術習得の過程にある労働者もこの規定を肝に銘じるべきです。

労働基準法69条第1項

使用者は、徒弟、見習、養成工その他名称の如何を問わず、技能の習得を目的とする者であることを理由として、労働者を酷使してはならない。

まとめ

 本事例は、労働者のやりがいに付け込み劣悪な労働条件を強いるという「やりがい搾取」の典型例だと言えるでしょう。エステティシャンの場合、「美の追求」・「美へのあこがれ」などがやりがいとして挙げられます。しかし、いくら労働者がやりがいを以て仕事に臨んでいても、労働条件の最低基準たる労働基準法を使用者が無視してよいことにつながりません。

 その点を肝に銘じておけば、求職者も明らかにおかしい求人内容に引っかかることはありません。また、実際に勤務することになったとしても、今強いられている労働条件が、果たして労働基準法に照らし合わせて順当なものかどうか常に確認する姿勢が芽生えます。

 ブラック企業における労働条件は決して美しくないということを肝に銘じましょう。