はじめに
今年に入ってからパワハラ報道が相次ぎ、連日、新聞紙面を賑わせています。
1つは、一連の働き方改革の流れを受け、マスコミがパワハラ問題を大きく取り上げるようになったことが理由として挙げられます。そしてもう1つは、労働者自身がパワハラに大きな関心を示し、実際に声を上げるようになったことが理由として挙げられます。
最近多くの企業が慢性的な人材不足に陥っており、職場の余裕のなさから、パワハラが引き起こされている可能性も否定できません。人手不足は、長時間労働を誘発する可能性が高まります。長時間労働は心身の疲労を増幅させストレス対応能力が低下します。したがって、長時間労働とパワハラが併発した場合、うつ病などの精神障害が発生する可能性が急上昇します。
2017年4月、厚生労働省は、「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」の結果を公表しました。労働者の属性には、性別・年齢・雇用形態・勤務先の企業規模など様々なものが存在します。報告書には、労働者の属性とパワハラとの関係に関する詳細なデータが示されています。
パワハラを予防する上で、パワハラを受ける確率が最も高いのはどんな人なのかを知ることは重要です。今回はこの点について考えます。
どんな人がパワハラを受けやすいのか
厚生労働省が実施した「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」は、全国の 20~64 歳の従業員(公務員を除く1万人)が対象です。「過去3年間について、パワハラを受けたことがあるか」という設問に対し、性別・年齢・雇用形態・企業規模など、労働者の様々な属性に応じて回答が示されています。
性別
下の図は、性別とパワハラ発生確率との関係です。男性の方が女性よりパワハラを受けやすいことが明らかになりました。
年齢
下の図は、年齢とパワハラ発生確率との関係です。30歳代が最もパワハラを受けやすいという結果でした。以降、年齢を重ねるにしたがって、パワハラを受ける確率は減っていきます。
日本社会では、未だ年功序列の風習が色濃く残っています。勤続年数を重ねるにしたがって職位が上がっていくため、パワハラを受ける確率が減っていくと考えるのが自然でしょう。意外だったのは、20歳代より30歳代の方がパワハラを受ける確率が高いという点です。
雇用形態
下の図は、雇用形態とパワハラ発生確率との関係です。正社員の方が非正社員よりもパワハラを受けやすい傾向があります。実数値で、8%以上の差があります。比率に換算すれば、正社員のパワハラ発生確率は非正社員の1.3倍です。
企業規模
下の図は、勤務する会社の従業員数とパワハラ発生確率との関係です。概ね、勤務する会社の従業員数が増えるにしたがってパワハラを受ける確率が高くなっていく傾向があります。すなわち、大企業ほどパワハラを受ける確率が高いということです。
以上をまとめると、パワハラを最も受けやすいのは、大企業に勤める30歳代の男性正社員ということになります。
なぜ大企業に勤める男性正社員がパワハラを受けやすいのか
若手ほどパワハラを受けやすいという事実については、年功序列を要因として考えればある程度説明がつきます。では、大企業の男性正社員がパワハラを受けやすい理由は何でしょうか。
この点について論じる前に、働き方において大企業と中小企業、男性と女性、正社員と非正社員とで何が異なるのかを考えます。
大企業と中小企業において何が異なるのか
大企業と中小企業とで決定的に異なる点は、労働組合の組織率です。下の表は、民間企業の企業規模別の労働組合員数及び推定組織率です。
企業規模が大きくなるにしたがって、労働組合の組織率が飛躍的に上昇していくことが表からわかります。
男性に多い働き方・女性に多い働き方
雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下、法という。)5条は、
事業主は、労働者の募集及び採用について、その性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。
と定めており、雇用の分野において性別を理由とする差別を禁止しています。したがって、本来は、性別を理由として、働き方に違いはないはずです。
また、法7条は、事業主が労働者の募集又は採用において、
- 身長・体重・体力要件
- 住居の移転を伴う配置転換に応じることを要件とする
など実質的に性別を理由とする要件も禁じています。ところが、法7条は、業務の遂行上特に必要である場合、雇用管理上特に必要である場合その他、合理的な理由がある場合に限ってはこれを講じても良いことになっています。
ところで、企業の雇用管理には、大きく分けて総合職と一般職という2つのコースが存在します。
総合職とは、「事業主の事業の運営の基幹となる事項に関する、企画立案、営業、研究業務等を行う労働者が属するコース」を意味します。
これに対し、一般職とは、「主に定型的業務を行う労働者が属するコース」を意味します。
性別による働き方の違いを敢えて強調するならば、総合職か一般職かの違いです。なぜなら、それぞれの雇用管理コースに属する男女比率が著しく異なるからです。
下の図は、平成24年~26年の、コース別雇用管理制度における採用者の男女比率です。図から明らかなように、総合職では8割程度が男性であるのに対し、一般職では8割程度が女性となっています。
パワハラを受ける確率が男女で違うのは、総合職と一般職の働き方の違いと関係があります。以下、総合職と一般職の働き方の違いをまとめます。
- 仕事の責任の度合い 総合職>>一般職
- 労働時間 総合職>>一般職
- 転勤の有無・頻度 総合職>>一般職
- 配置転換の有無・頻度 総合職>>一般職
このように、総合職は、責任の度合いが大きく、労働時間や勤務地・職務内容が無限定の働き方です。すなわち、総合職に対しては使用者に無限定の人事権行使が認められ、ひいては、この強大な人事権が過大な要求などのパワハラとなって顕在化している可能性があります。
正社員と非正社員との違いは何か
正社員は次の3つ全てを特徴とする働き方です。
- 終身雇用
- フルタイム
- 直接雇用
一方、非正社員には、契約社員・短時間労働者(アルバイトやパートのこと)・派遣社員など様々な名称で呼ばれているものが存在しますが、それぞれ特徴があります。非正社員であっても、上記1~3のうちいずれかの特徴を満たすものも存在しますが、非正社員で上記1~3全てを満たすものは存在しません。
この辺りは複雑なので、次の記事に詳細を述べています。参考にしてください。
大企業正社員の働き方とパワハラとの因果関係
パワハラを最も受けやすいのは、大企業に勤める若手男性正社員ですが、上記の考察から、その特徴をまとめると、
- 大企業⇒企業別労働組合が存在する確率が高い
- 若手⇒勤続年数が短い
- 男性⇒総合職である確率が高い
- 正社員⇒終身雇用かつフルタイムかつ直接雇用
ということになります。
勤続年数の短い若手や、総合職に多い男性がパワハラを受けやすい理由についてはすでに説明しましたが、大企業正社員の働き方とパワハラとの因果関係についてはまだ考察していません。以下、この点について考えます。
日本型雇用とは何か
よく、「日本型雇用」という言葉を耳にします。日本型雇用は、高度経済成長期における雇用関係・労使関係が規範となって社会的に定着していった、「極めて日本的な」雇用システムです。
日本型雇用は次の3つの要素から構成されています。
- 終身雇用
- 年功序列
- 企業別組合
実は、大企業正社員の働き方は、日本型雇用と密接な関連があるのです。
終身雇用においてパワハラが発生しやすい理由
日本型雇用の最大の特徴は終身雇用です。先述したように、終身雇用は、正社員であることとも密接に関連しています。
そもそも終身雇用は、長時間労働や過労死を招きやすい性質を持っており、また、ブラック企業に陥りやすいDNAも持っています。
これは、雇用調整上の特性に起因しています。
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なぜ終身雇用においてパワハラが発生しやすいのでしょうか?
それは、終身雇用が雇用の流動化を阻害し、転職を難しくしているからです。
終身雇用は長期雇用を前提としているため、雇用調整を内部労働市場に依存せざるをえません。雇用調整とは、景気変動に応じて最適な労働投入量の配分を行うことです。内部労働市場とは、一つの企業の正規従業員だけからなる極めて閉鎖性の高い労働市場です。
何らかの景気変動が発生した場合、労働時間の調整や、転勤や人事異動などで対応せざるを得なくなります。したがって、正社員に対しては使用者に強大な人事権が移譲されており、上司の命令は絶対的になります。日本企業におけるこの独特のカルチャーが、パワハラが発生しやすい土壌を育んでいるのです。
では、逆に、労働市場の流動性を高めた場合どうなるでしょうか?流動性が高いとは、長期の雇用保障がなされない代わりに新たな雇用に繋がりやすいことを意味します。そのため、労働市場の流動性が高ければ、パワハラが発生した場合、従業員は即座に辞めていきます。つまり、流動性の高い労働市場においては、精神的・身体的苦痛が大きい職場環境が自然に淘汰されるようなメカニズムになっているのです。
大企業においてパワハラが発生しやすい理由
先述の通り、終身雇用とパワハラとは密接な関係があります。
では、なぜ企業規模が大きくなるほどパワハラ発生確率が高くなっていくのでしょうか?
それは、企業規模が大きくなるほど、労働市場の硬直性が高まるからです。労働市場の硬直性は、企業別労働組合の存在と密接な関係があります。
終身雇用の法的な根拠は、労働契約法に規定する解雇権濫用法理ですが、企業別労働組合の存在しない中小企業ではこれが厳密に守られず、労働市場も比較的流動的です。一方、企業別労働組合の存在する大企業においては、解雇権濫用法理が厳密に遵守され、極めて硬直性の高い労働市場が形成されています。
この違いが、企業規模に対するパワハラ発生確率の違いとなって顕在化したと考えられます。
どんな種類のパワハラが起こりやすいのか
厚生労働省は、パワハラを次の6類型に分類しています。
- 暴行・傷害(身体的な攻撃)
- 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
- 隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
- 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)
- 業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
- 私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)
下の図から明らかなように、3年以内に何らかのパワハラを経験したと答えた人のうち、半数以上が「精神的な攻撃」を受けたと答えています。2番目に多い「過大な要求」と比較して20%以上も多い結果となっています。
まとめ
パワハラを受ける可能性が最も高い人は、大企業に勤める若手の男性正社員です。これは、企業別労働組合が存在する企業に総合職として雇用され、かつ、勤続年数が比較的短い正規従業員と言い換えることもできます。一言でいえば、日本型雇用にどっぷりと浸かった若年労働者です。
筆者は、本サイトにおいて、日本型雇用は流動性の高い労働市場の形成を阻害するため、精神的・身体的苦痛の大きい職場環境が自然淘汰されにくいことを何度も指摘してきました。
しかし、まさか、パワハラ発生確率という客観的データによってそれが示されるとは予想もしていませんでした。